4.気まずい馬車
目が覚めると、わたしはベッドの上に寝ていた。
あれ? ソファで寝てたはずなんだけど……いつの間に移動したんだろう。
するとドアの向こうから、男性が話す低い声が聞こえた。
わたしは、はだけてしまっている寝間着から、そばに置いてある借りた服に、急いで身を包んだ。
元々自分が着ていた服はどうしよう……物珍しくて、誰かにとられてしまったら嫌なので、わたしはとっさにベッドの下に隠した。
また帰ってきた時に、回収させてもらおう……。
わたしは、おそるおそるドアを開けた。
すると、書斎のデスクにハーシーが立っていて、その前には、思ったよりも多くの男の人たちが立っていた。
彼らは、目を見開いてわたしを見た。
「あぁ、起きたか。朝礼が終わったら、王宮に行くから、まだ待ってろ」
「あ、はい……」
ハーシーは、特にわたしを皆さんに紹介することもなく、そのまま話を続けようとした。すると1人の背の高い男性が「待て待て待て……」と、彼の話を折った。
「気になるんだが!?
なんで団長のベッドルームに、女の子が!?しかも外国人!?ガールフレンドなのか!?」
「違う。気にするな」
「いやいや、気になるって……ちゃんと説明してよ、ハーシー」
背の低い、童顔の男性も、苦笑いしながらハーシーに物申した。
「あの……昨日、酔って崖から落ちてしまい、危ないところを助けていただきました。日向ひよと申します。突然お邪魔してしまい、申し訳ありません」
わたしが皆さんに向けて深々と頭を下げると、さっきの童顔の男性が「腰が低いなぁ」と笑った。
「フィ……ふぃおっていうのか?」
「いえ、ひよです……」
「ひ、ひ、ヒヨ……ヒヨコみたいな名前だな」
確かに、私の名前は言いにくい。外国の人からすると余計だろう。わたしは「フィオでも構いません」と、話しかけてくれた背の高い男性に言った。
「それなら、フィオちゃんて呼ぶね。もう団長とは同衾したの?」
「え、えっと……汗」
「いい加減にしろ。フィオ、中に入って待っていろ」
「は、はい!」
ピリついた雰囲気を感じて、わたしはまたベッドルームに引っ込んだ。
そしてしばらく、ドアの外の声をぼんやり聞きながら、窓から外を眺めて待っていた。
すると、建物のそばを、子どもたちが歩いてきた。
子どもたちは小さい体で、一生懸命にお水をくんで運んでいる。
数人は固まって歩いているのに、1人だけ遅れて、よろめきながら桶を持っている。
体に対して、運んでいる水が重たいんだ……わたしはとっさに窓を開けて、外に飛び出した。
よろめいていた男の子は、あんぐりとした顔でわたしを見ている。
「良かったら、その桶持とうか?」
「あ、いえ……大丈夫です。これがぼくの仕事なので」
おうど色の髪、そぼくな顔立ちの男の子は、わたしの横を産まれたての子鹿のような足どりで歩いていく。
この世界には、せっかく魔法があるのに……水を引く魔法とか、ないのかな。
せめて台車とかあれば、あんなに重たいのを運ばなくて済むのに……。
「おい、なんで外にいる。
王宮に行くんだ、ちゃんと靴をはけよ」
ハーシーに、窓から声をかけられて、わたしははっとした。そういえば、裸足のままだった……!
わたしは「すみません……」と謝りながら、渡されたブーツを受け取り、その場で足の汚れを払いながら靴を履いた。
少しブカブカだけど、編み上げのヒモをぎゅっと絞ることで、なんとか歩けそうだった。
今日も馬に乗って行くんだと思っていたけど、どうやら馬車で行くらしい。
御者の人が前に乗っていて、わたしはハーシーに連れられ、馬車の中に入った。
馬車なんて、生まれて初めて……馬の背中よりは揺れが少なくて、快適だ。たまにくるゴトンッ!という揺れで舌を噛まないように気をつけながら、わたしは口を開いた。
「あの……護衛士館には、子供もいるんですか?」
「あぁ。身寄りのない子や、口減らしに売られてきた子達だ」
「そうですか……あの、ハーシーは、あそこで一番偉い人なんですか……?」
「偉くなんかない。ただの団長だ。おれも子供の時からあそこにいたから、ただこの仕事が長いだけだ」
子供の頃から、ということは彼も、身寄りがなかったり、家族に売られてきたりしたんだろうか。
あえてそこには触れず、わたしはまた話し始めた。
「長いだけでは、団長は務まらないと思います。
わたしを助けてくれた時の機転、その腕前……そして、わたしをわざわざベッドに運んでくれた優しさを知っているから、あなたは団長に選ばれるにふさわいしんだろうなと思います」
あからさまに褒めすぎたせいかな。彼は顔色1つ変えず、窓の外を眺めていた。
「……でも、子どもにあんな重たいものを持たせて平気なのは、信じられません」
「なに?水汲みのことか?生活に必要なことなんだから、仕方がないだろう」
彼はやっと、わたしの顔を見てきた。
「体格のいい子も、小さい子も、みんな同じ量を持たないといけないんですか?」
「当たり前だ。小さいからといつまでも優遇していたら不公平だし、生活力もつかない」
「確かにそうかもしれません。でも、この世界には魔法があるじゃないですか。
何か少しでも工夫して、仕事を楽にしてあげることも必要ではないですか? 昨日わたしに、洗身の魔法をかけてくれたように」
ハーシーは、わたしの話に嫌気がさしたように、深く息をついた。
「なんでも大人がやっていたら、子どもの成長のためにならない。自分が楽をするためにみな、必死になって魔法を覚える。
あんたみたいな偽善者には、懲りごりしているんだ……口だけで、自分では何も動かないやつを何人も見てきた」
その言葉に、わたしは少し納得した。
甘やかすばかりでは、ろくな大人に育たない……1人でも生活できるように、わたしも子供の頃に、施設の人に叩き込まれた。
何度も何度も泣いて、こんなところ出て行ってやる!って飛び出して……それでも戻ったのは、『あの人』がいたからだ。
その人も、腰が低い人だった。そして厳しいけど、笑顔が優しい人だった……。
「……行き過ぎたことを言ってしまって、すみませんでした」
わたしが謝ると、彼はまた、窓の外に視線を戻した。
いいよとも何とも言ってくれない……本当に、寡黙な人だ。
でもしっかり、自分の考えを持ってる。わたし、こういう人、好きだな……。
いやいや、推しなんだけどね。
恋愛的にというか、人として好きな推し。
推しは近づき過ぎず、遠くから眺めている方がいい。
わたしは、この気まずい空気も自業自得と受け入れながら、静かに馬車の旅を楽しんだ。