【閑話2】聖女の真実
年老いたメイドの暴露に、おれは呆然とした。
聞いてもないことを、ベラベラと喋ってくれる……だが、彼女が嘘をついているとも思えなかった。
「新しい聖女が……身代わり……?」
「えぇ。公爵様は、そう言われていましたよ。
だから、その聖女様をさらいにきた者には、絶対に居場所を教えないようにと、釘を刺されております」
「あの、メイド長……その方がまさしく、攫いに来た方なのでは……!」
おろおろとするだけの、若いメイド達。口の軽いメイド長。この公爵家は大丈夫かと、頭を抱えたくなる……よく今まで、強盗に襲われず無事でいられたな。
「ぼっちゃま、せっかく来られたんですから、お母様の石像に花でも添えていかれてください。
公爵様は、毎日欠かさず添えられているんですよ」
「……おれの母は……本当に、おれをかばって……石像になったのか?」
「えぇ、えぇ。傷を治しすぎると、聖女様は石になってしまうみたいですねぇ。
1歳でつかまり立ちをしたかと思ったら、あっという間に動けるようになって。
2、3歳の頃のあなたは、本当にヤンチャでしたよ……公爵様が怒っても、たしなめても、屋敷中を動き回り、わたしたちメイドも追いつけないくらいで。
傷ばかり作られていたのを、奥様が隠れて治されていたんですね。公爵様が止めても、奥様は聞かずに、それはそれは毎日夫婦喧嘩で……」
メイド長は、喋りながら流れるようにお茶を汲み、おれの近くのテーブルに置いてきた。
「お茶をしている時間はない……早く、聖女のもとへ案内しろ」
若いメイドにそう言うと、老婆はぴたりと話すのを止めた。
「……公爵様に、言われているんですよ。新しい聖女様には、誰にも近づけないようにと」
老婆が、まっすぐにおれを視界にとらえた。その瞬間、危機を察しておれは指笛を吹こうとした。
しかし魔法で、その動きを止められて、おれは手足を拘束された。
なるほど……今までのは演技だったのか。
熟練の魔法使いだからこそ、公爵はこの老婆をメイド長にしているのだろう。
「さて……どこまで話したでしょうか。
そうそう、わたしはね、あなたの乳母だったのですよ。1歳でつかまり立ちをされて、3歳の頃は本当にヤンチャで……」
演技……だったんだよな……?
「……め、メイド長……次の指示をください……!」
おれを取り巻いて、おろおろしているメイドたちの声に、彼女はキリッと仕事人の顔になった。
「あなたたち、なにをぼーっとしてるの!曲者を拘束して、牢屋にぶちこみなさい!」
「……あんたたちも大変だな」
おれの言葉に、メイドたちは苦笑いをしながら、おれを連行した。
どうやら、この屋敷には、魔法を使える者は少ないらしい。あのメイド長の他に使えるのは、公爵くらいだろう。
歩きながら、公爵家の屋敷の構造、部屋の数、召使いの数、すべてを観察した。
目隠しもせず、おれを連れて歩いて……しかも、なぜかみんな、擦り寄ってくるように距離が近い。
おれは、彼女たちに耳打ちするように言った。
「……聖女のいる部屋を、教えてくれたら……おれの屋敷にいる男前を紹介しよう。若くて、体も頑丈だ」
「……みなさん、ちょっとだけ寄り道しましょう!!」
「ちょっと……ちょっとだけですからね……前を通るだけですから……!!」
彼女たちは目を輝かせて、ルートを変えた。
ごめん。ディヴィスは男前だけど、歳いってるし、マスルはちょっと頭が弱い。
唯一頭のキレるアパトはもう想い人がいるみたいだし、あとはむさ苦しいのばっかりだが、許してくれ。
ある部屋を通った瞬間、扉が開いた。
中から出てきたのは、ハルマサだった。彼と目が合った瞬間、心に火がついた。
おれは魔法の縄を力技で引きちぎり、彼の喉元に向かって手を伸ばした。
彼は危険を察して、その手を払い除けたが、おれの体当たりは防げなかった。
ハルマサを扉ごと押し倒し、部屋の中に入ると、ベッドに横たわるひよの姿があった。
「ひよ……!!」
駆けつけようとしたが、ハルマサがおれの胴体に足を絡みつけた。
必死に行かすまいとする彼に、引き剥がそうとするおれは、脅すためにその顔を殴る仕草をとった。
「……殴れよ!どんなに殴られても、ひよは絶対に渡さない!!」
その言葉に、おれは手を止めた。
「……ひよが、お前を選ぶって言うんなら……この国に残らせるくらいなら、刺し違えてもおれは、お前を殺してやる……!!」
震える声で、ハルマサは言った。やがて涙が溢れ出てきて、彼が本気なのだと分かった。
「……この国にいたら……ひよは、石像になるのか?」
静かな声で問うと、彼も静かに答えた。
「そうだ……聖女には、人の傷を治す力があるんだろう?
だがその力も、万能じゃない……治すごとに、体への負担は残っていく。
そうして、力を使い果たした時……お前の母親のように、石像になって、一生この国の守り神として、崇められることになる。
聖女とは、そうやって受け継がれる存在なのだと聞いた」
そんな話は、今まで聞いたこともない。けれど確かに……ひよは2度ほど、おれの傷を自分の体にうつして、治してくれた。
そうして、うつすたびに……その身に傷を残している。
もし、これからの人生を共にするなら……おれが怪我をするたびに、ひよはその傷を直そうとするだろう。
「……リバティ公爵は、ひよを身代わりにして、お前の母親を元の人間に戻そうとしている。
お願いだ、その前に……ひよを、元の世界に戻してくれ」
ハルマサは、おれの胸ぐらを掴んで、懇願するように泣いた。おれはそれを振り払うように起き上がると、彼の手を引いて起こした。
「……元の世界に帰れば、ひよは石像にならないのか」
「……たぶん。そもそも、おれたちの世界には聖女も、魔法もない。ひよだって、ただの普通の女の子だったんだ。
辛い思いをしてきた子だから……彼女の人生が、そんなことで終わって欲しくない。
例え、おれのものにはならなくても……幸せに笑ってくれていれば、それでいいんだ」
その言葉で、本当にハルマサが、ひよのことを想っているのを感じた。
分からないものだ……普段は、そんなふうに見えなかったのに。彼女に対して、こんなにも深い愛情を抱いていたのか。
「……完敗だ」
おれは、薄ら笑を浮かべて言った。
「何も考えなく、ただそばに居て欲しいと思った……おれなんか、お前に適うはずもない 」
おれは立ち上がったが、ひよの元へは近づかなかった。
「……満月の夜、契約を解除する日まで、ひよを守れるか」
その言葉に、ハルマサはぽかんとおれを見上げていた。
「守れるかと聞いているんだ!!」
おれの怒鳴り声に、ハルマサは「あ、あぁ……!!」と声を絞り出した。
「……公爵は、すぐにひよを石像にしようとは思っていない。聖女の力を借りて、フローラ様を元に戻せる方法を、色々試してみたいと言っていた」
「分かった。もし無理にでも、公爵がひよを石像にしようとしたら、この笛を吹け。
この笛を鳴らしたら、おれたち護衛士は、どんなに遠くにいても聞こえるようになっている」
おれは首に下げていた笛を、ハルマサに渡した。
それは、任務で命が危なくなった時、ほかの護衛士に危機を知らせる笛だ。
「……どうして……身を引くんだ?
お前、ひよに好かれてるだろ……」
その虚しい問いを無視して、おれはもうひよの顔を見ずに、部屋を出た。
メイドたちは唖然として、声も上げずおれの姿を見送った。
「……あれ? フィオちゃんは?」
アパトのもとに戻ったおれは、怪訝な顔をしている彼にこう答えた。
「……ひよは、おれの元にいるべきじゃない」
「……え? フィオちゃんがそう言ったの?
ねぇまさか、身を引いてきただなんて言わないよね?」
「この世界にいたら……ひよは聖女の力を使うほどに、石像になってしまうんだ」
アパトには、包み隠さずすべて説明した。優しい彼は、涙を流しながら、最後までおれの話を聞いていた。
「……帰ろう」
彼の髪をぐしゃぐしゃに撫でて、おれはアパトを立ち上がらせた。
もう、日が沈んでいた。
その薄明を頼りに、おれたちは森の中に身を投じ、帰路についた。
護衛士館に戻ると、その門の前で、子供たちが座って待っていた。
「……何をしている?もう暗いぞ」
おれとアパトが中に入ると、子供たちが駆け寄ってきた。
「フィオは!?フィオは、どこにいるんですか!?」
「……ひよは、聖女の仕事をするために、王宮にとどまることになった。
だからもう、帰っては来ない」
その言葉に、一番に声を上げたのはラッセルだった。
「そんなっ……も、もう、会えないんですか……?」
「あぁ……」
「違うよ、ラッセル。
会えないんじゃない……会わないんだ。
彼女はここにいると、聖女の力を使いすぎて、石像になってしまうから」
アパトの言葉に、おれは驚いて彼の顔を見た。彼は泣き腫らした目で、おれを真っ直ぐに見て言った。
「フィオちゃん、言ってたじゃん。
嘘をついてたら、信用されない大人になるって。大人が子供に正直じゃなくて、どうするんだよ」
確かに……ひよは、そう言っていた。
膝を折って、子供たちに真剣に話す彼を、おれは止められなかった。
「いい?これはみんなことを、家族と思って打ち明けるからね」
子供たちは、真剣にアパトの話を聞いていた。
こういう話を、子供たちに進んでするやつじゃなかったのに……ひよに感化されたんだろうか。
子供たちの「石像ってなに?」「ひよはどこから来たの?」という質問攻めにも、丁寧に答えている。
突然、ずっと黙っていたアビーが、泣き始めた。それも尋常じゃなく、大きな声を上げて泣き崩れた。
それにつられるように、子どもたちがいっせいに泣き始めた。
どうして……1週間ほどしかいなかったのに、子供たちの心に、こんなにひよの存在が住み着いていたのか。
もともと、別れや辛い境遇を体験して、ここに来た子ども達だ。共感する力がこんなにあることを、初めて知った。
「……ハーシー様は、悲しくないんですか」
ラッセルが、顔を上げずに言った。
おれはもはや、悲しいという感覚が遠い。心が麻痺しているのかもしれない。
「……朝は、あんなに……2人で並んで、幸せそうだったのに……」
その言葉に、ぽろりと涙が溢れ出した。
子供たちの前で、今まで泣いたことなどなかったのに……ラッセルの言葉が、無理やりおれの心を引き戻そうとしている。
「ぼくたち、みんなで話してました……ハーシー様が、ぼくらのお父さんなら、フィオさんが、お母さんになってくれたらいいのにって……」
お父さん……子供たちはおれを、そんなふうに思ってくれていたのか。
おれは、力なく地面に座り込んだ。
「……おれはずっと、ここから逃げ出したいと思っていた。
団長に抜擢されて、したくもない仕事を無理やりして、お前たちや仲間の生活を守って……ずっと損をしていると思っていた。
ひよに、アビーのことを、ちゃんと考えてくださいと言われた。アビーは、ただ1人の女の子だから……彼女の言っていることは、正論だった……それなのに、真っ直ぐ聞き入れられなかった。
余所者が、首を突っ込むなと言ってしまった。みんなのために、たくさん尽くしてくれたのに……他にもたくさん、彼女に意地悪なことを言った……」
うつむいて、ぼろぼろと涙を流すおれを、ラッセルが細い腕で抱きしめてきた。
「満月の日に、また会えるんですよね……?
その時、たくさんのお花を持って、ひよにありがとうって伝えましょう」
「ん……」
その言葉に、おれはうなずいた。
すると子供たちが、次々とおれの周りにやって来て、抱きしめてきた。
当たりが真っ暗になり、心配して外に出てきた護衛士たちは何があったのかと、おれたちの姿を見まじまじと見つめていた。




