36,女の子の日
朝から、なんとなく感じていた気だるさ。
ここのところ、浮き沈みしがちなメンタル。
あぁ……きちゃった。女の子の日が。
なんとかまだ少量だったから、ドレスには影響してなくて良かった。
わたしは、今初めて話しかける人に「あの……生理になったんですけど……」と言わなくてはいけなくて、すごく恥ずかしかったけど、言わずにはおけない。
「まぁまぁ、お顔が真っ青じゃありませんか。大丈夫ですよ、このメイド長にお任せくださいね」
そう言ったのは、リバティ公爵家のメイド長らしい。くるくるの巻き毛で、わたしの胸あたりまでしか身長がない、小さいおばあちゃんだ。
メイド長は、ささっと着替えなどを準備してくれているあいだ、ひっきりなしに話しかけてくれた。
「あなたが急に現れたんで、侵入者かと思ってビックリしましたけれども、おぼっちゃんのお客さまなら安心しましたよ。
あらま、あなた、お顔が真っ青じゃありませんか」
このおばあちゃん、何度も私の顔を見て、同じことを言ってくる……でも、悪い人じゃなさそうだ。
わたしは必死に笑いを堪えながら、メイド長の言うとおりにした。
用を済まし、廊下に出ると……案の定、先輩が待ち構えていた。
「確保〜」
彼は、そう言ってわたしの手を掴んできた。
「あの……捕まるのは仕方ないんですけど……」
「うん?」
「女の子の日になっちゃって……ちょっと、気分悪くなってきて……」
そう言った瞬間、彼は真面目な顔をして「ほんとだ、顔が青いね」と心配してくれた。
頭の血が下がっているのだろう。抵抗する気力もなく、わたしは手を引かれ、ベッドの上に寝かされた。
メイド長が、小さな体で毛布を持ってきてくれて、私のお腹にかけてくれた。
「あたたかいお飲み物は?」
「……飲みたいです」
「かしこまりました。あらまぁ、お顔が真っ青」
わたしは先輩に、「あの人、さっきから同じこと言ってる……」と囁くと、彼も笑いを堪えながら「可愛いおばあちゃんだよね」と言った。
横になると、お腹のズキズキと倦怠感がすごい。
聖女お披露目の式典で、今まで気を張りすぎていたのかな……まったく意識してなかったけど、だいぶ疲労が溜まっていたみたいだ。
「温かい飲み物でございます」
「飲める?」
わたしは半身を起こし、メイド長が持つお盆から、コップを受け取った。
それは、香りの良い紅茶だった。ひとくち飲むと、甘さが口に広がって癒された。
「……おいしい……」
「えぇえぇ。こちらは、公爵様もお気に入りの紅茶でございますのよ」
「公爵……公爵って、あの……?」
「そう。君が大癇癪を起こした相手だよ。近くで聞いていたけど、君がキレた姿をなかなか見ることがないから、面白かったよ」
「……」
わたしは、紅茶を全部飲みきった。
頭がぼーっとしてきた。疲れているのかな……いまにも眠ってしまいそうだ。
「……ほんとに、ハーシーと恋人になったの?」
先輩が、優しい手つきで、頭を撫でてきた。
思えばずっと、高校の時から気にかけてくれていて、大事にしてくれていたなぁ……だからつい甘えて、試験勉強のノートを写させてもらったり、傘を忘れた日に入れてもらったりしていた。
「きみが、ずっと大悟さんのこと、好きだって言ってたから……叶わない恋は諦めて、振り向いてもらえるまで、待っていたのに……」
手をぎゅっと握られた。その手の温もりに、つい口を滑らせてしまった。
「……恋人にはなってないよ。ごめんね、嘘ついて……」
「……そう、よかった」
わたし、無意識に……彼の心をもてあそんでしまっていたのかな。
色んな人と付き合っては、すぐに別れ……あの不可解な行動は、わたしへの気持ちを、必死に殺そうとしていたのかな。
「一緒に帰ろう……別に、おれと付き合わなくてもいいよ。きみが安全なところで、幸せに生きてくれていたら……先輩後輩のままでも、充分なんだ」
先輩の言葉に、わたしは心を打たれた。
少し前のハーシーを思い出した。冷たくされていた時はしんどかった……でもそれが、彼なりのアピールだったのかな。
元の世界に戻る方法を知っていて、あえて言わないってわざわざ言うのは、意地悪だった。
それでパニックになったわたしに、剣をもたせて……よけいパニックにさせた。
彼への気持ちは……本当に愛だったのかな。
可哀想。そういう気持ちがあったことは、たしかに否定できない。
「わたし、ハーシーへの気持ちが、まだ正直わからない……でも、こんな状態で、先輩の気持ちに応えることもできなくて……」
「うん、いいよ。分かってる。
顔が好みなんだろう?」
真理をつくように、先輩は薄笑いをして言った。
「きみの推し、金髪碧眼ばかりだったもんね」
「……はい」
「推しは、遠くから眺めるのがいちばんじゃない?」
そう言って、彼はポケットから、あるものを取り出した。わたしは、この世界にあってはならないはずのものに、心底びっくりした。
「スマホ……!!」
「これで、彼を撮っておきなよ。
そうしたら、向こうに帰ってからもずっと眺められるだろ?おれ、そういうの別に止めないからさ……束縛もしないし。
この世界にいる間は、彼のところにいるといいよ。でも、満月の夜に、ここから帰れたら……きみはもう、この世界に戻ってきちゃいけない」
「どうして……?」
わたしが尋ねると、彼は、わたしの頬を撫でるように触ってきた。
「聖女に選ばれた君が、ずっとここにいたら……石像になってしまうらしい。
あの部屋にあった、美しい石像のように」




