35,転移
食事が終わる頃には、窓から日が差し込んでいた。
通り雨だったのか……空は真っ青になって、立ち込めていた暗雲もどこかへ行ってしまった。
窓の外を見ると、わたしたちが通るであろう石畳を、一生懸命に、兵士と思われる人達が、ワイパーのようなもので水はけをしてくれている。
そして、石畳の上にはさらに細長いカーペットが敷かれ……まさにVIP対応だ。
「晴れましたね」
王様も、違う窓から外を覗いて言った。
「ん?……あんなところに、花なんて咲いてたかな」
「え、どこ?」
王妃様も窓を覗きにきて、二人は仲睦まじく並んだ。すると、二人は耳打ちするようにひそひそと話してから、わたしのほうを向いた。
「フィオ。帰る前に……聖女としての仕事をひとつ、お願いしてもいいかしら」
王妃様の言葉に、わたしはうなずいた。
「はい、わたしにできることなら」
「ありがとう。一緒に、また聖堂に来て欲しいの。
その間、残った食事を、馬車に運んでおいて」
王妃様が召使いの人に言うと、彼女たちは無言で、料理を片付けはじめた。
「……そんなに、気を遣わないでくれ」
ハーシーが困ったように言うと、王妃様は「子供たちへのお土産がいるでしょ」と微笑んだ。
女神……王妃様は、本当に女神みたいな人だ。崇め奉りたい。
「ありがとうございます!
みんな喜びますね、ハーシー」
そう言うと、彼も嬉しそうに「あぁ」と微笑んだ。
本当に、よく笑ってくれるようになったなぁ……。
しかも、わたしを見る目が慈愛に溢れていて……こんな目を向けられていたら、心がふわふわしてしまう……。
わたしたちは王妃様について、聖堂に向かった。
王様は用事があるらしく、広間で別れることとなった。
さきほど来た時も、しんとしていたけど……人が居なくなった聖堂はあまりにも静かで、厳かな雰囲気が漂っていた。
「この、女神像はね……」
王妃様が、ステンドグラスの前の台座に置かれた、美しい石像を見上げて言った。
「ここにあるのは偽物だけれど……元々は、生きていた人をモデルに作られたの」
「……そうなのか?」
反応したのは、ハーシーだった。彼も知らなかったようで、まじまじと石像を見上げている。
「えぇ。女神フローラは……生きている頃、聖女として、このアウル国で暮らしていたわ」
「聖女だったんですか!?」
私の問いかけに、王妃様はうなずいた。
「えぇ。きっとあなたのように、どこかの世界から召喚されて、この国に来たのだと思う。
けれど……何らかの理由で、ある日突然、石像になってしまったのよ」
「えっ……じゃあ、この石像は……!」
「いえ、これは大丈夫よ。レプリカだから、元人間じゃないの」
王妃様は「うっかり、掃除する時に壊しでもしたら大変でしょう?」と苦笑いした。
「本物は……ある、貴族の家にあるわ。大切に、大切にしまわれているはずよ。
いつかまた、呪いがとけて、目を覚ます日がくるのを待って……」
心なしか、その声に元気がなくなったような気がした。その貴族の家とは、どこなんだろう……きっと仲のいい人か、親戚なのかもしれない。
真っ白い石像の女性は、目をつぶり、何かを祈るようにその場で佇んでいた。
わたしは、その石像に近づいた。目の高さくらいのところまで台座があるので、手を伸ばしても、足くらいまでしか手が届かないだろう。
「同じ、聖女として……フローラにご挨拶していってくれるかしら。それがあなたの、最初にお願いする仕事よ」
わたしはうなずいて、石像に手を伸ばした。
その足元に触れ、石像の彼女に語りかけた。
はじめまして。わたしはひよです。
縁あって、あなたと同じアウル国に召喚されてきました。
あなたが見守るこのアウル国を……わたしも、微力ながらお手伝いできたらと思います。
よろしくお願いします。
挨拶が終わって、わたしは目を開けた。
後ろを振り返った瞬間……あれ?
王妃様とハーシーがいない。
というか、ここ……えっ、ここどこ!?!?!?
目の前には鉄格子があり、部屋の天井まで続いている。また後ろを振り返ると……確かに、同じ石像がある。
--え? ほんとに、ここどこ?
聖堂とはまったく違い、頭上の窓から、わずかな光が差し込むだけの、暗い部屋。
鉄格子の外には、外に出られる扉があるけれど……手なんか届くはずもない。
えっ……わたし、閉じ込められた?
いつの間に? 一体どのタイミングで?
目つむりすぎて、時空飛び越えちゃった?
聖女様の石像には、タイムマシンの機能が備わっているとか???
でも、もう1回触れても何も起こらない……な、なんで!?
誰か説明して欲しい……とりあえず、ここはどこなのか、教えてほしい。
わたしは思い切って、鉄格子を握って声をあげた。
「たすけてくださーーーーーーーい!!!!!!」
何も起こらない。
ちょっとまだ、声が張りたりなかったかな。
こんなことをしていると、テニス部にいた頃を思い出す。
コートの端っこに立って、先輩たちが向かい側のフェンスの外にいるんだけど、そこまで届くように大声を出さないと、何回もやり直しさせられた。
ついには、気が弱い女の子が泣き出して……可哀想だなと思いながら、わたしはあっさり合格組のほうに立っていた。
あんな大声を出す練習、なんの役に立つんだとずっと思っていたけど……。
そうか、こういう時のためか。
いざとなったら、声を出せないとね。命が守れないもんね。自分の命を守れるのは、自分だけだもんね。
「おーーーーーーーーーーーーい!!!!!
たすけてぇえええええええくださあああああああああ」
「合格」
いきなり扉が開いて、眩しい光が入ってきたかと思うと……助けに来てくれたのは、なんと先輩だった。
そういえば、テニス部の大声コンテスト、先輩に見られてたよなぁ……それから、1番声がでかすぎたって、しばらくイジられてたんだよなぁ。
「えっ……お呼びじゃないんですけど……」
「あっそう。じゃあね」
そう言って潔く扉を閉めようとした彼に、わたしはヘラヘラ笑いながら「あははっ、もう先輩、冗談が通じないですね!!」と言った。
扉の向こうから、じとっとした目で覗いてくる彼に、わたしは「ごめんなさい……」と素直に謝った。
「ところで、なんでそんなとこにいるのさ」
「分からないです……」
「もう一生そこにいなよ」
「いやです……お願いします……助けてください……」
「鉄格子がよく似合ってるって」
うわぁ、これは根に持ってるやつだ……先輩を振って、ハーシーと恋人になったって言ったから。
「ちょ、ちょっと……お話しましょう。ね、先輩」
「僕の方は、別に話すことないけどね」
「じゃあわたしが話しますから、聞いててもらいたいんです。良いですかね。まずは、日本の少子高齢化社会についての見解なんですけど……」
「興味無いね。おれはどうせ、一生独り身で暮らして、太陽を浴びずに引きこもって、骨粗鬆症になって転倒して歩けなくなって、要介護になって、老人ホームに入って、日がな1日寂しく車椅子を漕ぎながら老後を過ごすだろうからね」
「いや、何だかんだ先輩は、楽しく生きれそうですけどね……ホールでサッカー見て、隣のおじいちゃんと騒いでいそうですよ」
「……そうだったらいいけどね」
あれ、わたしたち、なんの話ししてるんだっけ……つい、居酒屋で話すテンション感で話してしまった。
「あ、あの……」
わたしは、ついに本題に戻ろうと、上目遣いで先輩を見た。
「そろそろ、出して欲しくて……」
「別に、こっちが閉じ込めた訳じゃないけど……」
「そ、そうなんですけど……!
と、トイレに……行きたくなって……」
わたしが顔を赤らめると、彼はさっそうと部屋の中に入ってきて、鉄格子に手をかけた。
すると次の瞬間、さほど力を入れていないのに、鉄格子が横に開かれた。
人1人通れるくらいの穴が開き、わたしはビックリするのと同時に、心底ほっとした。
外に出ると……そこは、見知らぬ広い家だった。
召使いの人たちも廊下に集まり、パチクリと目を見開いてこっちを見ている。
「ここは……」
「ここは、リバティ公爵家。そして、トイレはあっち」
先輩が指さした方に、わたしが駆け出すと、召使いの人が察してくれて、目的の場所まで誘導してくれた。




