34,食事会
小麦の味をしっかり感じる、おいしいパンにやわらかいお肉。
大好きなスクランブルエッグやオムレツなどの卵料理、そして果物がたっぷりのったチーズケーキ……王宮の豪華なご飯に、わたしは感激した。
本当は、貴族の人たちも一緒に食べる予定だったみたいだけど……王様の命令で、今日は帰ってもらったらしい。せっかく集まってもらったのに、ちょっと申し訳ない。
ビュッフェ形式でずらっと並んでいる料理を、わたしとハーシー、そして王様と王妃様だけが楽しんでいて、もはや貸切パーティだ。
たくさん泣いてしまって、お腹がぺこぺこだった。
色々な種類の料理をお皿に盛って席に座り、リスのように頬張っているわたしを見て、ハーシーが苦笑いした。
「ちゃんと野菜も食べろ」
「ふぁい」
まるで介護されてるよう。
ハーシーは飲み物をとってきてくれたり、わたしの口を拭いたりと、お世話ばかりしてくれる。
「ハーシーは……食べないんですか?」
「……ひよが食べる姿を見ていたら、満足してしまった」
「なんですかそれ。まだまだ働き盛りなんですから、ちゃんと食べないとダメですよ」
わたしがパンをちぎって差し出すと、ハーシーは口を開いて、わたしの手から直接食べた。
お肉も、とってきてくれた野菜も……あれ、全然自分で食べる気ないじゃん。
まさか、食べさせてもらうまで待ってたってこと……?
「まぁ、ハーシー……甘えん坊ね」
向かい合ってテーブルの向こうに座っている王妃様が、眉をひそめた。
「こいつは、わりと昔から甘えん坊だった。
わたしのあとを、ずっとくっついて来ていたし……フィオさんも、たまには突き放してもいいと思う」
「そ、そうだったんですね……」
王様とこうやって話している間でさえ、ハーシーはずっとわたしのことを見ている。
愛に飢えてるんだなぁ……少し前まで、あんなに冷たかったハーシーはどこへ??
「ハーシー、求めるだけじゃダメよ。いくらフィオが優しいからって、しつこい男は嫌われるわ」
「そうだ。わたしは毎日、アレクサンドルに花をあげている。それに愛してるって、必ず伝えてる」
「分かった。やってみる」
目の前で、恋愛のアドバイスを素直に受け取るハーシーに、わたしは飲み物を吹き出しそうになった。
液体が器官に入り込んでむせたわたしを見て、ハーシーが「大丈夫か!?」と大袈裟に慌てている。
わたしは落ち着くまで、背中をさすってもらいながら、ゆっくり呼吸した。
「……あの。気になっていること、聞いてもいいでしょうか?」
なんとか、恋愛トークから話をそらそうと、わたしは真面目な顔をした。
「えぇ。なんでも聞いてちょうだい」
「えっと、まずは……ハーシーは、アレクサンドル様のお兄さんなんですよね?
ということは、元々、公爵家の跡取りだったということですか……?」
その話題に、ハーシーはすっと目線を落とした。
「そうみたいだな……おれ自身、物心がついた時にはもう、護衛士館にいたから。
親に育ててもらった記憶もない」
「そうなんですね……」
気になるのは、どうしてハーシーだけ捨てられたのかということ。
なぜ妹のアレクサンドル様は捨てられず、大事に育てられたんだろか……でもそんなこと、不躾に聞いてもいいんだろうか。
「父はね……」
王妃様が、重そうに口を開いた。
「ああ見えて……ハーシーのこと、すごく気にしているのよ。回りくどいやり方で、護衛士館に寄付をしたり……」
「えっ……そうなんですか?」
わたしは、王妃様の言葉を疑ってしまった。だってあの人、面と向かってあんなひどいことを言っていたのに……。
「えぇ。でも会ったら、悪態ばかりつくのよ……だから近づくのはやめてって言っていたのだけど」
「悪態はいいが……ひよを、他の男と結婚させたいとかぬかしてきた。もう少しで殺すところだった」
ハーシーの冷ややかに言葉に、わたしはこらっ!と声を漏らした。
「刃物はダメです、次はグーパンで殴るくらいにしときましょうね」
「分かった」
素直にうなずいたハーシーに、わたしと王妃様は顔を見合せて笑った。
「ほんとに、失礼なことを……父に代わってお詫びするわ。あの人が何を考えているのか、わたしにも分からないから……」
「いえ、王妃様がお気になさることはないです……!むしろ、ハーシーに優しくしてくださる家族がいて、安心しました」
わたしの言葉に、王妃様の手が止まった。
彼女は、ハーシーの顔をうかがうように見た。ハーシーは、王妃様を見なかった。
あぁ、失言しちゃったかな……こんな繊細な話題、出さなきゃ良かったかもしれない。
「……ひよも、孤児だったんだろう?
苦労したんだな」
ハーシーが、話題を変えるように話し始めた。
すると王妃様が、ぱぁっと顔を明るくした。
「そうよ、あなたのお話を、聞かせてくださらない?」
「えっ……わたしが元いた、世界の話ですか……?」
「おれも知りたい」
「わたしも」
王様まで、興味津々という顔をしている。
そこまで期待されると、どこからどう話していいのか分からなくなる……。
「いいのよ。フィオのペースで」
にっこりした王妃様に癒されて、わたしは心を落ち着けて話し始めた。
「わたしは……昔、暴れん坊だったんです。
大人の言うことを聞かない、周りの子たちとも仲良くできない、問題児でした。
両親を一度に、事故で亡くしたから……でもちゃんと、居場所はありました。
地域の人のお墓や、法事を管理するお寺っていうところの家の人が、わたしのような子どもたちを引き取ってくれていて……。
そこで、血の繋がりはなかったけど、本当の家族のように暮らしていたんです」
わたしの話を、みんな静かに聞いてくれている。
重苦しい雰囲気をなんとか明るくしようと、わたしは話し続けた。
「お寺は、仏教っていう宗教を信仰しているところなんですが……クリスマス会っていうパーティもやってくれたし、みんなで旅行に行ったり、海に行ったり……あ、海ではクラゲに刺されて、大変だったんですけど」
「まぁ、刺されたら、どうなるの?」
「真っ赤に腫れ上がります。あと、毒があるので、すぐ病院に行かないと、けっこう命が危ないんです」
「そうか……海には入ったことがないが、アウルにもそんな化け物がいるのかな」
あ……わたしの言葉足らずのせいで、みんなの頭の中のクラゲが、凶暴な怪物になってしまった。
「えっと、クラゲっていうのは、あの……」
「いいんだ。いちいち掘り下げてたら、話しにくいだろ?ひよの好きに話してくれ」
ハーシーの言葉に、わたしはこくりとうなずいた。
「そうやって、楽しく過ごしてるうちに、学校にも通えるようになって。
だんだん友達ができて、将来の夢もできて……学校を卒業したら、子供と関わる仕事がしたいなと思って、一生懸命勉強していました」
わたしは、苦笑いしながら言った。
「本当は、義父と一緒に子供たちのお世話をしたかったんですけど……もう成人すると居づらくなって、その家を出てしまいました。
仕事も、なんとなく受かった会社に勤めて……ぜんぜん関係ない、事務の仕事についてしまって。
だから、護衛士館での生活は、わたしの理想だったというか……たくさんの子供たちに囲まれて、一緒にわいわい生活する、あの賑やかさが好きなんです」
「……今までは、一人で暮らしていたのか?」
ハーシーの問いかけに、わたしはうなずいた。
「はい、だから部屋も、車も、そのまま放ったらかしで来てしまって……。
不在の期間が長くなると、義父に連絡が行くでしょうし、心配をかけてしまうと思います。
だから一言、わたしは大丈夫だよって……何があっても守ってくれる、素敵な人と出会えたよって伝えて、安心させてあげたいんです」
ハーシーの目を見て言ったその瞬間、肩を引き寄せられて、ぎゅうっと抱きしめられた。
こんな、みんなに見られている前で……恥ずかしいけど、嬉しかった。
いつの間にか、王妃様の涙腺も崩壊していた。その涙を、王様が優しく拭っている。
「王様……もし一度召喚の契約を解いて、わたしが元の世界に戻ったら……もうここには帰って来れないのでしょうか」
その質問に、彼は綺麗な眉をひそめ、しばらく黙り込んでしまった。
「……分からない。だが、できる限り調べてみよう」
わたしは、ハーシーと目を見合せた。
もし、また帰ってくることが叶えば……安心してこの世界で暮らせる。
少し不安そうで、心細そうな顔をしているハーシーに何も言えず、わたしはただ、彼の頬を撫でることしかできなかった。




