33,幼なじみ
ハーシーは、わたしを抱き上げたまま、足早に王宮を出ようとした。
けれど外から、強い雨音が聞こえてくる。
ロビーに来ると、たくさんの馬車を引く御者のひとたちが、屋根の下に避難しに来ていた。
こんな状況では……誰もこの大雨の中で、馬車を動かしたくないだろう。
「雷雲もある……今は、出ない方がいい」
頭上の空を覆うように、暗雲がたちこめている。
護衛士の一人、ガタイがよく一番背が高いマスルさんの言葉に、ハーシーはため息をついた。
「……くそ。こんな時に限って……」
「雨が小降りになるまで待とう。さすがにこの中に出ていったら、すぐにびしょ濡れになっちゃうよ」
また護衛士の一人、まだあどけなさが残るが実は同い年くらいの、アパトさんが言った。
「だが……また何か、仕掛けてくるかもしれない。まさかハルマサが、あいつに召喚されただなんて……」
ハーシーは、わたしを支える手にぎゅっと力を入れた。
「……絶対、渡さない……死んでもあいつの嫁になんかさせない……!」
彼は、わたしの耳元でささやくように言った。
その言葉で、よけいに涙腺がゆるんだ。
今はもう、泣きじゃくりすぎて上手く喋れないし……こういうのは、勢いで言うものじゃないとは分かっているけど。
わたし、本気でハーシーのお嫁さんになりたい……好きすぎる。どこが好きってもう、全部が好き。
彼がたとえ、元々男性が好きだったとしても……大切にしてくれてる今だって、変わりない事実だ。
それに……よく考えたら、今までそんな素振りは一度もなかった。
男性が好きなら、もう少し距離感近いと思うけど……他の護衛士さんたちと近すぎることも、恋仲になるような雰囲気も、一切なかった。
家族として一緒に暮らしながらも、上司と部下として、みんな適度な距離感を保っていた。
王様とも、親しい感じではあったけど……話している雰囲気は、もともと友人であったかのようだった。
元の世界での、平均的な身長体重をしているわたしを、ずっと降ろさずに抱き上げている……こんなに強くなるまで、今まで、どれほど頑張ってきたか知れないのに。
なんで、あんなふうに言われなくちゃならないの……面と向かって、どうして人が傷つくことを言えるの。
あんなことを言われていたら……心がやさぐれてしまうのも当然だ。
わたしは、ハーシーをぎゅっと強い力で抱きしめた。
「……お願いだから、泣きやんでくれ」
「無理です……あと5時間くらい泣きます……」
ハーシーは、私の頭を優しく撫でてくれた。
「この世界に来て……ひよには、辛い思いばかりさせてるな……」
「ハーシー……お取り込み中のところ、悪いんだけど」
アパトさんが、控えめに声をかけてくれて、ハーシーは体の向きを変えた。
わたしもちょっとだけ、顔を上げた。
ロビーに出てきた人を見て、御者のひとたちが一斉に跪いた。
王様と王妃様が、まっすぐにこちらに歩いてくる。
「雨がすごいな」
王様が、ハーシーの横に並んだ。他の護衛士さんたちも跪いているけど、ハーシーは立ったまま、わたしを離さない。
「……ひよは、護衛士館に連れて帰る」
「あぁ。そう言うと思ってたよ」
王様は、わたしを見て静かに話し始めた。
「わたしは……若い頃、髪を伸ばしていてね。周りに女性だと偽り、護衛士館にいたんだ」
わたしは顔を上げて、彼の話を聞いた。
「王族と知られる訳にはいかなかったから……肌を見せたら、王族の紋様がこの身に入っているから。
決して風呂も、寝所も、ほかの護衛士とは一緒にしないように徹底していた」
「そうなんですね……」
確かに、王様のこの綺麗な顔立ちなら、女性と言われても信じれるほどだ。
今より若くて線が細くて、髪が長ければ、さらに疑われもしないだろう。
「……みんなには、心底気を遣わせていたと思う。
そんな風に生きていたから……アレクサンドルの護衛に抜擢されてしまったし」
「そうなのよ。わたし昔は、男嫌いだったの。でも彼のことは、女性だと信じて疑わなかったのよ」
王妃様も話に入ってきた。するとハーシーは、嫌悪することなく「いつの間にかお前たちが恋仲になった時でさえ、女性同士か……と思ってたよ」と、まるで友人に話すように笑った。
お父さんとはあんな感じだけど、王妃様とは普通に話せるんだ。良かった……兄妹の仲が悪くなくて。
「やがてわたしが王位を継ぐことになり、性別を明かすことになった。
それと同時に、アレクサンドルと結婚して……だがその頃から、ハーシーの存在も、世に注目されるようになったんだ」
「そうしたら、女性だと思って優しくクラウスに接していた、ハーシーの態度が誤解されて……同性愛者なのではという噂が独り歩きしてしまったの。
でもね、近しい人ほど、ちゃんとハーシーのこと、分かっているのよ」
王妃様の言葉に、護衛士さんたちもうなずいた。
わたしは、もう泣いてないよ、というふうにハーシーに目配せした。
すると彼は、ゆっくりと足がつくように降ろしてくれた。
「良かったです……本当のことを知れて。
わざわざ教えてくださって、ありがとうございます」
王様と王妃様に、深々とお辞儀した。
あの話をどこかで聞いていて、心配して、こうして追いかけてきてくれたんだろう。
なんて温かい夫婦なんだろう……この2人の雰囲気、好きだな。
恋仲になって結婚したと聞いたから、政略結婚ではなくて、恋愛結婚というのも推せる。
王妃様が、わたしの手をとって言った。
「今日はこのあと、フィオを歓迎するパーティをする予定だったのだけど……どうする?」
「……ごめんなさい、……もう、顔もぐしょぐしょなので……今日はご辞退させていただきます……」
わたしは、泣きすぎて腫れた目を隠すようにうつむいた。
すると王妃様が、両手でわたしの顔を優しく包み込んだ。
「公爵にも、ほかの貴族にも、雨がやんだらもう帰ってもらうわ。だから、わたしたちだけでもパーティしない?
美味しいご馳走がいっぱいあるのよ」
「ごちそう……」
その瞬間、お腹がぐぅっと音を立てて鳴った。
わたしは顔を真っ赤にした。すると、近くで吹き出す声が聞こえた。
笑っているのは、ハーシーだ。
彼は小刻みに肩を震わせて……私の失態がそんなにおかしかったのか、ツボってしまっているようだった。
すると王妃様が、ぱぁっと生き生きした顔で言った。
「出たわね、ハーシーの笑い上戸!!」
「こうなったらこいつ、しばらく笑い続けるぞ」
王様と王妃様が、イタズラな顔をして、ハーシーの顔をのぞきこんだり、くすぐったりとちょっかいをかけ始めた。
「やめっ……お前ら……!」
笑いが止まらないハーシーは、顔を隠したままわたしの後ろに隠れた。
すると左右から、面白がってハーシーをつつこうとする二人……耳を真っ赤にして、完全におもちゃにされてるハーシーが可愛い。
ハーシーが笑い上戸だって、今まで知らなかった。
わたしの知らない彼の一面が、まだまだきっと、いっぱいあるんだろうな。
そんな、幼なじみのじゃれ合いを、わたしは幸せな気持ちで見つめていた。
満点評価入れてくださった方々、この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。




