30,王宮への馬車
ついに、わたしを召喚したのは、ハーシーだということが分かった。
でも、同じタイミングでこの世界に来た先輩は……一体誰に召喚されたんだろう。
わたしとハーシーが恋人になったと知って、怒ってどこかへ行ってしまった……。
先輩は……なにがしたいんだろう。
「今日のお披露目会……荒れるかもしれないな」
馬車の窓の外をぼうっと眺めていたわたしは、はっと物思いから冷めて、彼の顔を見た。
「……お披露目会って、何をするんでしょうか」
「貴族たちとの顔合わせだろう。その後、聖女としての役目を言い渡される。
今後は、聖女としての力をつけていきながら、依頼された仕事があれば、していく形になるだろう」
手元にある聖典を見下ろし、不安になった。わたしはまだ、ここに書かれていることの100分の1の能力も使えていない……聖女としての力が、安定していないのだと思う。
聖女としての役目があるなら……ちゃんと人の役に立てるように、修行していかないといけない。
黙り込んだわたしの手を、彼は優しく取って微笑んでくれた。
「大丈夫だ。おれが必ず、ひよのそばで守るよ」
「あ、ありがとう……」
今までの彼からは考えられないほど、優しい……でも、甘えちゃいけない。ちゃんと話し合わないといけないことは、まだたくさんあるから。
「あの……いったん、元の世界に帰る話ですけど」
その話をすると、やはりハーシーの顔が曇った。
「戻ってきてくれるんだろう……?」
「はい、それが叶うなら……。でも、わたしが元の世界に戻る方法は……本当に、ハーシーを殺すことしかないんですか?」
ストレートにそう言うと、彼は吹き出して笑った。
わたしが「だってそう言ってたじゃないですか……!」って怒ると、彼は「ごめん」と謝った。
「ひよが、元の世界に帰れるとしたら……あの日……召喚されてきた日と同じ、満月の夜だ」
「満月の夜……」
「あぁ。それはちょうど、この世界に来た日からひと月……召喚契約をとけば、元の世界に帰れると思う」
「その契約を、解いてしまったら……次はもうないんでしょうか……」
「分からない……何かクラウス王なら、知恵を貸してくれるかもしれない」
わたしは、ハーシーの手をぎゅっと握った。
「わたしだって……ハーシーと離れ離れになりたいわけじゃないんです……。
でも先輩の言う通り、このまま元の世界のことを放ったらかしで、この世界に居続けるのも……」
うなだれたわたしの顔を、ハーシーは片手を使って、くいっと持ち上げてきた。
「もし、また戻ってこれたら……その時は不安なく、ここに笑顔でいられるんだろ?」
その言葉に、わたしはうなずいた。
ハーシーは、しばらく何かを考えて、沈黙していた。その後、静かに口を開いた。
「……じゃあ、君の思う通りにするといい。
おれは信じて……ひよの帰りを待つよ」
わたしから目線を外し、どこか虚ろな目の彼を見て、わたしは悟った。
ああ、無理をしているんだろうな……心にない、優しい言葉が欲しいんじゃないのに。
ぬかるんで、ぬかるんで。なかなか奥に辿り着けない。でもそこにはきっと、綺麗な湖が広がっている。
もっと、彼の心の奥に触れたいな……。
「わたしね……嬉しかったんです……。
護衛士の皆さんが、ハーシーに『おめでとう』って言ってくれてるのを見て……こんなわたしでも、いるのを喜んでくれる人たちがいて……幸せだなぁって思ったんです。
だから、戻って来れないのは……本当に嫌で……」
じわっと、涙が溢れてきた。
するとハーシーが、さっとポケットからハンカチを出した。
「……そんなに泣いたら、メイクがとれる」
ぽんぽんと、なるべくメイクがとれないように、彼は涙を拭ってくれた。
「……あの。いつから、わたしのこと、好きになったんですか?」
つい、こんな質問が口から飛び出してしまった。なんか、SNSでエゴサしてしまったみたいで……恥ずかしさを感じる。
「……団長室を、掃除してくれたとき」
彼は、静かに語り始めた。
「机の裏や、細かい窓枠まで掃除してくれていただろう。ふだん見えないから、別にしなくてもいいのに……。
見えないところでも、きっちりしてるんだなと思って……さぞ、元いた世界の職場では、重宝されたんだろう。
仕事をする上で、人が見えないところでもちゃんとしてる人は、一番信用できる人だと思っている」
ハーシーが、こんな風に思っていただなんて……こんなに上手に、言葉で伝えてくれるなんて。
わたしはしばらく、びっくりして固まっていた。
「えっと……なにか、気に触ったか……?」
「いえ……嬉しいです……ちゃんと見えもらえてたんだと思うと、嬉しすぎて……どんな顔をしていいか……嬉しいを通り越して、もはやぴえんです」
「ピエン……?」
はっ、いけない。ハーシーに現代語を教えて、キャラ崩壊させてしまうところだった。
「わ、わたしも……!
ハーシーは仕事に対してものすごく真面目で、周りの護衛士さを大事にしてて、見習いの子たちからも慕われてて……そういうところが、とても好印象でした」
「……そうか」
穏やかに微笑むハーシー。
それを見て、愛しさが爆発しそうだった。
今なら自費で、花火を2000発打ち上げたいくらいだ。(借金しないといけなくなるけど)
わたしは、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。馬車の外には、四方八方に護衛士さんたちがいて、王宮までの道のりを護衛してくれている。
みんなが仕事をしている中、自分たちだけイチャつくなんて……みんないい気はしないだろう。
それなのに、目をつむった瞬間……ハーシーの顔が、わたしの顔の間近にきている。
「ちょっ……な、何してるんですか!?」
「……だめ?」
「い、今は……馬車の外から、見えるかもしれないのでだめです……!!」
「じゃあ、こうしよう」
ハーシーは、薄いコートの裾をまくりあげて、わたしの頭にかぶせた。
確かに、見られはしないけど……何をしているのか、不審に思われないかな……。
断る隙もなく、ハーシーの手がくいっと顎をつまんできた。わたしが目をつぶると、彼の吐息を肌で感じるくらい、顔を寄せられて……。
「あのー……お二人さん。
もう、王宮に着きましたけど……」
外から声をかけられて、わたしはとっさにコートを振り払い、「はいっ、すみません!!」と叫び、外に飛び出した。
その瞬間、護衛士さんたちに周りを囲まれて「急に飛び出さないでください……」とたしなめられた。
「もう少し、ゆっくり走ってくれて良かったんだが」
「バカ言えよ……どんだけ時間稼いでやったと思ってんだ。感謝しろよ」
後ろでハーシーと護衛士さんが話しているのを聞きながら、わたしは真っ赤な顔を鎮めようと、また深呼吸をした。
ひとりの兵士が、わたしたちに近づいてきた。
「聖女フィオ様。ジギス伯爵家ハーシー様。お待ちしておりました。これより、控え室へご案内いたします」
「他の貴族たちは?」
「あとで参ります。鉢合わないよう、時間をわけておりますので」
ハーシーは、どこかほっとしたような顔をした。わたしも良かったと思った。きっと他の貴族のご令嬢がたくさんいたら、彼が取り囲まれて大変だったろう。
彼はわたしの横に来て、腕を差し出してきた。
「つかんでくれ」
「……はい」
すると、後ろから「ヒューヒュー」「熱いねお二人さん」と、小声で冷やかされた。
ハーシーは後ろに「うるさい」と答えた。
心が暖かい……この世界に来て初めて、すごくいま安心している。
みんながいれば、大丈夫……きっと今日を乗り越えられる。
わたしは安直に、そんな風に思ってしまっていた。




