3.はじめての護衛士館
夜の森を抜けると、急に大きな建物が現れた。
黒い鉄格子で覆われたそのお屋敷は、古めかしく、どこか人を寄せつけない雰囲気があった。
わたしたちが乗る馬が近づくと、フードを目深にかぶった人がどこからともなく出てきて、鉄格子の門が静かに開かれた。
屋敷の敷地に入ると、ハーシーが先に馬から降りた。わたしは、スカートがめくれ上がらないようにしながら、片側に足を集めた。
「えっと……降りる時は、どうしたら……」
「乗った時の反対のことをすればいい」
「あ、なるほど……」
わたしはハーシーの言葉どおり、足置きに体重をかけて、そろそろと体を降ろした。
でも、地面に足が届かない……なんとか上がればしたけど、降りる時のほうが大変だった。
「お馬さん、なんて足が長いの……うらやましい限りです……!」
「早くしないと、馬が暴れるぞ」
「ひぇっ、お馬さんごめんね、わたしの足が短いせいで……!!」
わたしは、どんなに頑張っても伸びることはない足は諦めて、足置きに体重をかけ、飛び降りようと思った。
でも怖い……けっこう高いから、飛び降りることさえ怖い。
そのまま動けずにぷるぷるしているわたしを見て、フードを被った人が口を開いた。
「団長、手伝ってあげてくださいよ……」
「あぁ……面白くて、つい」
ハーシーは、手を差し伸べてくれるかと思いきや、無造作にわたしの体を抱っこして、すとんと下に降ろしてくれた。
それはきっと、彼にとってただの作業だったけど、わたしは心臓が跳ね上がるような感覚を覚えた。
「あ、ありがとうございます……また手を煩わせてしまって、すみません……」
照れながらお礼を言うと、ハーシーは短く「あぁ」と呟いた。クールだなぁ。
まぁ確かに、こちらは金髪碧眼のイケメンに助けられて嬉しいけど、向こうはこんな芋女を助けてもテンション上がらないよね……ごめんなさい、美女じゃなくて。
するとフードを被った人が、馬の手綱を引きながら「可愛いお土産ですね」と、クスクス笑っている。
ハーシーはその言葉を無視して、「ついてこい」とだけ言った。
かなり広いお屋敷だけど、夜だからか、しんと静まり返っている。
わたしは、裸足でぺたぺたと床を歩きながら、ハーシーについていった。
ある部屋で立ち止まり、扉を開けると、ずらっとたくさんの服が吊り下げられていた。
彼はわたしのことをチラッと見てから、だいたいこの辺りだろうと、1つの服をとってくれた。
それはしっかり襟が立っていて、トレンチコートのような、胸の辺りでセパレートになっている服だった。
「明日、それを着て王宮に行く」
「はい、ありがとうございます……えっと寝る時は、どうしたらいいでしょうか……」
「女ものの服は、ここにはない」
「あっ、分かりました……裸で寝ろってことですね」
冗談めかしてそう言うと、ハーシーはなぜかこちらに鋭い視線を送ってきた。
え、わたし何か、まずいこと言っちゃった……?
「えっと……何か、服を貸していただけると……」
「おれの寝間着でいいか」
「あ、はい!むしろいいんですか、すみません……」
ハーシーはその衣装部屋を出て、またどこか別の部屋に案内してくれた。そこは周りの無機質なドアとは違い、ここだけ装飾が施されて、いかにも位が高いと分かるドアだった。
もしかして、ハーシーはここのお偉いさんなのかな……さっきの人に、団長って呼ばれてたもんな。そんなことも聞けないまま、わたしは無言の彼の背中を追いかけた。
部屋の中には書斎があって、その奥にもう1つ扉があり、そこがベッドルームなようだった。
わたしはその部屋には立ち入らないようにして、ハーシーが出てくるのを待った。
彼は寝間着を持ってきてくれながら、「なにしてる、入れ」と言ってきた。
「いえ、あの……わたし、そこのソファで大丈夫です」
「固いぞ」
「全然大丈夫です!むしろ、座っても寝れるので」
こんなイケメンと同衾するなんて、これからの人生の運を全て使ってしまいそうだ。
それより、川に落ちたし、ほんとはシャワーを浴びたいけど、どうやらこの国にはなさそう……。
「おれが出ておくから、それに着替えたら、声をかけろ」
そう言って彼は、ベッドルームから出て、わたしをその部屋に押し込んだ。
まぁこんなずぶ濡れのアラサー、抱きたい気にもならないか……ちょっと意識しすぎちゃったかな。
わたしは濡れた服を脱いで、バスローブのような寝間着を着た。ひも1本で結ぶだけだから、なんとも心もとない……でも足元ぎりぎりまで生地があるから、めくれる心配はなさそうだ。
わたしは襟元をぎゅっと寄せてから、おそるおそるその部屋を出た。
「ここに座れ」
ハーシーも、濡れた服を脱いで、寝間着に着替えていた。あれ?でもなんだか、濡れた髪も乾いているし、顔もますます綺麗になっている気がする……。
彼は、ソファに座った私の前に立つと、本を持ち、なにか呪文を唱えた。
すると突然、足元に雲のようなものが現れて、体全体が包み込まれた。まるで雲に体をなでられているような感覚を覚えたあと、一瞬のうちにそれは離散して消えていった。
「えっ……髪が乾いてる!それに、なんかいい匂いが……」
「洗身の魔法だ。風呂に入れない時の、緊急的なものだ」
「魔法……!ハーシーは、魔法使いなんですか!?」
「この国の人間は、簡単な魔法ならだいたい使える。本物の魔法使いの中で、最も強いのがアウル国王だ」
「それにしても、国民がみんな魔法を使えるなんて……すごいです!」
彼はわたしの感嘆をよそに、本を机に置いて、反対側のソファに横たわった。
「おれはもう寝る」
「えっ、それならベッドで寝てください!!
命の恩人を、そんなところで寝かせるわけには……」
ハーシーはまた、わたしの言葉を無視した。それなら、わたしも無視してやる。素直に甘えられない女なので!
わたしも、今座っているソファに寝転んだ。
確かに硬いけど、寝られないほどじゃない。電車通勤で、イスに座って1秒で寝つける(気絶する)わたしの睡眠導入力があれば、造作もないことだ。
お酒を飲んだこともあって、ひたすらに眠かったわたしは、横たわった瞬間に意識が遠のいていった。