29.聖女お披露目の朝
まだ日が昇りはじめたばかりの朝。
わたしたちは身支度を整えて、すぐそばの護衛士館へ向かい、護衛士さんたちと合流した。
今日ハーシーは、護衛士団長としてではなく、ジギス伯爵家子息として、王宮に行くらしい。
仕立ててもらった真っ白な正装に身を包み、金髪が朝日にきらきらと照らされて、眩いばかりだ。
わたしも真っ白なAラインドレスに身を包み、メリッサさんが髪をまとめて、メイクもしてくれた。
ハーシーがわたしの手を引いて、優しくエスコートしてくれる。そんなわたしたちの姿を、まじまじと護衛士さんに見られていて、恥ずかしい。
全員が集まるまでの間、デイヴィスがわたしたちのところに来て話しかけに来た。
「……夜の闇の中、喧嘩するのはやめてくれ」
あ、バレてる……ということは、その後のあれやこれやも、見られてたのかな……。
「すまない……」
「見張りのやつが、止めに入ろうか迷ったそうだ。痴話喧嘩するなら、家に入ってからにしろ」
わたしは恥ずかしさでうつむいていたけど、勇気をだして顔を上げた。
「あの……昨日は変なことを言って怪我をさせてしまい、すみませんでした」
すると、デイヴィスは気まずそうな顔をした。
「あぁ……別に」
「デイヴィスさんに結婚してますかと尋ねたのは、デイヴィスさんが、わたしを育ててくれた養父にとてもよく似ているからなんです。
だから、他意はなくて……不躾な質問をして、すみませんでした」
「……そうか」
「もう当分会ってないので、勝手に懐かしい気持ちになってしまって……」
その瞬間、ハーシーがぐいっとわたしの腕を引っ張ってきた。
体を引き寄せ、肩を抱いて、自分のものだと見せつけるようにして、ハーシーは声を張った。
「今日のお披露目が終われば、本格的にひよを、我が家へ迎える。
聖女として……おれの恋人として、今日1日、ひよを一緒に守り抜いて欲しい」
護衛士さんたちに、どよめきが走った。
アパトさんやマスルさんが、パァっと顔を明るくして、小さく拍手してくれている。
すると、遅れて出てきた先輩が、護衛士さんたちを割って前にでてきた。
「えっ……恋人……?だれと、誰が……?」
「えっと……ハーシーと、わたしが……?」
その言葉に、彼は目を見開いた。
「は……?嘘だろ……」
「ね、嘘みたいですよね。
っていうかわたし、まだちゃんとお返事してないんですけど……」
「どうして?昨日の夜は、あんなに……」
「ちょちょ、何言おうとしてるんですか!!」
わたしがハーシーの口を塞ぐと、彼はふっとやわらかく微笑んだ。どこかで「おいおい、見せつけんなよ……」という声が聞こえた。
「あの、団長……ひとつ質問、よろしいですか」
手を挙げたのは、アパトだった。
「なんだ」
「団長は以前、フィオの召喚者を探せと命じられましたが……もうそれは、見つかったのでしょうか?」
「あぁ……ひよを召喚したのは、おれだ」
その言葉に、わたしはバッと顔を上げた。
やっと……やっと言ってくれた……。
わたしは、今までずっと嘘をついていたくせに、しれっとしているハーシーの顔を見て、全身の力が抜けるような感覚を覚えた。
「そうじゃないかって、ずっと思ってたけど……よかった、ハーシーで……」
その言葉に、彼も嬉しそうに微笑んでくれた。
「ごめん……今日まで言えなくて。
ずっと嘘をついていたのは……お前を警戒していたからだよ。ハルマサ」
ハーシーは、呆然とわたしたちを見ている先輩をにらんだ。
「ひよは、確かにおれが召喚した……でもお前は違う。
あの場にお前はいなかったし、おれに、2人も召喚できる魔力なんてあるはずがない。
お前は……一体、誰に召喚されてやってきたんだ」
その言葉を流すように、彼は小さく笑い始めた。
「ははっ……ずっとそばで、見守ってきたのに……こんなポッと出のイケメンに、心を奪われるのか……」
「先輩……ハーシーの質問に、答えてくれますか?」
わたしが声をかけると、彼はわたしを見て言った。
「召喚された者は、誰に召喚されたか分からない。きみもそうだったろ?
おれも、誰が自分を召喚したのか、分からないんだよ」
穏やかに説明するその声に、わたしはなぜか恐怖を覚えた。
ハーシーの腕に、とっさにしがみつくと、彼はぎゅっとわたしの手を握ってくれた。
「それは、本当のことか?」
「本当だよ。っていうか、えっ……恋人になったって、きみ、元の世界には帰らないの……?
仕事も、家も、放ったらかしで……もう一生ここで過ごすのか?」
そう尋ねられて、わたしは口をきゅっと引き結んだ。ずっと考えていたこと……言えなかったことを、ここで言おう。
「元の世界には……いったん帰りたいと思ってます。
仕事も辞めて、部屋も解約して……ちゃんと全部整えてから、また戻ってこれるのか、今日王様に聞いてみようと思ってます」
ハーシーが、ぎゅっと握る手に力を入れた。
彼は、戻って欲しくないんだろう……きっと傷ついた顔をしているであろう彼を、今は見上げることができなかった。
「……戻ってこれる保障なんか、どこにもないぜ?」
「それなら、一生ここにいます。あっちにいても、わたしは一人ぼっちだったから……」
「おれがいても?」
「先輩……色んな女の子と、たくさん付き合ってましたよね?そもそも高校の時、色んな女の子に声かけてたし……ちょっとないですねぇ……」
わたしは苦笑いしながら、今まで言いにくかったことをズバッと言った。
別に、彼がだれと付き合うかなんてどうでも良かったけど、彼女がいて食事に誘われるのは、ちょっと気が引ける面もあった。
いちいち「いま、彼女いますか?」「いるなら飲みにはいけません」って確認して、断ってたけど……彼は「ただの先輩後輩じゃん!」と軽く受け流していた。
そういう軽さが、ちょっと本命にはなりにくいところだったと思う。
先輩は、笑みを消した。
いつも明るくて、どんなことがあっても笑ってる彼が……真顔になっているところを、初めて見た。
「……どんな気持ちで……たと思ってたんだよ……」
彼の呟いた言葉が聞き取れなくて、わたしが聞き返そうとした。
その瞬間、彼は腰にある長剣を引き抜いた。
「団長……!」
「いい」
護衛士さんたちは、わたしたちを守ろうとしてくれていた。でもハーシーが断って、わたしの前に飛び出した。
その瞬間、先輩が剣を持っている腕めがけて、ハーシーが何かを投げた。手に棘のようなものが刺さり、先輩は痛がりながらも、そのままハーシーに向かってきていた。
「ハーシー!!」
わたしは、他の護衛士さんたちに取り囲まれて守られながら、彼の名前を呼んだ。
ハーシーが地面を蹴って、宙で体をひねった。白いコートの裾が舞うようにたなびいて、とても綺麗……そう思った瞬間、彼は容赦なく先輩の頭に蹴りをいれようとした。
その瞬間……とてつもなく強い風が吹いてきて、ハーシーはバランスを崩し、急いで地面に降り立った。
「やっぱり……あの時は、手加減してたんだな」
先輩は、あの決闘のことを言ってるのだと分かった。引き分けになったあの勝負……今のを見ていると、確かに、ハーシーに1太刀でも入れられたのが奇跡みたいだった。
「屈辱だよ……好きな子もとられて、勝負では手加減されて……おれ、お前みたいに完璧なやつ、大っ嫌いなんだよね」
「かっ……完璧な人なんて、この世のどこにもいないですよ!」
わたしはつい、口を出してしまった。
「みなさん知ってるでしょう?つい昨日までこの人、ツンデレのデレなしだったんですよ!!
出会った時から好きだったって、あんな態度で、そんなの分かるわけないですよね!?
しかも病みツンです!!帰りたいなら、おれを殺してから帰れって……泣いて引き止められたんですからね!!
もう、どんだけ恋愛下手なんですか!!」
ハーシーは、両手で顔を隠した。大勢の前で暴露されて、耳たぶまで真っ赤な彼を、アパトさんがニヤニヤしながら「え〜団長も可愛いとこあるね〜 」と、ツンツンついている。
「そうだよ……お互い興味ないと思ってたから、安心してたのに……こんなことなら、もっと早く強硬手段に出ればよかったんだ」
先輩が、独り言のようにつぶやいた。
そしてまた、彼の周りに風が吹き始めて……周りの砂が舞い、わたしは目をつぶってしまった。
「……王宮で、待ってるよ」
耳元で囁かれた瞬間、目を開けると、そこに先輩の姿はなくなっていた。




