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23.治癒魔法

 扉を叩く音がして、わたしは目を開いた。

 とてつもなく眠い。薬を飲んだせいか、深い眠りだった。


 窓の外は暗い。確か最後の記憶は、まだ昼だったから、わたしはまた半日ほど眠っていたのだろう。

 ぐらぐらする頭で、わたしは「はい」と返事をした。


 静かにそっと、客間の扉が開かれた。


「……お邪魔します」


 マントを着た男の人が、明かりを持って、2人ほど部屋に入ってきた。声の感じからして、暗殺者ではないことは分かった。


 1人がマントを脱ぐと、その容姿が顕になった。

 漆黒の髪に、海の底のような青い瞳。落ち着いた雰囲気を身にまとった、中性的な顔立ち。


「王様……!」


 わたしは、目を丸くした。

 彼はわたしが横たわるベッドの、1歩手前くらいまで近づいてきた。


「怪我をしたと聞いた。怖い目に遭ったな」


 まるで子どもに話しかけるように、優しい口調だった。彼はわたしと、あまり歳が変わらない印象だけど……王様という立場のためか、どこか偉大な存在に見える。


「わたしは、治癒魔法が使える。完全に治せるかは分からないが……やってみてもいいだろうか」

「あ、はい……! わざわざ来ていただいて、すみません」


 ベッドから起き上がろうとすると、めまいがして、体が引っ張られるように倒れた。


 頭をぶつける……!

 そう思ったとたん、王様の後ろに控えていた人が、とっさに私の体を支えに来た。


 マントを目深に被り、顔も黒い布で覆われている。その隙間から覗く、青い瞳が……とても綺麗だった。


 もしかして……いやでも、そんなはずない。

 だってわたし、憎まれ口を叩いてしまったから……もうこんな世界にいたくないって、みんなの前で言ってしまったから。


 その後も、痛くて、痛くて、ベッドの中で泣きながら寝落ちした。

 きっと彼はもう、わたしと向き合ってくれない……命を、2度も助けられたのに。


 なんであんなこと言っちゃったんだろうという後悔と、彼の冷たい態度に、虚勢を張ってしまう自分……また、素直になれなかったらどうしよう。


 わたしは、支えてくれた人がハーシーかもしれないと、気づいていないフリをして「ありがとうございます、すみません……」と、他人行儀に言った。


 彼は何も言わずに、わたしを支え続けてくれた。


「傷の度合いによっては、しばらく時間がかかるかもしれない」


 わたしはうなずいて、王様に背を向けた。


 王様が何かを呟いたかと思うと、わたしの周りに魔法陣が現れた。小さく光る青い魔法陣から、じわじわと暖かいものが染み渡ってくる。


 まるで、温泉に浸かっているみたい……体がじんわり温かくなってきて、背中の傷が、じんじんと脈を打っている。


「……あさってには、聖女お披露目の式典をする予定だ。だが、あなたが望むなら……式はとりやめよう」


 王様の言葉に、わたしは「なぜですか?」と尋ねた。


「この世界にいるのが、辛そうだと聞いた。

 召喚者が見つかって早く帰れるなら、早く帰りたいだろう」

「……そうですね」


 わたしは、ゆっくり呼吸をしながら言った。


「たしかに、辛いです……この世界には、わたしの居場所はありませんから」

「……そう、感じさせることがあったんだな」


 思わず、その言葉に涙が溢れた。泣いても、困らせるだけなのに……こんなに優しく話を聞いてくれる王様、なかなかいないだろう。


「でもわたし……ちゃんと、恩返ししたいんです。二回も命を助けてもらって……なにか役に立ちたいのに、空回りしてばかりで。

 結局、人の怪我を肩代わりしても……こうやってまた、他人に迷惑をかけてしまって……」


 その言葉に、支えてくれていた黒づくめのマントの人の手が、ぴくっと動いた。


「肩代わり……?」


 やっと口を開いた。思ったとおり、ハーシーの声だ……でもわたしは、なんでそんな格好をしているのか問い詰めることもせず、話を続けた。


「よく分からないんですけど……ハーシーが負った傷を、肩代わりできてしまったんです。

 それで、恩返しのつもりでしたが……想像以上に切られた傷が痛くて、ちょっと後悔してます……」


「それは、聖典を見てやったのか?」


「いえ、聖典は持っていませんでした。というより、持っていても字が読めなくて……」


「なるほど、だから使えるはずの、治癒魔法ができないのか」


 王様は、納得したように言った。


「召喚の魔法には、異世界の者と言葉を交わすことができる魔法が組み込まれている。

 だが、文字が読めなかったか……それは盲点だった」



 そんな話をしているうちに、いつの間にか、背中の痛みがなくなった。

 わたしがそのことを伝えると、王様は魔法陣を閉じて、なぜかまた、新しい魔法陣を出した。


「あなたが、この世界の文字を読めるようにしよう。せめてここにいる間は、生活に困らないように」


「あ、ありがとうございます!!

 なにからなにまで……」


 わたしが頭を下げると、王様はうなずいた。黒づくめの男性は、変わらずわたしの体を支え続けてくれている。


「あぁ。そのお返しと言うのは、おこがましいかもしれないが……」


 王様は、腰の低い態度で言った。


「どうか、元の世界に帰るのは、聖女の役目を果た してからにしてくれないだろうか」


 その言葉に、わたしは即答できなかった。


「……そうだな。早く帰らないと、あなたを待っている家族もいるだろう。

 あと1日、よく考えてくれ。また式典のときに、聖女の役割について話そう。

 あなたが来るのを、王宮で待っているよ」


「……わたしには、待っている家族はいないので……大丈夫です。

 ただ心配なのは、仕事を投げっぱなしにしてきてしまったことで……借りている部屋も、お金を滞納したら、周りの人が困るし。

 なので、聖女の役割もなるべく頑張りますが、元の世界に帰るのも、なるべく早くできるように、頑張ります」


 その言葉に、王様は「分かった」と頷いてくれた。

 彼は「それじゃあ、また王宮で」と言い残し、静かに部屋を出ていった。


 黒づくめの人は、しばらく立ち止まっていたけど、何も言わず、身を翻して去っていってしまった。



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