21.暗殺者
今日はさすがに、ないだろう。
あんな気まずい空気から、ハーシーの部屋に行くなんてこと……。
そう思って、眠りについたのに……。
「えっ!?」
目を覚ますと、やはりわたしは、ハーシーの腕の中にいた。
昨日はもう、彼は客間に来なかった。わたしも会いに行かないまま、客間のベッドで寝た。
それなのに……どうしてまた、わたしはハーシーのベッドにいるの??
しかも、ぎゅっと抱きしめられて……抜け出せない。
顔を見上げると、ハーシーはすやすや寝ている。
その寝顔が、あまりにも穏やかで……いつも固い顔をしている彼とは、まったく違っていた。
どんどん心拍数が上がって……体が熱くなってきた。
昼間、あんなに冷たくされているのに……抱きしめられて全然嫌じゃないところが、もう安直すぎる。
「は、ハーシー……!!起きてください!!」
そう呼びかけると、彼は顔をしかめた。
良かった、起きそう……と思った瞬間、さらに強い力で抱きしめられた。
「んうっ……くるし……」
引き剥がそうとしても、全然びくともしない。
薄い寝巻きから、がっしりとついた筋肉が感じられて……どうしよう、変な気分になってきた。
でも、わたしも望んでいないように……彼も、わたしと体を重ねるのは、望んでいないはずだ。
仲良くないし……恋人でもない。
ましてや、ずっと一緒にいられる人でもない……。
それなのに、大人だから……やっぱり、変な気分になってしまう。
溜まってるのかな……慣れない場所に来た、ストレスもあるだろう。
わたしは、まったく力を緩めてくれないハーシーを、思い切って引き剥がそうとした。
「離れるな」
ハーシーがそう言った瞬間、窓ガラスが割れる音がした。わたしは訳が分からないまま、ハーシーに抱きかかえられ、ベッドから降ろされた。
「ハーシー……!」
暗闇の中、切りかかってこようとする人影に、わたしは悲鳴を上げた。
剣がぶつかり合う音がして、すぐ近くで、戦闘が始まった。
わたしは壁の隅に追いやられ、ハーシーの背しか見えていない。
そう思った瞬間、ハーシーの姿が消えた……目の前に、剣を持った黒ずくめの男が見えた。
男がわたしに手を伸ばした瞬間、その頭に強烈な足蹴りが入って、壁にドンと打ちつけられ、力なく倒れた。
他にも、暗闇の中でうめき声が聞こえ、誰かが倒れる音がした……。
震えが止まらなかった。
近くで倒れている男が、また動き始めたらと思うと……恐ろしくて、動くこともできなかった。
「……大丈夫か」
ハーシーが、目の前に倒れている男をどかしてくれた。それでもわたしは、腰が抜けて立てなかった。
彼は、呆然としているわたしの前に膝まづき、お姫様抱っこで抱き上げてくれた。
人の温もりを感じて、ぶわっと涙が溢れ出した。
わたしはハーシーの首に手を回して、ぎゅっと抱きついた。彼が助けてくれなかったら……わたしは今頃、どうなっていたんだろう。
部屋から出た瞬間、刃が空気を割く音がした。
ハーシーがうめいて……わたしを抱く手に、力が入った。誰かに、背中を切られたんだ。
わたしが、彼にしがみついていたから……ハーシーは受身を取ることもできず、わたしを抱えたままうずくまった。
暗闇の中、差し込んだ月明かりに、刃の光が反射した。ハーシーが殺される……わたしはそう思い、必死に彼の頭を抱きしめて守った。
その時、下から突き上げるような地震が起きた。
よろめいた暗殺者は、壁にたたきつけられ、持っていた剣を落とした。
その瞬間を、ハーシーは逃がさず、その落ちた剣を拾った。
「や、やめてくれ!!
おれは、雇われただけで……!!」
「人に剣を向けるなら、自分も向けられる覚悟はあったんだよな?」
そう言うと、ハーシーは躊躇なく、その男の体に刃を突き刺した。
男は血を吐いて、事切れた。
ハーシーは、力なく床に崩れた。
切られた背中が痛むんだ……浅い呼吸を繰り返し、額にはあぶら汗が浮いていた。
彼の背中にまわると、服ごと肌が切られていて、血が滲んでいる。わたしは、寝巻きを脱いで、止血するためにハーシーの胴体に巻きつけ、きつく縛った。
「おい……好きでもない男の前で、肌を見せるな」
浅い呼吸の間に、ハーシーが喋った。下着をつけているから、別に裸になっているわけじゃないのに。
何を敏感に、気にしてるんだろう……今まさに、生きるか死ぬかの瀬戸際で。
わたしは怒った口調で言った。
「じゃあなんで、好きでもない女を、命をかけて助けるんですか」
「……護衛士だからだ」
「今は、仕事の時間じゃないです」
「……毒が、塗られてる。おれはもう、死ぬだろう」
その言葉に、わたしは息をとめた。
「良かったな……おれが死ねば……」
その後の言葉が、かすれてよく聞こえなかった。
どんどん呼吸が荒くなって、顔が青くなり、目の前でチアノーゼを起こしている。
わたしは、彼の背中に手を置いた。
「わたし……もう、ハーシーと一緒に寝るの、嫌なんです」
そのとき、手から温かい光が溢れ出した。
彼の額を治した時より、それは強い光だった。
「ドキドキして……もっと触って欲しいって、思ってしまったから……」
その瞬間、激しい痛みが、わたしの背中にうつってきた。あまりの痛さに、わたしはその場で意識を失った。




