20.護衛士見習いの子供たち
午後になると、ハーシーはどこか仕事へ出かけて行った。わたしは団長室の掃除を再開するため、また井戸に水を汲みに行った。
するとまたディヴィスと会って、会釈を交わした。彼は「さっきは大変だったな」と労ってくれた。
「……なんであいつ、あなたに対して、あんなに冷たいんだろうな」
「あいつ?」
「ハーシーだよ」
その言葉に、わたしは苦笑いした。
「わたしが、突然この国に来て、色々迷惑をかけてしまっているから……」
「いや、それは、ここにいる誰もが同じことだ」
確かに。護衛士団にいるのは、家族じゃない。みんな寄せ集めの赤の他人だと、ハーシーが言っていた。
「……おれから、言ってやろうか?」
彼は、わたしを気遣うように言ってくれた。
「いえ、あの……2人きりの時は、けっこう優しいんです。人といる時に、なぜか冷たくて……。
それにわたしは、たぶん1週間で追い出されるので」
「なぜ?」
「1週間後、聖女のお披露目があるとかで……その後は王宮で引き取ってくれと、目の前で言われたので……」
「そうか……」
なんでこんなに、彼とは安心して話せるのか分かった。
義父に似ているからだ。つい気が緩んでしまうのは……心を開いていた人と、声も顔もそっくりだから。
「とりあえず、掃除をするんだよな。掃除用具がある場所を教えよう」
「はい、ありがとうございます!」
お礼を言うと、デイヴィスは「分からないことがあれば、なんでも聞きなさい」と微笑んでくれた。
懐かしいな。もう、いつか諦めたはずの恋……苦い思い出となってしまった初恋を、わたしは束の間思い出しながら掃除をした。
団長室がピカピカになった後、わたしは残った時間で、また厨房の手伝いに行った。
すると今度は、また違う子どもたちがいて、デイヴィスも一緒に夕飯を作っていた。
「掃除は終わったか?」
「はい、おかげさまで!何かお手伝いできることはありますか?」
「じゃあ、子どもたちと一緒に皮をむいてくれ」
子どもたちは、器用に小さいナイフで、芋の皮をむいている。わたしもナイフをもらって、目の前に山のように積まれた芋を、ひとつとった。
「……おねぇちゃ、なんさい?」
「わたし?25さい」
質問に答えると、今度は「何のご飯が好き?」「なんの色が好き?」と、矢継ぎ早に質問された。わたしはデイヴィスと顔を見合せて、苦笑いしながら、子どもたちとの話を楽しんだ。
切った芋を煮込んで、他の料理もできはじめたころ、すっかり窓の外は、日が暮れていた。
すると厨房に、1人の護衛士さんが入ってきた。
「帰るぞ」
ハーシーだった。子どもたちは、彼を見てパァッと笑顔になり、駆け寄っていった。
「高い高いして」
甘える子どもたちの要求に、ハーシーは素直に応えていた。喜ぶ子どもたちを見て、慕われているんだなと思った。
「……みんな、たくさん教えてくれてありがとう。またよろしくお願いします」
わたしがそう言うと、子どもたちは今度、こちらに駆け寄ってきてくれた。
「明日も来る?」
「こんどぼくの部屋に、遊びに来てもいいよ」
「一緒にあそぼうね」
矢継ぎ早に言われて、困っていると、デイヴィスが「お疲れ様」と言ってくれた。
その言葉に癒されながら、わたしは厨房を出た。
わたしは、足取り重たく、彼について行った。
こちらが何も喋らないと、ハーシーも何も喋ってくれない。
気まずい雰囲気で、夜の闇の中を、わたしたちは歩いてジギス伯爵家に向かっている。
「……おかえりなさいませ」
何かを感じとったのか、出迎えてくれたライラさんが、表情を固くした。
「喧嘩でも、されましたか……?」
わたしに囁くように言われて、「分からないけど……一言も話さず、帰ってきてしまいました……」と話した。
そんな話をしている間に、ハーシーはさっさと中に入り、こちらに何も言わず、自室に上がってしまった。
仕事で何か、嫌なことでもあったのかな。
でもそれを聞いてあげることも、何かアドバイスすることも、部外者のわたしには許されない。
「まぁ……ハーシー様、どうしたんでしょう。
とにかくお疲れでしょうから、すぐお着替えされてください。夕食をご準備しておりますよ」
「ありがとうございます」
ライラの優しい言葉に癒されながら、わたしはまた客間に戻って、汚れた服を脱いだ。
すると、メリッサが、大きなクローゼットを開けた。
「今日、仕立て屋さんから、服が届きました」
「わぁ!すごい!」
そこには、パーティドレスと、襟の高いワンピースの正装と、普段着も何着かかけられていた。
「どうせなら、ドレスを着られて、お食事されますか?」
それを聞いて、わたしは吹き出した。
「夕飯にこんな、舞踏会みたいなドレスで行ったら……」
ハーシー、笑ってくれるかな。
ウケ狙いで、着てみてもいいかも。
それを言うと、メリッサも笑いながら、急いでドレスを着せてくれた。
着付けをしてもらいながら、わたしは思わず、気になっていたことをメリッサに打ち明けた。
「あの……護衛士館にいる、アビーをご存知ですか?」
「あぁ、アビゲイルですね。知っていますよ」
彼女は、手を動かしながら答えてくれた。
「アビーともう、話されたんですか?」
「あ、はい……でも、嫌われちゃったみたいです。同じ女同士、助け合おうって声をかけたんですけど……助けなんていらないと言われちゃいました」
「ふふ、アビーらしいですね」
メリッサは、最初はとてもクールで表情が動かなかったのに、最近はちょっと笑ってくれるようになった。
彼女の神秘的な緑の瞳を、わたしはお化粧してもらいながら見つめた。
「アビーはね、自分から望んで、護衛士館に残った女の子なんですよ。だれに強制されたわけでもなく、自分の意思で、護衛士になることを目指しているんです」
「えっ……そうなんですか」
わたしの言葉に、彼女はうなずいた。
「えぇ。わたしも母と一緒に、このお屋敷に雇ってもらった時、最初は護衛士館にいたんですよ」
「えっ、メリッサさんも!?」
「はい。小さかったので、まだお給仕は難しくて。護衛士見習いは、仕事の基礎を学んで、体力作りも行うところですから。
わたしも他の見習いの子に混じって、一緒に暮らしていました。
もしわたしに、戦闘の才能があれば……今ごろ、アビーとおなじようにしていたでしょうね」
メリッサが護衛士さんになっているところを、確かに想像できない。
線が細くて、女性らしい優雅な動き。護衛士さんたちのような、筋肉がっしりのムキムキボディになりたい感じの雰囲気でもない。
「ハーシー様は、決してわたしに訓練を強要しなかったし、母と一緒に給仕服を着て働きたいと言うと、そのとおりにしてくれました。
護衛士館にも、人が欲しいはずなのに……ここで育って、自分のやりたい道に進んだ子達がいっぱいいます」
「そうだったんだ……」
護衛士見習いの子たちが、必ず護衛士さんになるわけじゃない。
でも、血の繋がりがなくても、働けるようになるまで育ててくれる場所なんだ。
ここを守るために、ハーシーは頑張ってる……それは、本当に大変なことだろう。
喋りたくないほど、疲れてる日だったのかな……その疲れが、早く取れたらいいんだけど。
ジギス家の食堂に入ると、ハーシーはたくさんの書類を読んでいた。
私が来るまで、食べるのを待ってくれていたらしい。
「お待たせしました」
「遅い、一体なにをして……」
言いかけて、ハーシーが止まった。
彼は目を丸くして、わたしを見た。
「あの、仕立て屋さんから届いたみたいで。袖を通させてもらいました」
この短時間で、メリッサが髪もゆってくれた。まるでパーティに行くような格好になって、わたしは歯がゆい気持ちでテーブルに着いた。
「……」
ハーシーは、何も言ってはくれなかったけど、わたしは今日の疲れが吹き飛ぶくらい可愛くしてもらえて、気分が良かった。
今日も、貴族のディナーを堪能しよう。
先輩にこんな姿見せたら、なんて言うかな。
馬子にも衣装って言うかな。いや先輩なら、素直に褒めてくれそう……。
「聖女お披露目の日だが」
急にハーシーが喋り始めた。
わたしは、もぐもぐしていた口を覆って「はい」と返事をした。
「それにあわせて、舞踏会も開かれることになった。たくさんの貴族たちが、あんたを見に来る」
「そ、そうですか……」
「そのため、護衛士団が、あんたの護衛をすることになった」
「そうなんですね。ありがとうございます」
「そ、その日は……そのドレスを、着ていくといい」
「そうですね。分かりました」
わざと「そ」責めで返しいたことに、気づいたかな。返しが上手く思いつかない時の技だ。まぁ、話は弾まないけど……。
「それで……わたしたちは、お別れになるんでしょうか」
わたしの言葉に、ハーシーは手を止めた。
「……そうだ」
言葉遊びも、そこまでだった。
なぜかハーシーは、それ以上喋らず、さっさとご飯を食べて食堂を出ていってしまった。




