19.言葉
護衛士さんたちが食べ終わったあとの食器を片付けていると、ハーシーが厨房に入ってきて、「こっちへ来い」と呼ばれた。
食堂には、さっきの子供たちが集められていた。
「それで、どっちから言ったんだ」
さっきのことを、ハーシーはわたしたちに問い詰めた。子供たちは、顔を見合せた。
「この人が、全部自分でやるから、いなくていいって言いました!」
「あっち行けって!」
「そうそう、ぼくらの仕事を奪ってきた!」
口裏を合わせて結託している。子どもたちが、こんなに荒れているということは……愛情が足りてないってことなんだろうな。
こういう時は、大人が正しい方へ導いてあげないといけない。
あの日の義父のように……。
息を吸うと、頭がスっと冴え渡った。
「うん……いいよ。わたしは本当のこと分かっているけど、あなたたちがそう言うなら、わたしが罰を受けても構わない」
わたしは、毅然とした態度で、続けて言った。
「食事を抜かれようが、わたしはあなたたちを責めない。
あなたたちが、辛い思いをするなら、わたしが代わりに罰を受けてあげる」
その言葉に、子どもたちの瞳が揺れた。
「でもこの先、あなたたちが嘘をついたことを、後悔する日が来そうだと思うなら……ちゃんとここで謝ってた方がいいよ」
子どもたちは、何も言わず、静かにうつむいた。まるで誰かが「ごめんなさい」を言うのを待っているかのように、みんなお互いをうかがっている。
「……今、謝れなくてもいい。
でも、言葉は返ってくるからね。あなたたちが正直に生きないなら、誰もあなたたちに正直にはなってくれない。
それで損をしても、誰も助けてはくれない」
冷たく言い放ったあとで、わたしはまた膝を折り、子供たちの目線になって話し続けた。
「……今はね、あなたたちが将来、みんなに愛されて、幸せになっていくための練習をしているの。
仲間に引きずられて一緒に悪いことするんじゃなくて、ちゃんと自分で考えて、良いことと悪いことの判断ができるようにならなきゃ」
そう言っても、子どもたちは顔を上げなかった。
言いたいこと、伝わらなかったかな……伝わっているけど、意地になって言えないのかな。
その時、音も立てずに厨房から、デイヴィスが入ってきた。
「……おれは見たぞ。お前たちが、話も聞かずに出ていくところ」
その瞬間、1人が「ごめんなさい!」と声を上げた。すると残りの子供たちも、すかさず「ごめんなさい!」と頭を下げた。
デイヴィスの言うことをちゃんと聞くのは……彼が、しっかり子どもたちを見ている証拠だろう。顔だけじゃなくて、そういうところも義父にそっくりなんだな。
「うん……こちらこそ、生意気にズカズカ厨房に入って、ごめんなさい」
わたしも頭を下げると、1人の子供が可愛い声で「ズカズカ入ってもいいよ」と言ってくれた。
思わず吹き出して笑い、その場は和やかに収まった。
「ありがとうございました。話を合わせてくださって」
デイヴィスに頭を下げると、彼はわたしをまっすぐに見て言った。
「あなたが休んでいいと言ってくれたから、厨房の裏で、ぼうっと空を眺めてた。子どもたちが、言うことを聞くか不安だったから、聞き耳を立ててはいたんだが……いつの間にかうたた寝してしまってな。
その時、あなたが……なんて言ってたかな。子供たちが食器であそび始めた時」
「えっと……その食器は、誰に買ってもらったの?っていう話でしょうか」
「あぁ。あなたは、そのお皿が、護衛士のみんなが一生懸命働いて稼いだものだから、大事にしないといけないと言った。
それが、おれは嬉しかった」
その言葉に、わたしは照れながら「結局みんなに逃げられちゃったし、何もお役に立てませんでしたが……」と後ろ頭をかいた。
「結局、ハーシーやほかの護衛士さんたちに手伝ってもらってしまいました。貴重なお昼休みを、時間をとってしまい申し訳ありません」
ハーシーに頭を下げると、彼は短く「いや、別に……」と目を逸らした。
「……他人の罪を被るなんて、甘いこと言ってるから、舐められるのよ」
その時、ずっとハーシーの後ろにいた女の子が、口を開いた。
わたしはその言葉よりも、彼女自身に興味があって、目線を彼女に合わせた。
「はじめまして、あなたのお名前は?」
「……アビゲイル。アビーでいいわ」
「アビー。わたしはひよ。
あなたはここで、ただ1人の女の子なんでしょう?
短い間かもしれないけど……よろしくね。
女同士、助け合えたらと思って」
そう言うと、彼女はふん、と鼻を鳴らした。
「別に、助けなんていらないわ」
憎まれ口を言う彼女は、どこか雰囲気がハーシーに似ていた。冷めた瞳も、表情の動かない顔も。
育ての親に似るって……こういうことを言うんだろう。
「後片付けは、見習いたちにやらせる。ひよは、団長室に来い」
「はい……」
わたしは、ハーシーについて食堂を出た。
代わりに罰を受けるって言ったもんな……それはしょうがない。
でも、鞭で打たれたりするのは嫌だな……熱いものを押しつけられるとか、痛いことをされたらどうしよう。
わたしは、今さらハーシーが怖くなってきた。この世界では、警察なんていないだろうし……何かされても、訴えていくところなんかない。
どうしよう、先輩を探して、助けを求めようかな……もし何か怖いことをされたら、とりあえず大声を出そう。
緊張して呼吸が浅くなる。手足が震えるまま、彼に続いて団長室について入った。
「そこに座れ」
わたしは、示された椅子に座った。固唾を飲んで、彼の行動を見ていると、執務デスクの上に置かれていたお盆をとり、彼はこちらに戻ってきた。
……なんだか、いい匂いがする。
目の前のテーブルには、さきほど配膳したものと同じパンとスープが置かれた。
ハーシーも、これからお昼ご飯なんだ。お腹がぐうっと、正直に鳴ってしまった。
「……あんたの昼飯は、抜きにしようと思う」
「はい……ご迷惑をかけて、すみませんでした」
わたしがもう一度謝ると、彼は何故か、わたしの隣に椅子を持ってきて腰をかけた。
「これは、おれの昼飯だ」
「は、はい……」
戸惑うわたしにかまわず、ハーシーはパンを食べ始めた。
えっ、これは……目の前で食べているのを見せて、ヨダレを垂らして我慢させる、謎のプレイ……?
これは完全な、パワーハラスメント……そう思いながらも、わたしはハーシーがご飯を食べる、綺麗な横顔から目を離せなかった。
「……口開けてたら、間違えて入ってしまうかもな」
わたしはこの時、正常な思考ではなかったと思う。あまりにもお腹がすきすぎて……ご飯にありつけるなら、何でもいいと思ってしまった。
恥ずかしさを抱えながらも、わたしは口を開けた。
すると彼は、ちぎったパンの欠片を、わたしの口に放り込んでくれた。
パンが上手く噛めない……水分も持っていかれるし。それを察してか、ハーシーはスプーンでスープをすくうと、わたしの口まで運んでくれた。
温かいスープが喉を通り、やっと生きた心地がした。
何かがじんわりと心に染みて、ボロボロと涙が溢れだした。
「どうした……?」
「……お、美味しくて……」
「そうか。間違えて入ってしまったみたいだな」
そんなことを言いながら、ハーシーは遠慮なくわたしの口に食事を放り込んでいく。
こんな意地悪なことを言ってるけど……めちゃくちゃ甘やかされている気がしてならない。
「あの……これって、罰ですよね?」
「そうだ」
「いやあの……ご褒美でしかないんですけど……」
「変なこと言ってないで、早く間違って口を開けろ」
その間違って、って何なんだろう……言葉の使い方を間違ってるよ。
でもまるで、イケメンの介護士さんに食べさせてもらっているおばあちゃんみたいに、幸せ……。
わたしは結局、お腹いっぱいになるまで、彼に食べさせてもらってしまった。




