19.言葉
護衛士さんたちの食事の時間が終わり、片付けも終わったところで、わたしは団長室に向かった。
団長室をノックすると「入れ」と短く言われた。
「失礼します……」
おそるおそるドアを開けると、なんだかいい匂いがした。応接用のテーブルには、特盛のパンとスープが、お盆の上に置かれていた。
ハーシーは、これからお昼ご飯なんだろう。お腹がぐうっと、正直に鳴ってしまった。
「……あんたの言うとおり、昼飯は抜きにしようと思う」
「はい。迷惑かけて、すみませんでした」
わたしがもう一度謝ると、彼はソファに腰をかけた。
「これは、おれの昼飯だ」
「は、はい……」
戸惑うわたしにかまわず、ハーシーはパンを食べ始めた。
えっ、これは……目の前で食べているのを見せて、ヨダレを垂らして我慢させる、謎のプレイ……?
「ほら、もっと近くに来いよ」
ハーシーは、煽るようにわたしに言った。
おずおずと前に進むと、さらにお腹の虫が鳴いた。
これは完全な、パワーハラスメント……そう思いながらも、わたしはハーシーがご飯を食べる、綺麗な横顔から目を離せなかった。
「……隣に座って、口開けてたら、間違えて入ってしまうかもな」
わたしはこの時、正常な思考ではなかったと思う。あまりにもお腹がすきすぎて……ご飯にありつけるなら、何でもいいと思ってしまった。
恥ずかしさを抱えながらも、ハーシーの隣に座り、口を開けた。
すると彼は、大きくちぎったパンの欠片を、わたしの口に放り込んでくれた。
パンが大きすぎて、上手く噛めない……水分も持っていかれるし。それを察してか、ハーシーはスプーンでスープをすくうと、わたしの口まで運んでくれた。
うーん、これは……保育かな。いや、介護か。
おばあちゃんに食事介助をする、イケメンの介護士さんの絵だ……。
「あの……これって、罰ですよね?」
「そうだ」
「いやあの、ご褒美でしかないんですけど……幸せなおばあちゃんになった気持ちです」
「変なこと言ってないで、早く間違って口を開けろ」
その間違って、って何なんだろう……言葉の使い方を間違ってるよ。
わたしは結局、お腹いっぱいになるまで、ハーシーに食べさせてもらった。
食べ終わったあと、食器を片付けに厨房へ行った。
するとハーシーが後から入ってきて、「こっちへ来い」と呼ばれた。
わたしと、子供たち3人。ハーシーと見習いの女の子、そしてなぜか、先輩も一緒にいる。
「それで、どっちから言ったんだ」
さっきのことを、ハーシーはわたしたちに問い詰めた。子供たちは、顔を見合せた。
「この人が、全部自分でやるから、いなくていいって言いました!」
「あっち行けって!」
「そうそう、ぼくらの仕事を奪ってきた!」
口裏を合わせて、3人で結託している。子どもたちが、こんなに荒れているということは……愛情が足りてないってことなんだろうな。
この歳ならもう少し、先の予見ができてもいいはずだ。……嘘をついても、バレないはず。人を貶めれば、自分たちの思うように行く。
そんな甘い気持ちを、許しちゃいけないんだ。
大人が、正しい方へ導いてあげないといけない。
あの日の義父のように……。
息を吸うと、頭がスっと冴え渡った。
「うん、いいよ。わたしは本当のこと分かっているけど、あなたたちがそう言うなら、別にわたしが罰を受けても構わない」
わたしは、毅然とした態度で、続けて言った。
「食事を抜かれようが、わたしはあなたたちを責めない。
あなたたちが、辛い思いをするなら、わたしが代わりに受けてあげる」
その言葉に、子どもたちの瞳が揺れた。
さっき、ハーシーに食べさせてもらって、お腹いっぱいだけど……これは黙っておこう。
「でもこの先、あなたたちが嘘をついたことを後悔する日が来そうだと思うなら……ちゃんとここで謝ってた方がいいよ」
子どもたちは、何も言わず、静かにうつむいた。まるで誰かが「ごめんなさい」を言うのを待っているかのように、みんなお互いをうかがっている。
「……今、謝れなくてもいい。
でも、言葉は返ってくるからね。あなたたちが正直に生きないなら、周りもあなたたちに正直にはなってくれない。
それで損をしても、誰も助けてはくれない」
冷たく言い放ったあとで、わたしは少し声を和らげた。
「……今はね、あなたたちが将来、みんなに愛されて、幸せになっていくための練習なんだよ。
仲間に引きずられて一緒に悪いことするんじゃなくて、ちゃんと自分で考えて、善悪の判断ができるようにならなきゃ」
そう言っても、子どもたちは顔を上げなかった。
言いたいこと、伝わらなかったかな……伝わっているけど、意地になって言えないのかな。
その時、音も立てずに厨房から、デイヴィスが入ってきた。
「……おれは見たぞ。お前たちが、話も聞かずに出ていくところ」
その瞬間、1人が「ごめんなさい!」と声を上げた。すると残りのふたりも、すかさず「ごめんなさい!」と頭を下げた。
やっぱり、デイヴィスの言うことをちゃんと聞くのは……しっかり子どもたちを見ている証拠だろう。
「うん。こちらこそ、生意気にズカズカ厨房に入って、ごめんなさい」
わたしも頭を下げると、1人の子供が可愛い声で「ズカズカ入ってもいいよ」と言ってくれた。
思わず吹き出して笑い、その場は和やかに収まった。
「ありがとうございました。話を合わせてくださって」
わたしがデイヴィスに頭を下げると、彼は苦笑いした。
「いや、おれも任せた反面、心配で近くにはいたんだ……うたた寝している間に、こんなことになっていたとは。気づかなくてすまない。
あなたが、休んでいいと言ってくれたから、嬉しかった。ありがとう」
その言葉に、わたしは「何もお役に立てませんでしたが……」と後ろ頭をかいた。
「結局、ハーシーやほかの護衛士さんたちに、手伝ってもらってしまいました。貴重なお昼休みを、時間をとってしまいすみません」
ハーシーに頭を下げると、彼は短く「いや、別に……」と目を逸らした。
「……他人の罪を被るなんて、甘いこと言ってるから、舐められるのよ」
その時、ずっとハーシーの後ろにいた女の子が、口を開いた。
わたしはその言葉よりも、彼女自身に興味があって、目線を彼女に合わせた。
「はじめまして、あなたのお名前は?」
「……アビゲイル。アビーでいいわ」
「アビー。わたしはフィオ。
あなたはここで、ただ1人の女の子なんでしょう?
短い間かもしれないけど……よろしくね。
女同士、助け合えたらと思ってて」
そう言うと、彼女はふん、と鼻を鳴らした。
「別に、助けなんていらないわ」
憎まれ口を言う彼女は、どこか雰囲気がハーシーに似ていた。冷めた瞳も、表情の動かない顔も。
育ての親に似るって……こういうことを言うんだろう。
「午後からは、ちゃんと掃除しろ。
自分で言ったんだからな」
そう言って、わたしに背を向けたハーシーは、アビーを連れて、食堂から出ていった。
「おれは、好きだよ。
ひよの、相手を諭すような語り」
先輩は、そう耳打ちしてわたしにウインクしたあと、ハーシーたちについて行ってしまった。
わたしは「ありがとう」と呟きながら、なぜかほわほわと心が温かくなるのを感じた。