17.デイヴィス
ーーわたし、大悟みたいな大人になりたい。
目を輝かせて言ったわたしに、彼は悲しげな目を向けた。あの時の目が、未だに忘れられない。
「デイヴィスか。今回の長旅、ご苦労だった」
わたしは、ハーシーの声にはっと我に返った。
異世界で出会った、育ての親とそっくりな人……その人は、デイヴィスっていうんだ。
「ありがとうございます。今回は、盗賊に遭いませんでした。
どうにも最近、山奥に魔物が増えているとのことです。そのため盗賊は街におりて、今は大人しくしているようですが……」
「そうなると、街で盗みが増えるな」
「はい。魔物も増えているということで、討伐が必要になるかと」
「分かった。デイヴィスはしばらく、休暇をとれ。しっかり休んで、また次の依頼に備えてくれ」
「ありがとうございます」
デイヴィスは頭を下げた。
声までそっくり……生きている世界は違うけど、まるで同じ人を見ているようだった。
「討伐に関しては、また編成を組んで伝える。
任務がある者は、健闘を祈る」
護衛士さんたちは胸にこぶしをあて、うなずいた。
そしてキビキビとした動きで、外に出ていった。
呼び止める暇もなく、デイヴィスも部屋から出ていってしまった。
「昨日ね……」
先輩は、彼らについて行く前に、思い出したように口を開いた。
「ネックレス、探しに行ったんだ」
「えっ!?あの崖に?」
「うん。でもなかった……また探してみるよ」
わたしは、先輩の背中に「ありがとう……!」と声をかけた。彼は格好つけるように、振り向かずに右手を挙げた。
「……勝手に捨てたり、汚したりしなければ、あとは適当に片付けておいてくれ」
ハーシーはそう言って、団長室にわたしを残して、出ていってしまった。
掃除用具がどこにあるとか、そういったことは全く教えてくれない……放置だ。
昨日の優しさは、どこに行ったんだろう……なんでみんなの前だと、あんなに冷たくなるのかな。
わたしは気持ちを入れ替えようと、頬をバシバシ叩いた。
ナイーブな気持ちになっても仕方がない。
元の世界に戻れるまでは、目の前のことを、一生懸命やっていくしかない……!
わたしはまず、薄暗い部屋に光を入れようと、カーテンをあけ、窓を全部開けはなった。
空が青い。天気の良い、暖かい日差しが心地いい。
机の上に積み重なっている本は、とりあえず本棚へ。書類はまとめて、飛んでいかないように、本で重しを。
隣の仮眠室も開けて、空気を通した。
ベッドから、ずっと洗っていないであろうシーツをはがし、枕替わりのクッションを天日干ししていると、窓の外から子供たちの声がした。
「ねぇ、洗濯物って、どうしたらいい?」
走ってどこかに行こうとしていた3人の子供たちは、足をとめて、わたしを見た。
「えっと……井戸のところで洗うんだよ」
「井戸ってどこ?」
「あっちだよ。連れていこうか?」
わたしはその子の言葉に「うん、連れてって!」と目を輝かせて、シーツを窓から出した。
ここは海外みたいに、土足で屋敷の中に上がってもいいスタイルだから、靴はそのままで自分も窓から飛び出した。
子供たちは私の周りを、少し距離をとりながら歩いている。
「なんで団長の部屋にいるの?
新しい、お掃除の人?」
「うん、そんな感じ」
「ここに女の人くるの、珍しいんだよ。
女の子が1人いるけど、あとはみーんな男!」
わたしは「そうみたいね」と答えた。
井戸なんて、現実世界で見たことない。でもこの屋敷の水周りは、全てこの井戸からきているらしい。
「この井戸の水はね、近くの川から引いてきてるんだよ。飲んでも大丈夫なように、魔法で浄水されてるんだって」
「魔法で!?すごい……」
「洗い物する時は、こっちに物を取りに来るんだよ」
子供たちは気を利かせて、洗濯するための桶や、洗剤がある場所を教えてくれた。
そこは広い納屋のようなところで、奥に行くと、厨房があるようだった。
「じゃあ、ぼくたち、みんなの昼食つくないといけないから」
「えっ……みんなが作ってるの?」
わたしが目を丸くすると、3人は「うん」とうなずいた。3人が厨房に入ると、「おそーい!!」と怒る女の子の声が聞こえた。
もしかして……この屋敷で1人きりという、女の子?
わたしは話したくなって、思わず中に足を踏み入れた。
厨房の中では、子供たちが皮むきをしたり、火を起こしたりと、せっせと動き回っている。
すごい……この世界の子どもたち、生活力ありすぎる!!
わたしが子供の頃に体験した、調理実習とかクッキング教室とかとは、比べ物にならない……みんなテキパキ動いて、それぞれの役割を持って仕事をこなしている。
「あれ……あなたは……」
わたしに気づいて、1人の護衛士さんが声をかけてきた。黒髪のセンターパートで、長い襟足をひとつにまとめて結んでいる。デイヴィスだ。
「あ、あの……」
「さっき、朝礼でお会いしましたね。
たしか……」
名前を覚えていないところから、やはりこの人は、わたしの育ての親じゃない。
顔が似ているのは、きっと偶然なのだろうけど……それにしてもそっくりだ。
「ひよです。呼びにくければ、フィオでも構いません」
「では、フィオさん。こんなところで、どうしましたか」
「ハーシーの部屋を、掃除したくて……まずは洗濯をしたいのですが」
「分かりました。お教えしましょう」
すると彼は、子どもたちに「ちょっと離れるよ」と声をかけた。
子どもたちは元気に「はーい!」と返事をした。
デイヴィスが、子どもと共にいる姿に……わたしは子供の頃を思い出して、目頭が暑くなった。