13.アウルフォウル-天使の涙-
用事が終わったら、すぐに帰りたいと言っていたはずだけど……わたしたちは馬に乗り、またどこか別の場所に移動している。
ズボンじゃないから、今回は本当に、馬に乗るのが困った……スカートをまくり上げて、足をあげようとしたところを、ハーシーに「それはやめろ」と止められた。
そしていきなり、彼がかがんだかと思うと、まるでこどものように抱きかかえられた。
わたしの上半身は、ハーシーの左肩に乗せられ、そのままお尻をすとんと降ろされると、そこはもう馬の背中だった。
ぽかんとして、わたしは何も言えなかった……だけど、あとからハーシーが乗ろうとした時、わたしが横向きに座っているせいで、彼が乗る場所がなくなっていた。
すると彼は鐙に体重かけながら、わたしをお姫様抱っこで持ち上げ、自分の膝の上にわたしをおろした。
……つまり今、わたしは、ハーシーの膝の上に乗っている状態だ。
そして、正面を向いていた時よりも、ずっと体が密着している……捕まるところがないから、ハーシーの胴体に捕まらざるを得ない。
なにこれ……どうなってんの?
道行く人に、めっちゃ見られるし……恥ずかしくて、顔を上げられないんですけど。
ハーシーは、わたしがずり落ちそうになると、すかさず腰を支えてくれる。
その手が馬の振動で、するっと脇腹に滑ってきた。
「やっ……」
思わず、体がびくっと反応してしまった。最悪だ、変な声が出た……気まずい!!
「うっ……ごめんなさい!!
わたし、落馬します!!」
いたたまれなくなって、自ら後ろへ落ちようとした時、ハーシーが片手でガシッと私の体を支えた。
「馬鹿なことをするな!死にたいのか!」
わたしは、両手で顔を隠しながらうなずいた。
「はい……!!死因は恥ずかしすぎて、恥ずかし死です!!」
「……あんたほんとに、言葉選びが上手だよな」
え、ハーシーに褒められた……?
わたしは供給過多で、また思考停止した。
まぁでもあれだ。
ハーシーにとっては、何でもないことなのかもしれない。そもそもわたしが、女に見えてないのかもしれないし。たぶん童顔だから、子供扱いされているのかも。
そうだそうだ。きっと、女性扱いされているわけじゃない……わたしったら、万年部屋着ジャージ女のくせに、ちょっと綺麗な服を着せてもらっただけで何を思い上がっていたんだろう。
そんなことを考えていると、馬は町外れの山をぬけて、ある洞窟にたどり着いた。
これが鉱山……?
わたしたちは馬からおりると(また抱っこしておろしてもらった)、岩の割れ目から、その中に足を踏み入れた。
中はひんやりとして、涼しかった。
少し進んだだけで、外からの光が届かない先は、暗闇が続いている。
その中を、ハーシーは躊躇なく、足を進めていく。
「まっ、待って……!置いていかないで……!」
わたしが手を伸ばした瞬間、その手が中に引っ張られて、体をぎゅうっと抱きしめられた。
え、これは……ハーシーなの……?
ふと、耳に吐息がかかってきた。
「ハルのこと……好きなのか?」
暗闇の中、ハーシーの声だけが聞こえてくる。
……えっ、これは今、どういう状況!?
そう思った瞬間、いきなり洞窟の中が明るくなった。岩場の中から放たれる、無数の青い光が、わたしたちを包んでいる。
「えっ……!?」
わたしは、当たりを見回した。まるでイルミネーションみたい……電気もないのに、どうして光ってるんだろう?
「これは……」
「鉱石だ。これはおれの、家系能力。この国で最も貴重な、アウルフォウル‐天使の涙‐の原石を光らせる能力だ」
「家系能力……?」
ハーシーは、それ以上は説明してくれなかった。そして明るくなったことで、自分たちの姿を再確認すると、彼はパッとわたしから手を離した。
「……簡単に死ぬと、口にするな」
彼の低い声が、心地よく耳に響いた。
「向こうの世界で、たくさん、あんたを待っている人がいるんだろう」
その言葉に、わたしは苦笑いした。
「そんなに……いないかもしれません。
あ、もちろん仕事仲間には迷惑をかけるので、戻らないといけませんが……」
「それだけか?」
わたしは、ぎゅっとこぶしを握った。
「……わたしには、親も兄弟もいません。ずっと、物心ついた時から、施設で暮らしていたんです。
その時親代わりをしていた人が、とても言葉が上手な人で……さっきハーシーが褒めてくれたのは、その人のおかげなのかなと思います」
「そうか」
ハーシーはごろんと、地面に寝転んだ。せっかく、綺麗な服を着ているのに……でも彼は、あまり気にしていないようだった。
わたしも、おずおずと寝転がると、洞窟の中の光が、目いっぱいに広がった。
なんて綺麗なんだろう…この国で貴重な鉱石と言っていたから、さぞかし値段も高いんだろうか。
「ハーシー……何か武器はありませんか!?」
わたしは今すぐにでも、あの鉱石を取り出したい衝動に駆られた。
「……短剣なら、あるが」
「それ、貸してもらってもいいですか!?
あれを掘り出したら、きっと服の代金を返せますよね!?」
「だめだ。剣がもったいない。
あと、あの鉱石を取り扱っていいのは、この国唯一の公爵家、リバティの人間だけと決まっているんだ。
大事な国交の輸出品だからな。金以上の価値がある」
「金以上……!!」
わたしの声がでかすぎて、洞窟に響いてしまった。ハーシーに口を押さえられて、わたしはごめんなさい……と、もごもご喋った。
「……服の金は、返さなくていい。どうせ1週間で、あんたは王宮に移るんだ。そうしたらもっと、いいものを着せてもらえる」
その言葉は、どこかツンと胸を突くものがあった。
離れがたいからって……どうせ元の世界に戻れば、会えなくなる人だ。
執着心を持つべきじゃない。
ハーシーの手を自分の顔からどかすと、そのまま離さずに、きゅっと握った。
確かに今、ここにいるのに……元の世界に戻れば、もうこうやって話したり、触れたりできなくなるんだ……。
わたしは、ハーシーの手を握ったまま、目に焼きつけるように、鉱石の光を見つめた。
「……こんな綺麗なものを見せてくれて、本当にありがとうございます」
そう言いながら、なぜか涙がこぼれ落ちた。その涙を、ハーシーは指先ですくって、口に含んだ。
「またいつでも……見せてやるよ」
その優しい言葉に、わたしは「ありがとうございます」と笑った。
彼も、私の顔を見て、ふわっと顔をほころばせた。
それでもわたしは、予感していた。もうきっと……もう二度と、ここには来れないと。