12.エミリア
「あの、伯爵様……!」
声をかけてきたのは、そばかす顔の、赤毛の女性だった。わたしたちは立ち止まり、彼女の言葉を待った。
「わ、わわ、わたし……いつも、護衛士さんの服を仕立てさせてもらっています……エミリアと申します」
「そうですか。いつもありがとうございます」
緊張しているのか、手がブルブルと震えている。なんだろう……この人は、わたしと似た香りを感じる。
「ああああの、それで……仕立ての練習に、伯爵様に似合いそうな服を作りまして……ぜひ、着てみていただけないでしょうかっ……。
きき、気に入っていただければ、お代はいりませんので……!」
「いや、おれは……」
わたしはつい、ハーシーの言葉を肘鉄で止めた。
「こんなに勇気を振り絞って、提案してくれているのに……無下にするんですか?
ハーシーも、今日は非番ですよね?護衛士服じゃなくてもいいじゃないですか」
わたしはハーシーの背を押して「はい、行ってらっしゃい!」と、お針子さんの前に差し出した。
彼はしぶしぶ、と言った顔で、奥の部屋に入っていった。さすがハーシー、あちこちにファンがいるなぁ。
推しのことを考えながら、頑張って作った衣装……なんて健気で、尊いんだろう。
わたしは同担拒否じゃないし、むしろオタク同士で情報共有したり、仲良くしたいタイプだ。エミリアさん、友達になれないかな……。
しばらく経って、エミリアと一緒に出てきたハーシーは……白くて長いコートに、スラッとした足を際立たせる長ズボン。金の装飾が施された、白馬の王子様スタイル……あまりにも解釈一致!!
「えっ……まばゆすぎて、直視できない……!!
天界から降臨しましたか……!?」
「何を言ってる」
「分かります、まるで翼が生えているようですよね…!」
「……」
「ほほほ、若い人たちは元気ねぇ」
わたしは思わず、エミリアさんに近づいた。
「あの、お手をとっても……?」
「はっ、はい……!」
差し出された手に、わたしは頬ずりしたいくらいだったけど、それは気持ち悪いと思うので、ぎゅっと握るだけにしておいた。
「この手から、こんな素晴らしい衣装が生み出されたんですね……!!
まさに国宝です、一生大切にしてください……!!」
「あああ、ありがとうございます……!!」
エミリアは、目に涙を浮かべた。それを見て、わたしもじんときてしまい……推しの前で、オタクが咽び泣くという、カオスな状況となってしまった。
「置いていくぞ」
しびれを切らしたハーシーが、店から出ていこうとしている。
わたしも急いで、彼について行った。
「あああ、あの……あなたのお名前は!?」
「わたしですか?ひよと申します、フィオとでも呼んでください!昨日、この世界に召喚されたばかりなんです、よろしくお願いします!」
わたしは、2人に頭を下げて退店した。
「……召喚されたこと、あまり人に言いふらすな」
歩きながらハーシーに言われて、わたしは「どうしてですか?」と尋ねた。
「あんたが聖女だという噂が広まれば、拐おうとする者も現れるだろう。
聖女の魔力が、どんなものか知らないが……それを悪用されても困る」
「そうですか……分かりました。以後、気をつけます」
ハーシーは、溜息をつきながら言った。
「まぁ、はなから信用はしていない。女は、口が軽いからな。
むかしは護衛士館も、雑用の女を雇っていたが……依頼主のことを喋ってしまったり、護衛士の特徴や弱点を敵にバラされて、散々だった。
あんたもうちに来る以上は、気をつけることだ。もし護衛士団にとって、損失を与えるような情報を漏らされたら……おれは今度は、あんたの命を狙う敵になるだろう。
あんたが例え、伝説の聖女であったとしても」
だから護衛士館には、女の人がいなかったのか……と納得した。
王宮でハーシーが、わたしを外に出したがっていたのも……きっと、情報を漏らされたくないためだったんだ。
たしかに、コンプライアンスは大事だ。秘密厳守は、働いていた仕事でもそうだった。
「……助けてくださった恩を、仇で返すことはしません。
もしわたしが誘拐されても、そのまま見捨ててください。わたしは、聖女の力を悪用されたり、情報を漏らして、あなたを裏切るようなことになるなら……舌を噛んで死にます」
その時、ハーシーが足をとめた。
彼はびっくりしたような顔で、わたしを見た。
「……それは、だめだ。おれが来るまでは、生きて待っていろ」
「どうしてですか……?わたし、ハーシーにこれ以上嫌われるくらいなら、自分で死んだ方がましです」
「別に嫌ってなんか……」
彼はそう言いかけて、口をつぐんだ。
「わたし、服の代金も、必ずお返しします。
護衛士館を、ピカピカにするくらいしかできませんけど……働けと言われたら、鉱山でも働きます」
それを聞いて、ハーシーはまた、吹き出し笑いをした。
満面の笑みとまではいかなくても……これで十分、幸せかもしれない。
「それなら……鉱山に連れて行ってやる」
ハーシーの言葉に、わたしはえっ?と言葉を漏らした。