11.仕立て屋
結局、それ以降は魔法が使えなくて、先輩の傷を癒すことはできなかった。
なんでハーシーだけに使えたのかは分からないけど、とりあえず、頭の傷が塞がってよかった。
先輩は護衛士館に来てすぐ、医務室直行だ。でもハーシーのように出血はしていなかったし、打ち身は痛いだろうけど、数日で治るだろうと言われていた。
彼はしばらく、医務室で過ごすけど、わたしは違うところに連れていかれるらしい。
「元々着ていた服は、どこにやった?」
ハーシーの言葉に、わたしはしばらく考えて、記憶を辿った。
「えっと……ベッドの下に隠しました!」
「おれも団長室に寄るから、すぐとってこい」
わたしは、ハーシーと一緒に団長室に入った。昨日初めて来たのに、ここに泊まったから、なんだか懐かしい。
そういえばソファで寝たはずなのに、いつの間にか移動してたっけ……どうやって移動させたんだろう。
お姫様抱っこ? それとも魔法?
ベッドに降ろして、掛け物をかけてくれた時……ハーシーはどんな顔で、わたしのことを見ていたんだろう。
そんなことを考えながら、わたしはベッドの下にある服を引っ張り出した。
ほこりがたくさんついてる……あんまり、掃除は行き届いてないみたい。わたしはパンパンと手で払い、目に見えるほこりを落とした。
「早くしろ。おれは今日まで、非番なんだ。さっさと用事を終わらせて帰るぞ」
わたしはその言葉に「はいっ、すみません!」と応えた。そうか、ハーシーは今日お休みだったんだ……貴重なお休みが、他人の用事でつぶれるのは悲しい。
服と聖典が入る鞄をもらって、わたしはそれを肩に斜めがけにした。これから馬に乗るらしいので、そうじゃないと落としてしまいそうだからだ。
今度は馬車ではなく、また苦労して馬鞍に乗り、ハーシーと同乗しての移動だ。この世界では、移動はとにかく馬を使うらしい。
すぐ近くのコンビニでも車を使ってしまうわたしは、なんて贅沢な暮らしをしていたんだろう。
早駆けで舌を噛まないようにしながら、わたしは馬鞍の持ち手に必死に捕まった。後ろから、手綱を引くハーシーの手だけがのぞいている。
背後にぴったりとくっついている、ハーシーの体温は、ドキドキするので意識しないようにした。
30分くらい走っただろうか。森をぬけて町に出ると、馬を預かってくれる場所で降り、そこから少し歩いた。
ハーシーは、いくつも立ち並ぶ建物の中で、ひとつのお店に迷いなく入った。
「あら、ジギス伯爵様。いらっしゃいませ」
奥から、背の小さいふくよかなマダムが出てきた。ちょこちょこと歩き、背の高いハーシーを見上げるその姿が、なんとも可愛らしい。
「今日も、護衛士服のご注文ですか?」
「いや。今日は、この女性の服を作っていただきたい」
ハーシーの言葉に、わたしは目を見開いた。
「えっ!?あの……わたし、この服で充分……」
「それは、周りに護衛士であることを知らせるものだ。素人にいつまでも着せられるものじゃない」
彼の言葉に、わたしは口をつぐんだ。
「それに、1週間後……また王宮に行く。その時に、恥ずかしくない格好で」
「あら、王宮に……それはそれは、半端な生地では仕立てられませんが……」
「これで足りますか」
ハーシーは懐から小袋を出し、それを全部彼女に渡した。
彼女はその中身を確認すると「まぁ……これだけあれば、何着かは」と、目を丸くして言った。
「急ぎでお願いします」
いったいいくら渡したんだろう……店主らしき女性は、まじまじとわたしを見ながら、奥の部屋に案内してくれた。
この国の通貨も分からなければ、物の価値も分からないけれど……元の世界に帰るまでに、何とかお返ししないと。
さっそく、採寸が始まった。店主は、ヒモのようなものを使って、ありとあらゆるボディサイズを測ってくれた。
「まぁ、首が細くて長いですね。襟のある服がお似合いだわ。ドレスは、どんなタイプのものがお好みでしょう?」
壁にかけられている、たくさんのドレス。
どれも素敵だけど……いまいち着てみないと、自分に似合うのかどうか分からない。
「あの……おすすめは……」
「そうですね、こちらとか……こちらとか、着てみられますか?」
店主さんが選んでくれたそのドレスを、わたしは試着することになった。
ハーシーを待たせるのは申し訳ないけど、買ってもらっているから……後悔する買い物にはしたくない。
わたしは護衛士服を脱いで、借りたドレス用インナーをつけた。その上に、タイトなAラインドレスと、白くて袖がふわふわなドレス、どちらも試着をした。
白くてふわふわは……ちょっとウェディングドレスみたいで、恥ずかしい。
わたしはフォーマルな場に似合いそうな、タイトなドレスにしようかな……とつぶやいた。
「脱がれる前に、伯爵様に見てもらったらいかがでしょう?」
「えっ、いやでも……急いでいるみたいなので、きっと時間がないって怒られます……」
そう言うと、店主さんは「それでは、ダメ元で聞いてみますね」と行ってしまった。
いたたまれない……自分が似合っているかどうかも分からないのに、あんなイケメンに見られるなんて……。
体にメリハリもないし、しっかりおめかししているわけでもない。
早く脱ぎたい……そんなことを思っていると、部屋に店主さんが、ハーシーを連れて入ってきた。
「えっ……!!」
まさか来るとは思わず、わたしはつい、言葉を漏らした。彼はわたしを見ても、何も言ってくれない。
「いかがでしょう。一着こういうドレスも持っていれば、いざというとき安心でございますよ」
「……舞踏会に行くんじゃないんだ。そっちでいいだろう」
ハーシーは、フォーマルなAラインドレスを指さした。やっぱりそうだよね……。
「かしこまりました。それではこのタイプで、何着か仕立てさせていただきますね」
「……まぁ、銀貨が余るようなら、1着くらいあってもいいです」
「えっ、銀貨って……どれくらいの価値なんですか?わたし、この国で何日働いたらもらえますか?」
わたしの質問に、店主は目を丸くした。
「えっと、そうですね……平民だと、1週間分くらいでしょうか」
「それが、何枚入ってたんですか?ジャラジャラいってましたけど……」
「無駄話するな。さっさと着替えて出てこい」
えっ……わたしにとっては、必要な話なんですけど!?
そう言いたかったけど、ハーシーは話も聞かずに、部屋から出ていってしまった。
「……袋に入ってたのは、50枚くらいです。護衛士さんのお給料が、どれくらいか分かりませんが……3ヶ月分はあるのではないでしょうか」
「さ、3ヶ月分…!?」
そんな……給料3ヶ月分て、婚約指輪じゃん!!
どどど、どうしよう……お返ししなきゃ……でもハーシーは、すぐにわたしが返せないことを分かっているはずだ。
えっ、わたし……プロポーズされてる?(錯乱)
あの有名な物語みたいに、ツバメが金や宝石を運んできてくれないかな……!
そんなことをぐるぐる考えているうちに、あれよあれよと話が進んでいく。
普段着も何着か作ってもらえることになり、仕立てた服は、ジギス伯爵家に届けてもらえるらしい。
わたしはとりあえず、試着してぴったりだった、Aラインドレスを着て帰ることになった。
道行く平民の女性と比べると、どこかのお嬢様みたい……しかも、イケメンの護衛つき。こんないい思いをさせてもらって、本当にいいんだろうか。
わたしたちが退店しようとした時、お店の裏から、若い女の人が急いで出てきた。
メダルゲームしてたら、50枚ってすぐなくなりますよね。