10.決闘
先輩が木刀を持った瞬間、雰囲気が変わった。
高校の時は、女子が多いからという理由でソフトテニス部に入り、チャラチャラしているイメージだったのに……本当に剣道をやっていたらしい。
ここが異世界ということを忘れそうなほど、その構えだけで、日本の武を感じた。
周りの護衛士さんたちも、目の色が変わっていた。
「それでは、三本勝負。相手の体のどこかに、先に木刀を当てた人が勝ちです。枠の外に出てしまうと負けです。準備はいいですか?」
なんでわたし、審判やってるんだろう。剣道なんてやったことないし、たぶん一本入ったかどうかも見れないのに。
それでも先輩が「派手にやるから!大丈夫、素人でも見えるって!」と言うので、しぶしぶ間に立っている。
真っ直ぐ木刀を持ち、相手と向き合う先輩とかわって、ハーシーは普通に立っている。片手で木刀を持ち、まったく構える様子もない。
「えっと……準備はいい?」
「あぁ。さっさと始めろ」
イラついているようなハーシーの声に急かされて、わたしは「はじめ!」と手を上げた。
その瞬間、体を下からすくい上げるように先輩が動いたかと思うと、あっという間に面に入った。
護衛士さんたちが、驚きの声を上げた。
先手必勝……という言葉が似合うくらい、それはとてつもなく早い剣技だった。
「せ、先輩に一本!」
脳天を打たれ、ハーシーは頭から出血した。わたしが「待って……怪我してる!」と試合を止めようとしたが、彼は「構うな!」と怒鳴ってきた。
「……なるほどな。キャンキャン鳴くだけの駄犬ではなかったようだ」
目に垂れそうな血を、手で拭ったハーシーは、手についた血を払うように木刀を振った。
「次、はやくしろ」
ハーシーの、先輩を見る目が好戦的だ。
うすら笑みも浮かべている……この状況を楽しんでいるのか、今度は片手で、ちゃんと構えをした。
「はじめ!」
わたしの掛け声で、二人は一斉に動いた。
先輩が小刻みに、ハーシーの木刀を打つ。それを受けながら、ハーシーはじりじりと先輩を木刀で押していく。
次の瞬間、ハーシーは先輩の木刀を捉えた。逃げる力を抑え、押し合いに発展した。
「ハーシーが押し勝つか!?」
「ここで負けたら護衛士の恥だぞ!!」
白熱した護衛士さんたちは、枠の外から野次を飛ばした。
これで一本とれたら、先輩の勝ち。ハーシーは負けとなる。
わたしは密かに、心の中でハーシーを応援した。祈るように手を握った瞬間、近くにいた護衛士さんが「おうおう、フィオちゃんもセンパイのこと応援してるってよ!」と煽ってしまった。
するとハーシーが、押し合いながらわたしを睨むように見てきた。
えっ、違うのに……いや、誤解されても仕方ない。自分の気持ちを、ちゃんと口に出さないわたしが悪い。
「……ハーシー、がんばって!!」
そう言った瞬間、先輩が急に力を抜いた。
力が逃げるまま押し込もうとしたハーシーに、先輩は「かかったな」と口元を緩めた。
彼はするりとハーシーの木刀をかわし、がら空きになっている胴体に打ち込もうとした。
その瞬間……ハーシーの体が消えた。
「なにっ!?」
彼は前傾姿勢から、足を後ろに振り上げて飛び上がり、宙返りをして、先輩の背後に立った。そして後ろから、地面と平行に木刀を振って先輩の背中に当てた。
「……は、ハーシーに一本!」
凄まじい身のこなし……常人とは思えない。
あの、崖から飛び降りて助けてくれたハーシーの実力は、本物だったんだ。
これで1対1……次で勝敗が決まる。
けれど先輩は、背中を思いっきり打たれた痛みで、起き上がれないようだった。
「だ……大丈夫!?」
わたしが声をかけても、先輩は反応してくれない。木刀を握る手が、ぶるぶると震えていた。
すると、ハーシーが口を開いた。
「……引き分けにしよう」
わたしは思わず「えっ?」と声を漏らした。明らかに、もう立てない先輩は負けているのに……どうして引き分けにするんだろう?
「あぁ……いいぜ。命拾いしたな」
先輩は強がって、あんなこと言っちゃってるけど……正直「助かったー!」って、心の中で思ってるでしょ。
ハーシーも頭から出血しているし、もしかしたら戦うどころではないのかもしれない。
お互いの健闘を称えて、二人は手を握りあった。
「すごい剣技だった。お前、護衛士になれよ」
「あんただって……すごい身のこなしだった」
あれま、褒め合ってる……やっぱりこの二人、仲良くなれるじゃん。
「とりあえず、ひよの護衛は二人で続行ってことで!」
……いやあの、そもそも護衛してって、誰もお願いしてないんですけど……一体何からわたしを守るんですか……?
そう思ったけど、なんかいい雰囲気だから言いづらい。
わたしはそれよりも、ハーシーの頭の怪我のほうが気になった。
「ハーシー、頭切れてるんじゃ……見せてください」
そう言っても、ハーシーはもちろん屈んではくれない。「別に平気だ」と言って、強がっている。
「もう、推しが怪我したら、ファンは発狂するんですよ!傷くらい見せてください!」
わたしがハーシーの頭に手を伸ばした瞬間、王様にもらって持っていた聖典が、突然光り始めた。
するとわたしの手から風のようなものがでて、ハーシーの体を通り過ぎて行った。
え……何これ。
するとハーシーは、出血していた頭を押さえた。だけどもう、手に血はついていない。
「……痛みが、なくなった……?」
なぜだか分からないけど……ハーシーの傷を、わたしが治してしまったらしい。本当に、何が起こったのか分からないけど。
「ひよ……おれの背中も、治してくれないか」
そう言って、真面目な顔をしてお願いしてきた先輩が、どうにも小物に見えて……わたしはこの状況に驚く前に、吹き出して笑ってしまった。
「おい、何ツボってんだよ!?
早く治してくれよ!!こっちはめちゃくちゃ痛いんだよ!!」
「ごめんなさっ……ちょっと待って……」
あれ、わたし箸が転げてもおかしい年頃なのかな(もう25のアラサーだけど)。先輩の顔を見るたびに、笑いが込み上げてくる。
あぁわたし、高校生時代もこうやって、先輩の顔を見るたびに笑ってたな……だから仲良くなったんだっけ。
わたしは「早く!!」と急かしてくる先輩に、いっそう笑いが込み上げて、しばらく止まらなかった。