[2]-合格発表-
「お母さんまだー?」
ちらちらと降る雪の中、ある少女が嬉しそうにそう声をあげる。整った容姿、胸のあたりまで伸ばし丁寧に巻かれた髪、3年間使った思い入れのある制服。そう元魔王、乙葉 香蓮である。
今日は高校入試の合格発表の日。自分の意思で人生を大きく左右する、1番最初の転換口である。
受けた高校は、風花高等魔法学校。この高校は世界で5本の指にはいる難関魔法高校である。
この学校は魔法学校ということもあり、必修6科目の中で1番「魔法・魔術」の項目の配点が大きい。他はそれぞれ100点ずつの配点なのに対し、魔法・魔術は「知識」、「魔力量」、「魔法コントロール」の項目を設けられていて、それぞれ100点ずつ、つまり魔法・魔術の項目だけで最大300点を取れるようになっている。
元魔王、魔法を極めた王がその条件で落ちるはずもないだろう。だからこそ今はあまり緊張してない。
移動はこの鮮やかな鉄の塊...もとい、車でする。普通の登校ならば浮遊魔法でも十分だが、車がいいと私が言った。母とゆっくり話をしてたいと思ったからだ。母は運転席、私は助手席に乗る。エンジンがかかる。とは言っても魔法で稼働しているから特段音がある訳では無いけど...
「それじゃあ、出発!」
母が気合いの入った声を上げる。緊張してるのかな?
「しゅぱ〜つ!」
「あんた、緊張とかないの..?」
私の気の抜けた柔らかい声に母が呆れた声でツッコミを入れる。
「へへへ........そういえば、お父さんは来ないんだね。」
「お父さんさんは、さすがに疲れてるでしょ。」
私の父は、警察官。特別魔法一課で仕事をしている。昨日は夜勤であったらしく、帰ってきたのもおそらく私たちが起きる1時間前とかだろう。
「それもそっか〜。...お父さんにも来て欲しかったなー」
「......................」
「華々しい私の合格の瞬間を間近で見に!」
「余裕か!」
母が素早く私の後頭部を叩いて、ツッコミを入れる。
「いたーーー!ひどーい」
これが私の家族。乙葉家の日常である。
そうやって無駄話をしているうちに、見たことある道につく。よく覚えてる。ここは、入試の時に通った道だ。経験的に学校が近づいてくるのが分かる。ここまで来ると、さすがに緊張してくる...元魔王だとは考えられない...転生してから15年もたったんだし、今更かもしれないな... 無意識に手に力を入れる。怖いのか、はたまた力を入れすぎているのか、握った拳が小刻みに揺れている。
「...................」
さっきまであれだけ元気だったのに急に黙ったから、母も何かを察したのか声をかける。
「あんたなら大丈夫よ。なんてったって私の自慢の娘なんだから。」
思わず母の方を向く。母は、笑顔で頷いた。ただそれだけ。いつもの口癖と、ちょっとした笑顔。それだけで、だいぶ救われた気がした。
「...やっぱお母さんにはかなわないねー」
「誰の母だとおもってるのよー。」
「さすが、私の自慢の母だね!!」
「上手いこと言っちゃってー」
さっきまでの緊張が嘘であるかのように和らいでいった。やっぱり母は偉大だ。私の恐怖を一瞬で払い除けてしまったのだ。母には誰も勝てないだろうね、精神力でも、そして魔法でも...
1度だけ、母と戦ったことがある。受験勉強の一環で1度手合わせをした。
「いいの?ほんとに手合わせなんて」
小さい時にみた、壁にかけてあった大きな杖を抱えて母は言う。
「うん。受験勉強みたいなものだからね。本気でやってね」
「本気..ねぇ」
母は少し迷ったあと、言葉を放つ。
「後悔しないようにね。」
突如、ものすごい殺気が母から放たれる。凄いな、自らの娘に対しこれ程までの殺気が出せるなんて...ちょっと悲しくなる。でも私は元魔王だ。このぐらいの殺気は毎日のように浴びてきた。これくらいで怯みはしない。
でも、だからこそ分かる。今の私は、母には勝てない。魔法は日々進化している。私の魔法は、全体的に古い。そりゃそうだ。いきなり中世から現代に来たようなものなのだから。...ひょっとしたらそれだけでは無い何かが...
「準備は出来た?」
考えているうちにそういった声がした。準備なんてできていない。できるわけがない。こんな強大な力を前に心を保てる人の方が少ない。でも私は言葉をかける。
「もちろん! ...勝つよ!」
...戦いの結果は...言うまでもないだろう。はてさてどこからそんな力が出ているのか分からない。
最初の方は、確かに手を抜いていた。だけど要らないと思って、すぐに本気を出してやったつもりだ。なのに負けた。元魔王の私が.... ...ほんとに人間なのか?私の世界の常識が通用しないだけの可能性もあるから、今は考えないでおくか....
「あら?勝つんじゃなかったの〜?」
母に煽られる。実に大人気ない。
「酷い!酷いよ!実の娘をボコボコにするなんて!!」
「本気を出せって言ったのはそっちよ〜?」
む〜何も言えない。心の底から悔しい。こんな感情人生で2回目だ。
「でもなんでこんな強いの?さすがにこんな力ありえない...」
「さぁ、なんでだろうね?」
含みのある言葉で私の質問を濁した。ほんとになんなのだろうか...魔法を使い込んでる感じから、魔法を使う職業、または部署なのは分かる。だからといって魔法使いには無限の選択肢がある。...どうなんだろうな............
「.........れん........かれん!」
呼びかけられてようやく起きる。どうやら寝てたらしい。
「ほんとあんたは余裕ね〜。羨ましいわ〜」
自分でも驚きである。さっきまであれだけ不安に駆られていたというのに...
「もう着いたわよ」
もう着いたのか、どうやら私はかなりの時間寝ていたようだ。母が車のドアを開けて外に出る。重たい瞼を擦りながら私も続く。外を見てみると、とても大きい校舎。それはなぜだか見覚えのあると思わせるような中世の建物を彷彿とさせるレンガ造りになっている。見るのは2回目だが、慣れるわけもなく、その気迫に圧倒されている自分がいる。
「ほら、いくよ」
あぁ、そうだった。今日は結果を見に行くのだった。こんな重要なことでも忘れさせてくるほど、その建物は壮観で優美である。そんなことを考えながら、私は母の後ろをついて行く。
やがて、合格者の受験番号が書かれているボードにたどり着く。名簿に自分の数字があるかないか、このひとつの事実だけで自分の将来が決まると考えると、とても恐ろしく思えた。私の番号は、1875。1000番台から数字を見ていく。1203、1274、1351、1601、あまりにも数字が飛び飛びで少し驚いた。それだけこの学校が魅力的なのだろう。などと考えながら自分の番号が差し迫っているのに緊張感を覚える。もう...すぐだ。1723、18..22 ふぅ、ほんとに緊張する。おそらく次だ。18...7.......5!! ...つまり
「合格?..合格だよ!!お母さん!!」
お母さんに抱きつく。本当に嬉しい。今までの勉強の苦労が全て吹っ飛んでいくかのようだ。
「おめでとう香蓮!さすが私の娘ね!」
私を抱きしめ返して、母はそういう。不安が180度ひっくり返ったことでこんな喜んでいるかもしれないが、それ以上に私の憧れだった青春ができるのだ。はしゃがずにはいられない。
「よ〜し!!今日は、お祝いよ〜〜!!」
と、母が言う。...私よりもはしゃいでないか?まぁ、いいか。それほど合格できたということは嬉しいものなのだろう。などと思いながら帰路についていると
「すみませ〜ん」
後ろから声がした。気配に気づけなかった。いや別に気づく必要は無いのだが...でもなんだろう、私に用があるのかな。
「どうかされましたか?」
母が先に声をかける。少し声がピリついていた。母も、この人の異常さに気がついたのだろうか。
「そんな警戒せんでもええんよぉ〜。ただ、ハンカチ落としとったで拾ぉただけやから〜」
柔らかくも独特な口調でその人は私のハンカチを取ってくれた。これが、関西弁と言うやつだろうか。
「ありがと....」
そう困惑していると、その女の人は声をかける。
「さっきまで上機嫌やったけどもしかしてこの高校、合格したん?」
と言いながら、女の人はレンガ造りの校舎を指さす。
「そうですが、」
そう戸惑いながら口にすると、女の人の顔が一気に明るくなる。
「そうなんや!うちもここ合格したんよ〜!同じ学校の1年生同士、仲良くしよや〜」
そう言って、未だにそのペースに合わせられていない私にその女は言う
「うちの名前は、柊楓。“かえで”で十分よ〜。あんたん名前は?」
ようやくそのペースに追いついて、ワクワクした様子で言葉を紡ぐ。
「私の名前は、乙葉 香蓮。」
「ほな、かれんちゃんやな!」
「うん!それでいいよ、かえでっ!」
「急に元気になるやん」
「別になんだっていいでしょー」




