[17]-妖刀-
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パチンッ
「お前はいつになったらできるようになるんだ!」
私の家は名門家。その中で私はいわゆる"落ちこぼれ"だった。
「刀はまともに振れない、家事もちっとも覚えない、お前は何ができるんだ!」
「ま......まほうが..すこし......」
ドゴンッ 木刀で殴りつける音が鈍く響く。
「魔法など魔女からの贈り物だということがまだわからんのか!!」
ボコボコと6,7歳ほどの幼い私の体を殴っていく父。青あざに青あざを重ね、"稽古"の傷はますます広がりをみせる。
「ごめんなさい!ごめんなさい.ごめんなさい...ごめ..な.さ........」
涙がポロポロと零れる。ここは文字どうりの実力主義。弱い私がとやかく言うことは許される訳もなく、こうやって耐えるしかなかった。
「もういい!さっさと洗濯物を干してこい」
ドスドスと大股で去っていく父。
「..................はい」
こんな生活いつまで続くんだろう.....もう.......いっそ.................
「おい面汚し、稽古してやるよ」
後ろから声がする。
「お兄様...でも私、仕事が......」
そう断ろうとすると兄は顔をぐんと近づけてきて
「うるせぇ黙って付き合え」
そう静かに誘ってきた
程なくして、辺りに体を鈍器で殴りつけるような鈍い音が複数回響いた。
「ほんとにお前は弱いなー。非力だし、すぐ泣きわめくしよ〜。俺がその根性叩き直してやろうか!」
そう言って兄は私の腹部に強烈な蹴りを入れる。体が一瞬宙に浮き、家の壁に激突する。その痛みに悶絶し、うずくまる。痛い、痛い、いたい。ゆっくりと近づいて来る足音。逃げたいけど体が言うとこを聞かない。稽古を終わらせなきゃ...死んじゃう!嫌だ。まだ....
その時、何かキラリと輝くものが目の前を通り過ぎる
「.........ちょう..ちょ?」
1匹の幻想的な青い蝶がひらひらと舞い、兄の後ろで留まる。それはまるでこっちに手招きをしているかのようであった。
縋る思いで手を伸ばし魔力を込める。すると視界が歪み、収まる頃には兄の背後に立っていた。何が起こったのか分からない。分からないけど、これで倒せる
絆創膏を幾重にも重ねた手で木刀を握り、痛みで歪んだ顔で兄を見つめ、痣や切り傷で肌の色さえ分からなくなった足で踏み込み、敵を切る。
しかし先程までの鈍い音はなく、弱々しいポカンという効果音で済みそうなほどの攻撃。たがそれだけで兄は激高する。
「貴様!何を使った!」
怒りに任せた攻撃が私の全身を襲う。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
何度謝っても攻撃は止まらない。
「白刃家の恥が!そんな魔法をして何が楽しい!なぁ!」
これは....しぬ......ちょうちょ..さん....助け...
ひらひらとどこかへ飛んでいく蝶。もうどこでもいい逃げれればそれで.....
魔力を込めると再び視界が歪む。長い暗転の末、たどり着いたのは真っ暗な部屋。
「ここ......は.......?」
真ん中には妙に輝く一振の5尺刀。刀身は真っ白で、ほのかに発光している。その魅力に圧倒され、もう上手く動かない足を引きずり引きずりその刀に近づく。
「き....れい...........」
刀の周りを蝶が2、3匹ひらひらと刀に触れろと言わんばかりに飛び回る。その言葉に誘われるがまま刀に触れる。すると
「なに....これ?」
この刀を振る人々の姿が頭に流れ込んでくる。
「す...ごい.....わたしも.....できる..........かな?」
少女は見よう見まねで振るだけであっという間に歴戦の剣士と方を並べるほどまでに急成長していった。
「これで....わたしも........っ!?」
『"やつ"を殺せ』
急に頭に声が響く。
『殺せ』『殺せ』『"やつ"を殺せ』『殺せ』『"やつ"を殺せ』『"やつ"を殺せ』『"やつ"を殺せ』『王を殺せ』『人族を殺せ』『殺せ』
「うる.........さい...........」
耳を塞ぐ。しかしまだ声は聞こえる
『"やつ"を殺せ』『"やつ"を殺せ』『"やつ"を殺せ』『"やつ"を殺せ』『"やつ"を殺せ』『"やつ"を殺せ』『"やつ"を殺せ』『"やつ"を殺せ』『"やつ"を殺せ』
「もう..........いい.........」
抵抗する気力も失い、剣の指し示す方へ進む。足はおぼつかなく、視界は髪が被って見えない。身の丈に合わない刀を引きずって外に出る。
「おぉ〜やっと見つけた。さっきはどこへ....」
へらへらとした兄の顔は手に握るものを見た途端に驚きと動揺を示す。
「なんで...お前が.........。お前なんだよー!!!」
なにか..叫んでる......
『殺せ』『殺せ』『殺せ』
分かった....あれは敵なんだね.......?
重傷を負っている人とは思えないほどのパワーで刀を振り抜く。兄の腕は吹き飛び、辺りには真っ赤に光る何かがキラキラと飛び散る。目の前の"敵"は痛みと恐怖で叫ぶ。しかし彼女はその雑音に目もくれず、飛び散る血にぼそっと
「.......きれい」
そう口にした。そのふとした言葉で兄は青ざめ
「ま、まて!分かった。謝るから。今までのこと全部!謝るから!ゆる...許してくれ....殺さないでくれ...」
震える声でそう懇願する。しかし、その言葉は少女に届くことはない。彼女が聞こえるのは『殺せ』という司令だけ。故にその刀を肩に担ぐようにして構える。
「やめろ!やめてくれー!いやだー!しにたくない!」
這いつくばるように惨めに逃走を試みるが、腰が抜けて上手く動けない。そこに真っ白な斬撃が飛んでくる。
ザシュッ
体は縦にふたつに引き裂かれ、顔にほんのり温かい"赤"がひっつく。それに反比例するように刀は不気味なほどに白く輝く。
「なんの騒ぎだ?」
父が兄の叫びを聞いて飛んでくる。私の手にある刀を見て全てを察したのか
「兵を集めろ!今すぐにだ!!やつを取り囲め!」
そういうとぞろぞろと私の周りに集まってくる衛兵共。
「やつの手から刀を引き離せ!生死は問わん!」
その命令を聞いて一斉に少女に飛び込んで来る衛兵達。それに彼女は無気力ながらも優美に回転斬りを披露する。その舞で空中の兵の胴は分断され、鮮血色のシャワーが降り注ぐ。"演出効果"も相まって、その舞は見たものの目にはとても美しいものに写っただろう。
「な...まさかここまでとは.....よかろう。私が相手をしてやる」
父が前に歩み出て、腰の刀を鞘から抜く。
「なぜお前がその刀を見つけ、"剣主"として認められたのか甚だ疑問ではあるが、今はいい。手加減などせん。」
薄灰色の剣を握り走り込む。速度を加えた剣撃。それはもう見事なもので、迷いも隙も一切ない。しかし、それは"純白"の輝きの前には無力であった。攻撃は全て防がれ、弾かれ、本体に切り込む。高価な鎧も、骨も、肉も、まるでバターのように切り裂く。左脚が離れ、腹筋が裂け、刀を持つ手が宙に舞う。以前ボロ雑巾にしていた者が、美しい白装束として白菊を手向けてくる。
「なぜお前なのだ...こんなにも努力したのになぜ......」
そう言い残して彼は彼岸を渡りきる。血の混じった風が吹き抜ける。『殺せ』という言葉は依然として無くならない。
「どうしたの!?........っ!?」
母が慌てて出てきて、この惨状を見て絶句する。
「........刀花ちゃん......私の...せいよね.....。」
ゆっくりと歩み寄ってくる母。
「ごめんね...守れなくて.....ごめんね....そばにいられなくて........」
ザクッ....
真っ白な刀身が母の腹部を貫く。それでも言葉を紡ぎ続ける母。
「ごめんね.....育ててあげられなくて.......」
腹を貫通させた状態でも歩みを進め、わたしを抱擁する。
「ごめんね....こんなところに産んでしまって....」
横腹を引き裂かれ、鉄の味が喉を逆流する。足に上手く力が入らずその場にへたり込む。痛みに苦しみながらも必死に言葉を紡ぐ。
「ごめんね....ごめんね...ごめ..んね......」
その言葉も弱々しくなり、やがて完全に消えた。最後の慈愛が届いたのかふと我に返る少女。
「あれ....これ..なに?.....お母さん?...これなに?ねぇねぇ.....起きて。お母さん?起きて。起きてよ」
無気力に無邪気に聞き続ける。しかし、その言葉は血の海の真ん中でぽつんと響くだけだった
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その刀を今私は解放する。どうなるかは私にも分からない。だけどここなら大丈夫。死んでも生き返る特殊な空間。それにあの子ならこれを受け止めてくれる。そんな感覚があった。私の過去を。この刀を....。だから覚悟を決める。
「妖刀...『心滅』........」
一呼吸置いてから
「ここに.......あり」




