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キミの隣

 久遠の森にも強い日差しが照りつけるようになってきた。野菜や果物は美味しく実るけれど、身体に堪える暑さ。いや、本土の街なかに比べたら、森はずいぶん涼しいはずなんだけれど。

「リカちゃん、おはよ」

 畑の柵の外から、キイ君が声をかけてきた。いつもならお昼ごろ姿を現すのに。

「おはよう、キイ君。今日は早いね」

「あっつくて寝てらんないよ」

 キイ君はそう言いながら、右手でぱたぱたと顔を扇いだ。

「ふふ、少し待ってて。ここの収穫が終わったら美味しいジュース作ってあげるから」

「やった。手伝うよ」

「ありがとう」



 収穫はかなり早く終わった。キイ君は時々畑仕事を手伝ってくれて、最初はぎこちなかったけれど、最近では色々覚えて、作業が早くなった。

 ランジェを絞ったジュースに少しだけリモネをたらして、リフラの葉を浮かべてキイ君に差し出すと、キイ君は「いただきます」と受け取って、たちまちごくごくと飲み干してしまった。

「美味しい!」

「おかわり、いる?」

「お願いします!」

 キイ君に2杯目を手渡し、僕も飲みながら昼食の支度を始める。2杯目もすぐに飲み干して、キイ君が言った。

「今日さ、お昼食べたら図書館に行こうと思ってるんだ。調べ物したくて」

「図書館……。少し遠いよ。ここからだと半日かかる」

「大丈夫、飛んで行くから」

「飛んで?」

「リカちゃんも行く?」




 図書館は久遠の森の中心部にある。

 僕の家から歩いて半日かかるところを、キイ君が魔法で連れて行ってくれて、瞬きを二回する間に着いてしまった。

 大きな石造りの建物の中には、魔法がかけられていて、外から見たイメージよりもずっと広くなっている。奥に行くほど、古くて貴重な資料が眠っている。

 蔵書が傷まないよう、館内は少し低めの温度に保たれている。暑い日に来るにはうってつけの場所だ。

「よう、キイ、リカ。暇そうだな」

 司書のマテオさんが、眠たそうな顔を上げてそう言った。

「こんにちは、マテオさん」

「涼みに来たよ。ついでに調べ物をね」

「ああ、ゆっくりしてけよ。デートには渋すぎる場所だがな」

 マテオさんはにやりと笑って、耳をぴくぴくと上下に動かした。

「俺、専門書のとこにいるから、また後でね」

「わかった。また後で」

 僕は家庭菜園やお裁縫、お料理、整理整頓に関する本などをちらちらと立ち読みし、外国の文学のコーナーをざっと眺めて、最後に子供向けの絵本のコーナーに腰掛けて、子どもの頃に読んだ絵本を読み返した。何度読んでも好き以外の感情が湧かない絵本を一冊、借りて帰ろうと思って小脇に抱え、僕はキイ君を探した。専門書のコーナーって言ってた、何の専門書だろう。魔法かな?

 だけど魔法の専門書のコーナーにキイ君はいなかった。もっと奥かな。書棚の間を歩きながら目を凝らす。いた。ずっと奥の方に、ピンクの頭が見えた。

 そっと近づいて、書棚の影からしばらく見守っていると、キイ君は何か古くて分厚い本を開いて、少し険しい表情をしていた。きっとお仕事に必要なことを調べているんだろう、僕の前ではしない顔で……、僕は、呑気にも、「かっこいいな」と思ってしまった。

「リカちゃん?」

 キイ君が僕に気づいて、顔を上げ、本を閉じた。背表紙に書かれた文字は僕には読めなかったけれど、本に施された装飾は赤と黒の少し不気味な紋様で、以前キイ君の耳の裏で見つけた『呪い紋』に似ていると気づいてしまった。キイ君、呪いの専門書を読んでいたの……?

「調べ物、終わった?」

 恐る恐る問いかけると、キイ君はゆっくりと首を振った。

「終わってないけど、今日はもういいや。帰ろう」

 キイ君の声は僅かにかすれていた。僕たちは足早に図書館をあとにした。




 帰りもキイ君の魔法で家まで飛んでもらった。まだ外は明るい。僕たちは玄関脇のベンチに腰掛けた。

「リカちゃん、何借りたの? 絵本?」

 優しい声でキイ君が問いかける。僕は少し後ろめたくなりながら、「そうだよ」と答えた。

「子どもの頃大好きだった本。魔法でうさぎになっちゃったエルフの話」

「ええ? なんだか可愛いな」

「そうなの、可愛いの」

 僕は絵本をキイ君に見せた。

「うさぎの姿で色んな世界を旅するうちに、主人公はエルフだった頃のことを忘れてしまうの。でも、最後に昔好きだった人に再会して、全部思い出すんだ。魔法も解けて、元のエルフに戻って、好きな人と結婚するの」

「素敵な話だ」

「そうなんだよ」

 キイ君は笑顔だったけれど、何故か少し寂しそうだった。そうか、キイ君は子どもの頃、絵本なんて読めなかったんだ。

「キイ君」

 僕はなんだかたまらなくなって、キイ君を抱きしめた。キイ君は一瞬身体をこわばらせたけれど、僕が頭をくしゃくしゃ撫でてあげると、肩の力を抜いて、もたれかかってきた。

「リカちゃん……」

 そのキイ君の重みを、僕はとても愛おしく感じた。

「キイ君、大丈夫だよ。僕はここにいるから。キミの隣にいるから……」

「リカちゃん」

「何も聞くなって言うなら聞かないよ。黙ってただここで待ってる。でも、無理はしないでね。キミは僕の……大切な人なんだから」

「……うん、リカちゃん。ありがとう」

 絞り出すように、キイ君はそう言った。




「心の奥の奥に、子どもの俺がいるんだ」

 長い沈黙の後、キイ君はぽつりと言った。

「ずっと泣いてる。どうして泣いてるんだろう。わからない。俺は正しい選択をしてきたはずなのに」

 僕は再びキイ君の頭を撫でた。

「僕の前では子どもに戻ってもいいよ。いい子いい子してあげる」

 冗談ぽく言うと、キイ君はふふっと笑って、少し俯いて、耳まで真っ赤にして、言った。

「もっかい、抱きしめてくれる?」

「いいよ」

 僕はキイ君を抱きしめて、たくさんたくさん撫でてあげた。

 夕陽が僕たちを包み込むまで、僕はずっとキイ君を離さなかった。





【つづく?】



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