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花唱風談

 挑むような気持ちで、僕はキイ君の小屋の前に立っていた。

『二、三日留守にします』と書かれた貼り紙。だけどこの紙が貼られてから、既に六日は経っていた。その間、魔伝盤に連絡はひとつも入らなかったので、僕は機嫌が悪かった。

「キイ君、帰ってる?」

 小屋の扉をノックする。返事はない。

「僕だよ、リカだよ。キイ君」

 いくら呼びかけても、返事はない。

 僕はため息をついた。今日も帰ってこないのかな。どうして僕はこんなに必死になっているんだろう。

 自分から魔伝盤で連絡をとればいいのかもしれないけれど、いつお仕事しているのかわからないし、邪魔にはなりたくない。

 僕は扉から離れて、家に向かって歩き出した。しばらく歩いてからそっと振り返る。

「……あれっ?」

 扉が少し開いている。そして、扉に隠れるようにしてこちらを見ている子どものような人影。

「えっ? ……誰?」

「あっ」

 人影は声を上げて、慌てたように、勢いよく扉を閉めた。

「待って!」

 僕は走って小屋に戻り、扉を叩いた。

「キミは誰? どうしてここにいるの? ねえ、ここ開けてくれないかな」

「……わかった」

 中から子どもの声がして、扉が開いた。出てきたのは、ピンク色の髪の男の子。頭から毛布を被って床に引きずっている。

「えっ?」

 瞳の色は群青色で、背の高さは僕の腰ぐらい。ばつが悪そうにこちらを見上げて、「リカちゃん」と僕の名前を呼んだ。どこの子だろう、ここ何十年も、この森で子どもが生まれたという話は聞いていない。

「……キミは誰?」

 身を乗り出すと、彼はその分後ずさった。

「信じられないだろうけど、……キイ、だよ」

 ふてくされたような口調で彼はそう言った。

「えっ? ええっ?」

「昨日の夜中に帰ってきて……寝て起きたらこうなってた」

「ど、どうして?」

「わからない。呪いの類かもしれない。何があるかわからないから、あまりそばに来ないで」

「えっ」

「今日はもうここに来ないで。いいね?」

 真剣な顔でそう言うと、扉を閉めようとした。僕は思わずそれを押さえた。

「待って、一回だけでいいから抱っこさせて」



 小さくて可愛いキイ君を抱っこすることは叶わず、僕はとぼとぼと家に帰ってきた。もうお昼の準備をしないといけない時間だ。

 作業に身が入らない。簡単なものを作っておじいちゃんと二人で食べた。

「今日もキイ君来ないね」

 おじいちゃんが寂しそうに言うので、僕はどう答えるか迷った。

「なんだか忙しいみたい」

 あまり物騒なことを言っておじいちゃんに心配をかけたくない。

 キイ君、大丈夫かな……。



 夕方、やはり気になってキイ君の小屋まで来てしまった。扉の前で数分迷ったあと、僕は意を決してノックした。

「キイ君、僕だよ、リカだよ。具合はどう?」

 しばらくして、扉がゆっくりと開いた。

「だれ……?」

 眠っていたのだろうか、髪の毛はぼさぼさで、目をしぱしぱさせた小さなキイ君が出てきた。可愛い。やっぱり抱きしめたい。

「キイ君、具合はどう?」

 さっき来ないでと言われた手前、少し後ろめたくて、僕はワサワサする両手を背中側に隠した。

 キイ君は僕の顔をまじまじと見上げて、首を傾げた。

「おねえさん、だあれ?」

「えっ?」

 明らかに先ほどとは違う幼なげな口調に、僕はどきりとした。先ほどは、見た目だけが子どもになっていて、口調は現在の大人のキイ君だった。でも、今は。

「しらないひととはなしちゃだめなんだ。ごめんね」

 僕のこと、忘れてしまっている?

「僕はリカだよ。忘れちゃったの?」

「リカ……?」

 キイ君は目をこすり、くしゃくしゃと髪の毛をかきまわして、それからもう一度僕を見た。

「リカちゃん、来ないでって言ったろ、どうして……」

「キイ君?」

 大人の口調で気怠そうに言うキイ君。僕は混乱しそうだった。

「なんか、めちゃくちゃ眠くて……、眠るとどんどん記憶が曖昧になってく気がする」

「そんな……どうしよう。僕に何かできることってある?」

「巻き込みたくはないけど……仕方ない。リカちゃん、俺の近くにいて、俺を眠らせないで」

 キイ君は重々しく言った。

「おじいちゃんが寝る時間になったら、僕の家に行こう。それまではここで」

「うん……」

 キイ君はうとうとし始めた。僕はあわててキイ君の肩をゆする。

「キイ君、だめ、起きて」

「うん……起きるよ……だいじょぶ……」

 ほとんど寝息だった。僕は焦った。キイ君が僕のことを忘れてしまうなんて、そんなの嫌だ。

「リカちゃんってかわいいね……けっこん、して……」

「キイ君!」

 僕の胸に倒れ込んできて、もぞもぞしているキイ君に声をかけるけれど、全然聞いてくれない。どうしよう。もっと痛くする? そんなことできない。

 キイ君の身体が、先ほどより小さくなっている。顔や手足に丸みが出て、ぷくぷくしてきた。髪の毛がだんだん柔らかく薄くなっていって……。

「キイ君、キイ君」

 ほどなくして、キイ君の身体は僕の両手に収まる大きさに、赤ちゃんになってしまった。




「嘘……。なんで、どうして」

 僕はしばらく、赤ちゃんになってしまったキイ君の身体を抱いて途方に暮れていた。どれくらいそうしていただろうか、急に小屋の壁がガタガタと震えて、埃を巻き上げてつむじ風が起こった。

「な、何?」

 僕は咄嗟に毛布でキイ君の身体を包み、埃を吸い込まないようにしたけれど、驚いたのか、キイ君はぎゃんぎゃん泣き喚いた。

「遅かったか」

 つむじ風が収まると、そこには背の高い、ふわふわした金髪のエルフの男性が立っていた。この森では見かけたことのない人だ。

「誰……?」

「ウィットロック、なんて姿に……、……、ふふ、でも可愛いなこれはこれで」

 男性は僕たちの前にしゃがみ込んで、キイ君のほっぺたを優しくつついた。キイ君はむずがっていっそう激しく泣いた。

「君は誰だい? あー、名を聞くならこちらが名乗らねばな。はじめまして。僕はウィザ・エンディヤ。魔術師協会会長補佐官をしているよ。以後よろしく」

「はじめまして……僕はリカミルティアーシュ・アティワトです」

「すると君があの時のリカちゃんか。ふむ、ウィットロックの奴、隅に置けないな。感心感心」

「あの時……?」

「いやいや、こちらの話さ」

 エンディヤさんは僕を頭のてっぺんから足の先まで観察すると、そう言って笑った。耳がぴくぴくと上下に動く。ご機嫌そうだ。

「それより、どうしてここへ……? 魔術師協会ってことは、キイ君のお知り合いですか? キイ君はどうして……こんな姿に」

 エンディヤさんは人差し指を立ててすいすいっと揺らした。

「一個ずつ答えよう、慌てないで。その前に、その可愛らしい赤ちゃんを泣き止ませようじゃないか」




 キイ君を抱っこして揺らしながら、僕はエンディヤさんの話を聞いていた。

「先週から本土を騒がしている呪い師がいてね。魔伝盤を利用して呪いをばら撒いたんだ。ウィットロックのパーティーが追い詰めて無事捕まえたんだけれどね、疲れていたか油断したか、最後に呪いを受けたようだ。魔伝盤で知らせようとしたが、つながらなくてね。きっと呪いが発動したんだと思ってここへ来たというわけさ。

 呪いは肉体と精神を逆行させるというものだ。術者が死ぬか呪いそのものを破壊すれば元に戻るよ。

 僕はウィットロックの祖父と古い付き合いでね。彼から孫の世話を頼まれていたのだよ。協会には煙たがられているウィットロックを何度も助けたものさ。ふふ」

「キイ君、そんなことに……この六日間、そんな危険なお仕事をしていたんですね……」

「なに、ウィットロックにとっては日常みたいなものさ。心配いらない、その呪いも破壊が可能だ。ウィットロックをここに寝かせてご覧」

 僕は言われた通り、床に毛布を敷いて、キイ君を寝かせる。エンディヤさんは、革手袋をはめた指をパチンと鳴らした。瞬間、キイ君の周りに色とりどりの花びらが舞う。キイ君はそれを見て、きゃっきゃっと笑い声を上げた。

 キイ君が笑っている間に、エンディヤさんはキイ君の額や首筋、お腹、背中、お尻や足の裏に触れた。

「何をしているんですか?」

「呪い紋を探してる。……あった。ほら、これだよ」

 エンディヤさんの手が、キイ君の右耳の裏で止まった。そこに小さく、真っ赤な色の紋様が浮かび上がっていた。

「いつの間にこんなところに触れたんだろうな? 油断も隙もない奴め……。

 さて、ここに取り出しましたるは、フィレアリア中央僧院発行の呪解札。これをこうして」

 エンディヤさんは『呪い紋』に向かって『呪解札』をかざした。すると、呪い紋はするすると糸が解けるように分解して、呪解札へと吸い込まれていく。そしてキイ君の耳の裏から呪い紋が消えたのを確認すると、エンディヤさんは呪解札を綺麗に四つ折りにした。そして胸ポケットから小さな木製の箱を取り出して、その中に呪解札を仕舞うと、また胸ポケットに戻した。

「これでよし」

「あの、これでキイ君は元に戻るんですか?」

「すぐには無理だ。でもね、君の協力があればきっと大丈夫」

 エンディヤさんはウィンクした。

「よかった……! 僕、なんでもします。どうしたらいいのか教えてください」

「もちろんだとも」

 エンディヤさんはまた指を鳴らした。すると僕の目の前に、ひらひらと紙切れが降りてきた。

「そこに書いてあるものを煎じて、毎日少しずつウィットロックに飲ませるといいらしい。僕は専門外だが、この森に住む君のほうが詳しいのではないかな?」

 紙切れには、

「リコパの実 10グラム

 ハイドラシード 小さじ1

 ディモーラ草 一把」

 と書いてある。僕の家の周りで取れるものばかりだった。

「ありがとうございます、やってみます!」

 エンディヤさんにこにこして頷いた。

「いい娘だね、君は。どうしてそんなにウィットロックのことが好きなんだい?」

「えっ」

 僕は紙切れを落としそうになって慌てた。キイ君は、自分の周りに散っている花びらたちをいじって楽しそうに微笑んでいる。

 僕はうつむいて、小さな声で答えた。

「わかりません。どうしてなのか。でも、惹かれています」




 リコパの実は心身の健康を。

 ハイドラシードは精神の安定、固定を。

 ディモーラ草は気の安定を促す。

 一週間後、キイ君はぐんぐん成長して、人間で言う七歳くらいになった。僕は毎日毎日、理由をつけては(特に理由はなくても)キイ君を抱っこして過ごした。

 二週間目が終わる頃には、記憶の方も取り戻し、魔法も使えるようになっていた。

 一ヶ月が経つと、完全に現在のキイ君に戻った。僕は魔伝盤にキイ君の写真とともに成長記録をつけていたけれど、キイ君には秘密にしていた。

「リカちゃんを巻き込んじゃって本当にごめん。まさかエンディヤさんが出てくるとはね……。あの人、なんか変なこと言わなかった?」

 キイ君は神妙な顔つきでそう言って、僕が口ごもるのを見ると顔色を変えた。

「なんか変なこと言ってなかった? 俺の魔術学校でのイタい話とかしなかった? やだよー! 忘れてくれ!」

「そんな話はしなかったよ。むしろ聞きたい」

「教えない……教えられない」

 キイ君は頭を抱えた。その様子が可愛くて、僕はくすくす笑った。

 キイ君もそれに気づいて、にっこりと笑った。




【つづく?】


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