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魔伝盤

「そうだ、リカちゃんにお土産があるんだよ」

 キイ君はそう言って、雨に濡れたカバンの中から何か小さな箱を取り出した。それを手のひらの上に載せて、ゆっくりと蓋を開けるキイ君。

 箱の中には、黒く光るつるつるとした薄い板が入っていた。

「これって……魔伝盤? これを僕に?」

「うん」

 僕はびっくりして一瞬口が聞けなくなった。

「今回たった五日間だったけど、リカちゃんに会えなくて、声聞けなくて、お喋りできなくて、すごくつらかった。また俺呼び出されるかもしれないし、そういう時のために持っておいてほしいんだ」

「そんな高価なもの、もらえないよ」

「お金のことなら気にしないで。腐るほどあるんだ」

 キイ君は子どもをあやすような笑顔でそう言ったけれど、僕は首を横に振った。キイ君は両手を顔の前でぱんと合わせる。

「お願い。これは俺がただリカちゃんに持っててほしいだけなんだ。そばにいられない時も声が聞きたい、ただそれだけ」

「でも」

「俺が買ったものを持っててもらうだけ。それだけだよ。お願い」

 キイ君は必死だった。まあ、僕も今回は寂しかったし、気持ちは、わかるつもりだけど……。

 キイ君、そうか、キイ君も寂しかったんだね……。

「わかったよ。じゃあキイ君が留守のときには使わせてもらうことにするね」

「ありがとう! じゃあさっそく使い方だけど」



 キイ君が言うには、魔伝盤の使い始めには儀式が必要で、自分の魔力を覚えさせなければならないらしい。

「魔伝盤を手のひらに置いて」

 言われた通り、僕は魔伝盤を手のひらに置いた。

「指で表面に自分の名前を書いて、『我が名はリカミルティアーシュ、汝を喚び出したるものなり』って言って」

「我が名はリカミルティアーシュ、汝を喚び出したるものなり……」

 僕の言葉が終わるか終わらないかのうちに、魔伝盤がぶるっと震えて、光った。つるりとした魔伝盤の表面に何か光る紋様が現れて、さらにそこから、むくむく、ふわふわと、何かまるいものが現れた。よく晴れた昼間の空の色。

「キイ君、これは?」

「魔伝盤に住む精霊とでも言うのかな……。リカちゃんに使い方をガイドしてくれる奴だよ。でも、なんか変だな」

 キイ君は小首を傾げた。

 魔伝盤から出てきたガイドさんは空色でまん丸の身体をしていて、小さな目と口があったんだけれど、目はしょぼしょぼしているし口は半開きで何事かうめいていた。僕の手の上でぐでんぐでんにのたうち回っている。

「俺のガイドはこんなじゃないけど……、トゲトゲ、出てきて」

 キイ君はズボンのポケットから自分の魔伝盤を取り出し、口元に当ててそう言った。すると魔伝盤の表面に光る紋様が現れて、中からオレンジ色の何かが出てきた。

「喚んだか? キイ」

「トゲトゲ、魔伝盤の初回の儀式してるんだけど、ガイドがおかしいんだ」

 トゲトゲと呼ばれたその子は、オレンジ色の丸い身体に3本のツノを生やしている。キイ君のまわりをくるくるまわったと思ったら、ふわりと僕の手元へやってきて、空色の丸いのを観察して、言った。

「エラーだな。しばらくたってからやり直してくれ」

「原因は?」

「わからねぇ。とにかくあとでやり直しだ」

「ふうん」

 短いやり取りのあと、トゲトゲはキイ君の魔伝盤へと吸い込まれて消えていった。

「この子、具合悪そう……どうしたらいいのかな?」

 空色の丸いガイドさんは、うんうん唸りながらのたうっている。僕はタオルを出して、魔伝盤ごとガイドさんをタオルの上に載せた。

「こんなの初めて見た……」

 キイ君がガイドさんを見下ろして呟いた。

「不良品じゃないといいけど」

 そう言い終わる前に、キイ君は大きなくしゃみをした。

「大丈夫? 身体冷えてない?」

「大丈夫。もう夜も遅いし、俺は小屋に帰るよ。こんな時間までごめんね」

「ううん。疲れてるのに寄ってくれてありがとう。お土産も」

 キイ君は荷物を持ち上げて、ドアを開けると、右手のひらに光の魔法をともした。

「魔伝盤の儀式はまた明日にしよう、じゃあ、おやすみ」

「うん。おやすみ。気をつけて帰って、ゆっくり休んでね。傘貸してあげる。これ使って」

 僕は物置きから傘を取り出して、キイ君に渡した。

「ありがと」

 キイ君はにっこり笑って、夜の雨の中を歩いて行った。

 また明日会えるんだと思うと、僕は心がふんわり暖かくなるような気がした。

 うんうん言う声が聞こえて、僕ははっと我に返った。そうだ、ガイドさん、大丈夫かな。どこか痛いのかな。そっと指先で触れようとしたけれど、すり抜けてしまう。

「困ったな。どうしたらいいんだろう」

 ガイドさんにさわれないので、僕は彼(?)を撫でる振りをした。そして祈る。

「どうかよくなりますように……」

 すると、ガイドさんの呼吸が少しずつ整っていき、魔伝盤へと吸い込まれていった。

「不思議……」

 僕は魔伝盤をタオルで包んで、自室の枕元に置き、眠った。




「きゅっ、きゅっ」

「きゅっ、きゅっ」

 なんだか可愛い、でも聞いたことのない鳥の声がする。なんの鳥だろう……。薄目を開ける。起きなきゃ、身支度して、朝ごはん作って……。

 そうだ、魔伝盤。

 枕元に目をやると、タオルからはみ出した魔伝盤の表面で、空色の丸いものが、「きゅっ、きゅっ」と鳴きながらふよふよと動いていた。

「ガイドさん。具合はもういいの?」

 僕がそう言うと、丸いものはふわりとこちらを振り向いて、つぶらな2つの目を輝かせた。

「声紋と魔力を認証したよ! おはよう、リカミルティアーシュ。自分は貴方のガイドだよ」

「えっ、それじゃあ儀式は……」

「初回の儀式は完了しているよ! リカミルティアーシュ、何かしてほしいことはある?」

 僕のまわりをふわふわと浮かびながら、ガイドさんはそう言った。

「してほしいこと? うーん……そうだな。じゃあ、僕のことはリカって呼んで。そして、キミの名前を教えて」

「了解、リカ。そして、自分に名前はないんだよ。好きなように呼んでいいよ」

「じゃあ……丸くってかわいいから、『たま』」

「『たま』! 名付けてくれてありがとう!」

 気に入ってくれたみたいだ。かわいい。

「何もしたいことがなければたまは魔伝盤に戻るよ。またね!」

 たまはそう言うと、するりと魔伝盤の中へ吸い込まれていった。

「朝の支度しなくちゃ。……ここで待っていてね」

 僕は魔伝盤を引き出しに仕舞って、台所へと向かった。




 畑仕事もひと段落して家に帰ると、すでにお昼が近くなっていた。

 いつもならキイ君が尋ねてくる頃合いだけれど、今日はまだ来ない。疲れて寝てるかな。風邪ひいてないかな。様子を見てこようか。

 僕はおじいちゃんにお昼ご飯が少し遅くなる旨を伝えて、キイ君の小屋へ向かった。

 昨日の雨は朝早くに止んでいて、緑がいっそう綺麗に輝いている。

 小屋の扉をノックするけれど、返事がない。どうしよう。寝てるのかな。

「キイ君、いる? 僕だよ、リカ」

 声をかけると、ガタガタと音がした後、扉が開いて、毛布を被ったキイ君が現れた。

「おはよ、リカちゃん……今日も会えて嬉しいよ」

 まだ寝起きのとろんとした笑顔でキイ君はそう言った。少し声がかすれている。

「おはよう。お昼だよ。ご飯作るから食べに来ない?」

「もちろん、喜んで」

 キイ君は手櫛で髪を整え、毛布を丸めて小屋の奥のベッドに放り投げた。




 ご飯を食べ終えて、三人でお茶を飲みながら、僕はそういえば、と話を切り出した。

「おじいちゃん、キイ君が僕に魔伝盤を買ってきてくれたんだよ」

「えっ」

 おじいちゃんは目を丸くした。

「いいのかい、キイ君。高価なものなんだろう」

「俺がリカちゃんに持ってて欲しかっただけなんで」

「魔伝盤の儀式、完了したって言われたよ」

「え? そうなんだ。……昨日のあれはなんだったんだろ? ガイドを喚んでみてくれる?」

 僕は部屋から魔伝盤を持ってきて、昨日キイ君がしていたように口元に当てた。

「たま、出てきてくれるかな?」

 魔伝盤が光る紋様を映し出し、そこからふんわりと空色の丸い身体が現れた。

「はーい! たまだよ! 何かご用かな?」

「おおおお」

 おじいちゃんがびっくりしてのけぞった。

「たま、僕の儀式は終わってるって言ってたよね?」

「うん! 終わっているよ」

「昨日具合悪そうにしていたのはなんだったの?」

「魔伝盤本体に注がれた魔力が規定量を超えていたよ! 処理するのにすこし時間がかかったよ!」

「そうだったのか」

 キイ君は納得したようだったけれど、僕にはよくわからなかった。

「そう言えば魔力を覚えさせるんだって言ってたよね。魔力って意識したことないけど、どんなものなの? キイ君みたいな魔法使いが、魔法を使う時に必要な力のことだよね?」

「そうだね……。大なり小なり誰でも持ってる力だよ。魔法を使う時に媒体になるのはもちろんだけど、実は日常生活の色んなことに、知らずに使ってることも多いんだ。リカちゃんなら、畑仕事や料理だね。リカちゃんの育ててる野菜や果物、大きいだろ?」

「そうなの?」

 おじいちゃんを見ると、うんうんと頷いた。

「リカの作る野菜は大きいよ。普通よりひとまわりは大きいね」

「リカちゃんが手作業することで魔力を野菜たちに与えてるんだよ」

「知らなかった……!」

 僕は自分の両手を眺めた。僕にそんな力があったなんて。

「リカちゃんの野菜使ってリカちゃんが料理したご飯、食べるとお腹のあたりがあったかくなって、力が湧いてくる感じがするんだよ。魔力はお腹のあたりに溜まってるって言われてるんだ」

 お腹を撫でながら言うキイ君の声が優しい。僕は大いに照れてしまった。





【つづく?】



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