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再会

 ……それは、思い出の中のこと。

 木漏れ日を浴びたキイ君は恥ずかしそうに頬を染めて、僕を見る。

「約束しよ、リカちゃん」

「約束?」

「うん。俺たち、大人になったら、結婚、しよう」

「……!」

 ドキドキと跳ね上がる胸を押さえて、僕は頷いた。

「うん。うん。僕、キイ君と結婚する」

 キイ君は嬉しそうににこっと笑って。

 笑って……、


 幸福な昔の夢はいつもそこで途切れてしまう。

 カーテンの隙間から眩しい朝日が差し込んでいる。朝ごはんの支度をしなくちゃ。


 目玉焼きをひとつ。

 ベーコンを2枚。

 レタスとトマトを添えてお皿に盛る。

 焼きたてのパンにバターを塗って。

 具沢山の野菜ときのこのスープ。

 それらをワゴンに載せて、おじいちゃんの部屋のドアをノックする。

「おじいちゃん、おはよう、朝ごはんだよ」

「やあリカ、おはよう」

 おじいちゃんは今日も機嫌が良さそうだ。張りのある声が返ってくる。

 おじいちゃんは足を怪我して以来、あまり外を歩かなくなった。昔は、よく一緒に畑仕事をしたりきのこや薬草を取りに行ったりしたんだけどね。

「うん、リカの作るスープは世界一だね。いつもありがとう」

「えへへ。良かった」

 おじいちゃんはいつもこうして褒めてくれる。いくつになっても褒められるのは嬉しいことだ。


 ご飯を食べながらキイ君のことを思い出す。

 キイ君はエルフばかりが住むこの森にいつからか紛れ込んでしまった人間の子どもだった。小さな小屋に1人で住みついていたのを、森の大人たちが持ち回りで世話をしていた。大人たちはキイ君のことを戦災孤児だと言っていた。優しくしてあげるんだよ、とおじいちゃんは言った。

 初めて会った時キイ君はぼーっと小川を見ていた。僕はキイ君のピンク色の髪の毛を可愛いと思った。まるで春に咲くお花みたいにあったかい色だったから。

「こんにちは」

「……」

 返事がない。

「ねえ」

 とんとんと肩を軽く叩くと、彼はゆっくりとこちらを見た。群青色の瞳が川面の光を映してキラキラしてた。

「こんにちは。僕、リカミルティアーシュ。みんなリカって呼ぶよ。キミの名前教えて」

「……」

 びっくりしたみたいに、彼は目を大きく見開いた。

「……キイだよ」

「キイ君。よろしくね」

「気持ち悪くない?」

「えっ、何が?」

 キイ君の問いに首をかしげると、キイ君は少し俯いて髪の毛をつまんだ。

「……この、髪の色。みんな気持ち悪いって言うんだ。染めてもすぐ戻っちゃうんだ」

「全然気持ち悪くなんかないよ。とってもきれいだし可愛い」

「きれい? 可愛い……?」

 キイ君は戸惑ったようだった。

 キイ君ははじめの3日ほどはおとなしかったけれど、だんだん心を開いていってくれた。

 僕らが打ち解けるのには数日とかからなかった。

 ある日、森で結婚式が行われて、僕とキイ君も参列した。花嫁さんも花婿さんも幸せそうだった。そして、キイ君は僕に「結婚しよう」と言ってくれた。

 だけど。

 キイ君は次の日、忽然と姿を消してしまった……。


 あれから80年近くが過ぎた。戦争はいつの間にか終わっていた。

 キイ君はあの頃7歳くらいだった。もうおじいさんになってしまっただろうな。結婚はしたのかな。僕のことをたまには思い出してくれているかな。

 そんなこと考えても仕方ないけど。

 僕の足は自然と、キイ君が昔住んでいた小屋へと向かっていた。

「……あれ?」

 小屋から人の話す声がする。

 それだけじゃない。

 小屋の周りにさまざまな荷物が置かれている。

「えっ……誰かいる?」

 その時。

「だからぁ」

 小屋のドアが開いて、何事か話しながら出て来た人がいた。若い男の人みたいだ。

「俺はずっと帰りたかったんだ。戦争は終わった。もう用事は済んだだろ。じゃあね」

 男の人は手のひらに薄い板のようなものを挟んで耳に当て、何事か話している。

 その人、こちらに背を向けていたんだけれど、僕はびっくりしてしまった。だって、その人、キイ君と同じピンク色の髪だったんだ。

「まったくもう……。あれっ」

 その人が振り返ってこちらを見た。群青色の瞳。キイ君と同じ……!

 その人はびっくりしたように目を見開いた。

「リカちゃん……!」

「えっ」

「リカちゃん…! リカちゃん…! 俺だよ。キイだよ。会いたかった! 君に会うために帰ってきたんだ」

 その人は駆け寄ってきて、僕の両手を掴んだ。

 待って、今、キイだよって言った?

 キイ君? 本当にキイ君なの?

「ねえ、もう結婚しちゃった?」

 質問が唐突過ぎて言葉が出てこない。僕は首を横に振った。

「ごめん! こんなに長い間ひとりにして! 色々あったんだ、本当にごめん」

「キイ君……なの?

 不思議……どうしてこんなに若いの? 人間のおじいさんってこんな感じだっけ? もしかして本当は、キイ君のお孫さんとかなの?」

「俺はキイだよ。色々あったんだ。話聞いてくれる?」

 僕は頷いた。



「君にプロポーズした日の夜中、黒ずくめの変な大人たちが家に入ってきたんだ。俺を馬車に乗せて、遠くの街まで連れて行った。それで魔法の修行を何年もさせられて、戦場に送られて……戦争が終わったらここへ帰ってきてもいいって言われた。だから俺頑張ったんだ。

 後から知ったんだけど俺のおじいちゃんはこの森で育ったエルフで、すごい魔法使いだったらしい。

 俺は父さんと母さんに、1人になったらおじいちゃんの森に行きなさいって言われてて」

「キイ君、魔法使いになったの?」

「うん……なった。大変だったけど、一応ね。

 身体の成長が遅いのはどうもおじいちゃんの血が関係してるらしいんだけど、詳しいことはわからない、でもこの場合はこれで良かった」

「えっ?」

「だってこれからは……リカちゃんをひとりにしないで済むから」

「あ……」

 キイ君がじっと見つめてきて、僕は反射的に目をそらした。面影はあるけど、それでも大人になったキイ君のまなざしにはまだ慣れることができない。

「僕、そろそろ帰らなきゃ。おじいちゃんの夕ご飯の時間だし。キイ君も来て一緒に食べない? おじいちゃんにも会ってほしいし」

「行くよ」

 キイ君は僕の手をとり、きゅっと強めに握った。キイ君の手、すごくあったかい。

「おじいちゃんに挨拶して、結婚の許しを貰わないとね」

「ま、待って」

 僕はそれとなくキイ君の手を離して、じっと彼の目を見つめた。

「僕……僕は、今のキミを知らないよ。僕の知ってるキイ君はまだほんの子どもで……だからその……結婚は、もう少し今のキミを知ってからがいい……」

「リカちゃん……」

 キイ君は一瞬悲しそうに眉をひそめたけれど、すぐに笑顔になった。

「わかったよ。おじいちゃんには今は挨拶だけ。俺はリカちゃんをたくさんたくさん待たせちゃったから、その分、今度は俺が待つ番だね」

「ありがとう……。キイ君も、その間にちゃんと見極めてほしい、僕で本当にいいのかどうか」

「俺はいいけどね」

「そんなこと言って……」

「だって、再会した時わかっちゃったんだよ。リカちゃんはあの頃のまま、変わっていないって」

「キイ君……」

「行こう」

 家に戻ると、めったに外に出ないおじいちゃんがガウンを着て玄関脇のベンチに腰掛けていた。おじいちゃんは僕らに、キイ君に気がつくと目を丸くして、「君は……確か……」と記憶の糸を手繰っているようだった。

「リカちゃんのおじいちゃん。俺です。キイ……キッキグラッドリィ・ウィットロックです」

「ウィットロック……そうか、ゴードンの……」

「そうです。帰ってきました」

「そうか……」

 おじいちゃんは目を閉じた。その目尻からすうっと涙がひと筋流れ落ちていく。

「リカ。お祝いしよう。君の親しいお友達が帰ってきたんだ。一番いいお酒を出しておくれ」

「はい」

 おじいちゃんとキイ君の声が、料理をする僕の背中の方でぽそぽそと聞こえてきた。

「魔術師協会に君の居場所を教えたのはわたしだ」

「……はい。聞きました」

「君に会って謝りたかった……すまないことをした……」

「おじいちゃんは身寄りのない俺のためになると思ってしてくれたんでしょ? 俺はなんとも思ってないですよ」

「つらい目に遭ったのじゃないかい?」

「俺の顔見てください。つらい目に遭ったと思います?」



 夕ご飯を食べて、食後にお茶を飲んで、おじいちゃんがお先にと言って自室に戻り、それじゃそろそろ、とキイ君が席を立った。ドアを開けると、外は真っ暗で。

 なんとなくそのままキイ君を帰したくなくて、シャツのすそをぎゅっと掴んでしまう。

「リカちゃん?」

「あ、あ……ごめん、暗いなと思って……」

「ああ、そうだね。大丈夫。ほら」

 キイ君は手のひらを上に向けた。ふわりとオレンジ色の光がともる。

「魔法……」

「リカちゃん。俺、今すっごくしたい事あるんだけど、してもいい?」

「えっ、何?」

「キス」

「……だめ」

「だめかぁ」

 キイ君はかくんと肩を落とした。

「明日も来ていい?」

「もちろんいいよ」


 そうか、僕たち、明日も会えるんだ。



 止まっていた時間が動き出した。

 まだまだ知らない事、知りたい事もたくさんあるけど……。

 これからゆっくり時間をかけて、キミの事、知っていけばいいよね……?



【つづく?】

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