「人と違う、それに気づくのは早かった」
主人公の千理のおばあちゃんは、チリが0歳のときに父を亡くしてから、
母親役となって育ててくれた。
しかし、チリはおばあちゃんに感謝をカタチにできないまま、見送ることに。
後悔だけが残り、日を追うごとにその思いは強くなっていった。
「ごめんね」と言い続けながら過ごす日々。
そんなある日、おばあちゃんが夢の中に現れる。
「ありがとう」と言葉にしたとき、涙がこぼれた。
もう一度会いたい。その感情が込み上げてくる。
ーーおばあちゃんにできなかったことを、お母さんにしてあげる。
お母さんにしてあげたら、おばあちゃんもきっと喜んでくれるよね。
それで許してくれるよね。
おばあちゃんの娘であり、チリの母であるチエとの、
親子三代の愛と絆の物語。
時は昭和44年。
工場で有名な町で生まれた。名前は千理
翌年、家族で大阪万博を訪れた。
父、母、祖母、そして私。
それが、最初で最後の家族旅行だったという。
同じ年、父は心不全で亡くなった。私の1歳の誕生日の3ヶ月前のことだ。当然、記憶にはない。
それ以来、当時は別の場所で暮らしていた祖母が私の面倒を見るようになった。
専業主婦だった母は、父が勤めていた信用金庫に「働かせていただけませんか」と願い出て、
49日も開けぬうちに正社員として働き始めた。
物心がついたとき、私はすでに「人と違う」と感じていた。
幼稚園バスの停留所には、ほとんどの子が母親と一緒に並んでいた。
でも、私のそばにいたのはおばあちゃんだった。それが嫌だった。
いや、「嫌」というのは少し違う。ただ、他の子とは違う自分が嫌だった。
仕方がないことは、もう理解していた。お父さんは亡くなった。
だからお母さんは働かなくてはいけない。
そういうことは、子どもながらにわかっていた。
それでも、私だけ「お母さん」じゃないこと、その違いを人から見られることが、
ただただ嫌だった。
だから、おばあちゃんに対してニコニコすることができなかった。
おばあちゃんに向ける笑顔がなかった。でも、他の人には愛想笑いができた。
子どもながらに、そうするものだと思っていた。
バスが来ると、お母さんたちは子どもに「バイバイ」と手を振っていた。
私は、おばあちゃんとバイバイをする。それがいつものことだった。
私は、笑わなかった。そうしなければいけないのではなく、そうすることしかできなかった。
おばあちゃんに、もっと笑顔を見せてあげられたらよかったのに。
そう思うのは、ずっと後になってからだった。