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宿主

 その日天空に唄笛が響いた。

 威容の山が鳴動する、鳥たちが一斉に飛び立つと、集まり飛翔しながら一つの形を成した。

 巨大なドラゴンの影が上空を旋回する、破滅の唄が鳴り響いた。

 何かが山に幾筋もの川を作り集団で走り駆け降りていく、教会から見おろした数だけでも数百に上る隊列は熊や大型の鼬、猪、狼、山の神を名乗る戦士たち、ドラゴンの影に導かれて戦場へと走る、それは神々の戦い。

 人間と魔族の争いなど取るに足らない矮小なものだった。

 億なのか兆なのか、千年に一度のイザナギアリ大発生、山から溢れた魔獣は魔族国を侵略した人間に襲い掛かった、地を埋める魔獣の前に銃は意味をなさない。

鳥たちが形作るドラゴンの先頭に小さな鳥がいる、神獣ケツァルが美しい鳴き声で森の神々を率いている。

 「なんという光景、神々の覇権を賭けた争い!」

 クロワは興奮を抑えきれない、壮大な戦いが眼下に繰り広げられている。

 都市は燃えていた、黒煙は今までの比では無い、廃墟となっていく様が想像させた。

 「これは・・・・・・再び転移の渦が!?こんな巨大な渦は!?」

 アリアが見上げたガザル神山の頂を廻るように雲が渦を巻き始めている。

 巨大地震の余震か本震か、渦は大きく小さく鳴動を繰り返している。

 「マットさん、あの渦に乗れば再び元の世界に帰れるかもしれません、山頂へ行くのは不可能、目指すなら海です」

 「アリア、行こう、息子を探すのだ」

 今度こそマットはアリアの手を強く握った。


 執事フレディは国内でも有数の犯罪組織の一員だった、とくに暴力沙汰よりも知的犯罪、詐欺や麻薬の売買で金を稼ぐ手腕に優れていた。

 ある時、犯罪組織の金を横領していることが首領にバレで始末される寸前で王家の騎士団に犯罪組織が検挙壊滅された、偶然牢に繋がれ重傷を負っていたフレディは被害者として保護されることになり、その伝手で下働きとしてクロワ侯爵家に入り込んだ、その後は組織で鍛えた才覚を利用して執事にまで成り上がったのだ。

 クロワ侯爵が必要とした裏の汚い仕事までこなして絶対の信頼を得ていた。

 赤いエリクサー、それは生きたミトコンドリア、細胞を乗っ取る小さな意思。

 クロワが教会の倉庫から盗み出し、実験のつもりで飲ませたマッド・エリクサーはフレディに適合した、異世界の魔獣の血が操るべき宿主を得た瞬間。

 フレディは自分こそが選ばれた事を自覚した瞬間。

 

 青蛇のミトコンドリアは宿主を操る、フレディは自分の意思と疑うことなく自身の生存と繁殖のための行動を開始した。

 「クロワ様、マッド・エリクサーの精製の為には冥界神殿の青蛇の血を手に入れなければなりません、あれこそが神の意思です」

 いつになく積極的だ、人が変わってしまった。

 「ああ、そ、そうだね・・・・・・でも、今は危険じゃないかね」

 「いいえ、今は神々の争いの最中、神殿の魔物も弱体化しているはずです」

 まったく理屈になっていない。

 「弱体化しているとはいっても、どうやって血を採取するんだい、大人しく採血はさせてくれないよ」及び腰なクロワが当然の反応だ。

 「お任せください、選民である私がこの身に替えても採取してみせます」

 「ああ、君がそこまで言うなら分かったよ、やってみよう、でも僕が危険だと判断したら即刻中止、命を懸ける事じゃない、いいね!」

 「承知しました、行きましょう」


 冥界神殿は様変わりしていた、天上にある赤い琥珀石が巨大に膨れている、その光は洞窟内を眩いほどに赤く照らし、まるで鼓動するように山の血液が琥珀石に流れ込んでいる、空気が震えている、まるで山から命が溢れ出してくるようだ。

 洞窟が恐ろしいほどの命で満たされていた。

 「フレディだめだ、これは異常だ、危険すぎる!!」

 「なにを仰るのですか、この鼓動、心が震えて止まりません、これぞ神の祝福!」

 ガシッとクロワの手を掴むとフレディは洞窟を奥へと侯爵を引き摺りながら突き進んでいく。

 「離したまえ!フレディ、離すのだ!手を離せ!!貴様、許さんぞ!」

 遂にクロワ侯爵の表情が怒りに染まった。

 「許さん!?クロワ様が何を許さないと?」フレディの口元が吊り上がった。

 ギリリリッ 掴んだ手に魔人の力が宿る、書き換えられた純血のミトコンドリアがその力を発揮する、人を魔人へと書き換える、クロワ自信が軽い実験の積もりで与えた赤い液体は見事に覚醒していた。

 「ぐあああっ、おっ、折れる!」

 バキンッ 「ぎゃあああああっ!!」 クロワの手首が粉砕される。

 「クロワ様、貴方の役目はこれからです、しっかりしてください、もう少しですよ」

 「やっ、やめろぉ!離せぇ!!」額に脂汗を滲ませて抵抗するが馬に引かれているように引き摺られてしまう、折れた手首から千切れるほどの激痛が襲う。

 砂地が波立ち沸騰したように沸き返っている、蠢き泳ぎ廻る無数の異形は青蛇だ。

 「なっ、なにをするつもりだ!!」最悪の予感。

 「クロワ様、最後のお務めでございます」優雅な一礼、その目が赤く輝く。

 「まっ、まさか!?やっ、止めろ、よせ!頼む、助けてくれ!!」

 その足にしがみ付き泣いて助けを乞うたがその目にクロワは映っていない、青蛇に見入っている。

 「心配いりません、クロワ様は転生なされます、本物の神の使徒として再誕するでしょう、これはその儀式、通過するべき変身の過程、苦痛は一瞬、怖がる必要などありませんよぉ」

 グンッ クロワを片手一本で振り回すように空中へと放る。

 ドシャアッ 「ぐべっ」 顔から砂地に突っ込む、ザザザザッ 即座に死の渦がクロワを取り囲んだ 「ひいいいいっ」 バシュッ 一斉に青い花弁が遅いかかる ドシュッ ドシュッ 数十本の槍が突き立つ、最後の苦痛はなかっただろう、小山となった青蛇の塊から伸びた手が最後まで突き出ていたが直ぐに萎んで皮だけになっていく。

 赤い光の中で小山は蠢きを止めない、それは交尾だ、新たな世代を生むための行為、フレディはその様を恍惚の表情で見下ろしている。

 やがて小山は低く砂に飲まれて消えていった後に一匹の青蛇が痙攣しながら残されていた。

 ズサッ フレディは砂地に足を降ろすと躊躇することなくその一匹に向かう、音に反応した青蛇が寄ってくるが襲い掛かることはなかった。

 パチンッ ポケットのナイフを開き小瓶を取り出すと青蛇の腹を一気に裂く、白い内臓から血が湧きだす、その血を小瓶に注ぐ、五本の瓶が満たされた。

 「神の子供たちよ、我と共に・・・・・・」

 

 「今日から私がフェス・ド・ラ・クロワ侯爵です」

 赤い洞窟の中で男は残された青蛇に貪った、魔人が若返っていく、さらなる力を得て悠々たる足取りでその故郷を後に新天地を目指して旅立った。


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