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 「エミーさんは一緒ではないのですか?」

 迎えに来たのはマンさんだ、ムートンでの式が近づいている今、エミーの身柄確保はマンさんの重要な任務だ。

 「ああ、アルカディアの街に手掛かりを探しに行ったよ、エミーさんのことだから心配はいらないと思うけどねぇ、また余計な事に首を突っ込んでいるかもしれないよ」

 「待ち合わせは昨日だったのだけど、何か情報を得たのかもしれない」

 「奴をどうにか出来る奴はこの世には居ない」

 「今度の敵は次元を越えた相手かもしれんぞい、油断は禁物じゃ」

 「やはりか・・・・・・昨日のアルカディアの騒ぎはエミーさんの仕業に違いない」

 「騒ぎ!?何かあったのか?」

 「アルカディアのマナーハウスが焼き討ちされたようだ、犯人だとされた数人がハウスの前で縛り首になっている」

 「なんですと!」

 「偽物じゃよ、大方奴隷を犯人に仕立てたのじゃろう」

 「なにを狙ったのじゃ」

 「潜り込ませている間者によると賊は女二人に男二人、強奪されたのは囚人の女一人だそうじゃ」

 「賊が四人?どういうことだ?別人か」

 「この襲撃でアルカディアのハウスには相当な損害があった、元々マフィアが爵位を持ったような連中だ、このまま黙っては済ませないだろう、きっと報復を外注している」

 「ヴェンデッタ・エージェント(決闘代行)だな」

「奴らは厄介だねぇ、特に西の連中は荒っぽい上に一族が殺し屋で飯を食っているようなものだ、調査能力も高いと聞く」

 「ムートンでの式に影響がなければ良いが・・・・・・」

 マンさんの顔が曇る、こうなることをエミーは常に危惧していたのだ、自分につきまとう危険がフローラに及んでしまうことを。

 危険が及ぶと分かればエミーは姿を見せないだろう、ムートンの森でも自身が重症にも関わらず残党を狩るために森に潜み、そして目的を完遂して見せた。

 彼が欲しているのは金や栄誉ではない、自分では作り出せない感情、他人の感情を共感することでしか喜怒哀楽がないのだ、誰かを幸せに出来ればその感情を共有できるという。

 (私は人の感情に寄生する毒蜂みたいなものよ) エミーは嘯く、命を失う事の恐怖も蔑まれることへの怒りも、愛の喜びも自分の事では感じない。

 (悲しい感情もないから辛くもないわ) エミーは嘯く、本当にそうか?

 自分の為に生きることを知らないエミーの願いを叶えてあげたい。

 フローラの近くでその幸せを共感させてやりたい、そして漂流島への航海へと送り出してあげたい。

 出来る事はこれが最後になるかもしれない。

 父親だったデル・トウローとルイス・イカール亡き今、ティアの拠り所はエミーだ、デルの義弟でもあり良く懐いている、まるで姉妹のように見えるのはそのせいだけではないだろう、エミーの気配は冷たく無機質、一見近寄りがたいが特に弱った人間にはその静かさが癒しになる、必死に耐えている人間に頑張れと鞭打つのは罰に等しい。

 エミーの熱を持たない気配は焼けて爛れた心を包み冷やしてくれる。

 フローラやカーニャも同じような事を言っていた、今のティアにはエミーが相応しいのだ。

 軍港から見る丘の向こうに黒々とした森が見える、何処かを彷徨っているのか、無事だろうか、急に不安に取りつかれる、深い山が果てしなく遠く感じた。

 

 ムートンのマナーハウスから岩人の里までの林道は狭く険しい、ゴツゴツした岩の道は所々で狭くなったり穴が空いていたりする。

 もうじきフローラがやって来る、この地で皇太子エドワードとの結婚式を挙げるために、本来の式は少し後だ、王都の大聖堂での挙式となる。

 村の青年自警団隊長マックスはフローラの通る道を自らツルハシを振って整備していた、川下から砂利を仲間たちがロバに牽かせた荷台に積んでやって来る。

 馬車が揺れないように凸凹を失くして道幅を広げる、里の者が駆る赤鹿で一時間と少しの行程、馬が引く馬車なら二時間はかかる。

 「お嬢がいよいよ国母となるのか、すげえよな」

 「ああ、ムートンの誇りだ」

 ガラガラッと砂利を轢き、その上から薄く山の土を散らして水を撒く、砂利の間に土が詰まってしっかりとした路盤が完成する、簡易的な舗装工事だがこの時代には贅沢な施工だ。

 「あのやんちゃ姫が皇太子妃とは・・・・・・堅苦しい王宮でなぞ上手くやっていけるものか、俺は心配だ」

 マックスは額の汗を拭いながら腰を伸ばした。

 「はっはっ、お前が父親でもあるまい、フローラお嬢はお前より大人だぞ」

 「トマス様から聞いた話だけどさ、王宮であった暗殺未遂事件の犯人を追いかけてミニスカで王宮の廊下を激走したそうじゃないか」

 「おおーっ、それは俺も聞いたぞ、体当たりで賊を撃退したそうだ」

 「違う違う!グーパンで相手の鼻を折ったんだ!」

 「俺は股間を蹴り上げて悶絶させたと聞いたぞ」

 英雄譚は人を介する度に尾ひれが長くなる。

 「それでこそお嬢だ!」

 「変わらないでほしいな!」ガチンッ 青年が降ったツルハシが岩に当たって火花を散らした。

 「変わらんさ、俺たちのやんちゃ姫が通る花道だ、いいか、コップの水さえ零れねぇように均せ」

 「おおさっ!気合入れていくぞ」

 マックス達の振るうツルハシの膂力が上がる。

 

 ムートンのマナーハウス、執事ハリーたちが婚礼の儀に向けてボロ馬車に岩人の里まで運ぶ荷物を積んでいる。

 ハリーは手を休めて感慨深そうに木箱に収めたワインを手に取る。

 開栓されることは永久に無いと思っていたフローラと同い年の赤ワイン、今は亡き主人ジョージ・ムートン男爵に備えることが出来る。

 「旦那様・・・・・・」歳のせいか涙腺が緩くなって仕方がない。

 「また泣いているのですか、ハリー執事」

 少々呆れ顔なのはヴァレットメイド(近侍従)のアンヌ・マリだ。

 「このワインを開ける日がついに・・・・・・しかもフローラ様が皇太子妃になられるとは、男爵様も喜んでおられる」

 アンヌは男爵と奥様の肖像画を大事そうに荷台に積んだ、その顔が笑っているように見える。

 「エミーさんのお蔭です」

 「ああ、彼がいなければ今は無かった、神がムートンのために遣わしてくれた天使だった」

 「式にはいらっしゃるのかしら、私も会いたいわ」

 「ティア姫を連れて里には来ていたのだろう、なぜハウスには寄ってくれんのだ」

 「ニースの弩級戦艦事件に関わっているようです、この森の魔獣事件の時と同じ、また誰かのために剣を振るっているでしょう、私達に危険が及ぶのを危惧してのことだと思います、彼らしいわ」

 「でも式には来てほしい、彼が仲人のようなものだもの」

 「十分な礼も出来ぬままに去ってしまって、近くにいるのに会うことも出来ないとは切ないものだ」

 「本当に・・・・・・」

 「ところでフローラ様が皇太子妃となればこのムートン領はどうなるのでしょう?誰か新たな領主が任命されるのでしょうか」

 「そうなるでしょう、フローラ様は一案があるようです」

 「ハリーは何かお聞きなのですね」

 「概略だけですが、我々は失業の心配をしなくてもよさそうです」

 「本当ですか、実は皆心配していたのです、領主が入れ替われば侍従たちも変わるのが常ですから」

 「奇策ですが皆のためを考えた結果なのでしょう、さすがフローラ様です」

 「お仕えできるのもあと少し、それまで精一杯やりましょう」

 「ええ、エミーさんに負けないように!」

 

 二人はムートンの森に目を向ける、魔獣ヤーグルがエミーによって屠られた後の森は静けさを取り戻し穏やかな表情を湛えていた。


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