転移の洞窟
目覚めると薄暗い洞窟だった、中は広い、体育館ほどの大きさがあるようだ、コクピットから見えるのは砂地、周囲には砂煙が上がっている、墜落したのか。
目が霞む、眩暈が酷い、グレイはどうなった!?無事か、無線に手を伸ばそうとして隣に連合軍のマークが見えた、グレイの機体だ!
「グレイ!おいグレイ!生きているか!?」
「あっ痛つつ」
呼びかけるとくぐもった返事が返ってきた、生きている。
「五体満足か?相棒」
「肋骨が折れてやがる、何だここは、一体どうなったんだ」
「分からん、空が無い、どうやってここに不時着したのだ、俺達が飛んでいたのは海の上じゃなかったのか?」
「思い出した!あの渦、横に伸びたワームホールに吸い込まれて、それから・・・・・・だめだ、思い出せない」
上を見ると赤い石に見下ろされていた、自然発光しているのか薄暗いが目視できるはその石のおかげだ。
ガタンッ 後方で音がした、P四十ウォーホークは後方視界が悪い、キャノピーをそっと開けて後ろを除くと材木の中に男が二人立っていた、妙な格好だ、中世の貴族のような恰好だ、戦時中にこんな場所でコスプレとはイカレている。
武装はないようだが用心にホルスターから拳銃コルトガバメントを引き抜く。
グレイに目配せして貴族に拳銃を向けて叫んだ「手を上げろ、お前たちは何者だ!?」
「!!」貴族がこちらに気付いた、何か反応がおかしい、やはりイカレているのか。
「危ない!沈んでいるぞ、早く逃げろ!」貴族が叫んでこちらを指さしている。
ザザザザサッ ガクン 機体が傾いた、砂地に沈んでいく!
「なっ、なんだ!?」慌ててコンピットから這い出たころには既に翼は沈んでいた、ズブズブと水に沈むように機体が砂に消えていく、巨大な蟻地獄に嵌ったようだった。
砂を被った翼を踏んで砂から突き出た岩に飛びつく、振り返るとより岩から遠い所にいたグレイの上半身しか見えなくなっていた。
「グレイッ!!」「おお!?やばっ!!」グレイが砂に溺れていた。
ザザザザッ 砂に航跡が走った、何かが砂の中を泳いでくる、本能的に危険を察した。
「何か砂の中にいるぞ、急げ!こっちだ!!」手を伸ばすが届くはずもない。
「これを使えっ!!」貴族がロープを投げてくれた、受け取ると直ぐにグレイの手元に投げる「掴まれ!」肋骨を折っているグレイはロープに掴まっているのも苦しそうだ。
「手伝うぞ!」貴族二人も引き上げに協力してくれる、三人でグレイを引き摺り出す。
ザザザザッ ザバサバババッ 砂中の何かが猛スピードで迫る バシュッ 空中に一匹が姿を躍らせた、青い蛇だ、先端が花の様に開いている、ギザギザの歯が肉食であることを伺わせた。
「ヤバイッ!急げ!!」「駄目だ!間に合わないぞ!!」「ちっ!」
バシャッ 再びの跳躍 赤い口がパックリと開くのが見えた、人間の頭を丸かじりするつもりだ! パァンッ パンッパンッ マットはコルトガバメントの引き金を引いた! ギャウッ 表現できない声と共に空中で青蛇が身を捩って砂に落ちた、血は赤い、のたうつ仲間の血の匂いめがけて共食いが始まった、生け簀に餌を撒いたように砂飛沫が上がる。
「今だ!!」その隙にグレイを引き上げることに成功する。
「助かった、恩にきる、俺は連合国空軍第二〇五飛行隊マット・サンダース軍曹、でこいつがグレン・マグガイヤー軍曹、あんたらはここの土地の人かい」
「飛行隊?飛行隊とは何の事かね」
少し豪華な服の男、四十代半ばだろうか知的な雰囲気の下に慇懃な心根が見える。
「何っておかしな事を聞くな、戦闘機ぐらい見たことあるだろ、今じゃどの街の空でも空戦と爆撃機のオンパレードじゃないか」
折れた肋骨を庇いながらグレンが立ち上がる。
「戦闘機とは君たちが入っていた金属の箱の事か、あれが空を飛ぶ?」
子供がおとぎ話の英雄譚を聞くように男の顔に笑みが零れる。
「ひょっとすると君がその手に持っているのは銃なのかね?」
「なのかねって玩具じゃないぞ、連合軍の正式拳銃コルトカバメントM一九一一だ」
「小さいな、どうやって弾を込めるのかね、着火はどうするのだ?」
「着火って・・・・・・弾と言えばこれだろ、四十五ACP弾」
「なんと!その筒の中に火薬が仕込まれているのか、画期的だ」
「おいおい、さっきから何をいっているんだ、冗談はコスプレだけにしろよな」
グレイが悪態をつくが男は意に介さない。
「だいたい分かってきましたよフレディ、ここは異世界なのでしょう、神は私たちに使命を与えたのです」
うわ、本当にイカレてる、薬物中毒者かもしれない、マットは一歩後ろに下がった。
「これは失礼、名乗りがまだでしたね、私はフェス・ド・ラ・クロワ侯爵、これは当家執事のフレディ・マモラと申す者、海外交易のためガレオン船で航海中に奇跡の渦に巻き込まれ、今こうして此の地に立っている、君たちも同じような境遇なのではないかね」
クロワ侯爵と名乗った男が指さす先にあったのは木製の舵、ガレオン船の残骸か。
「ガレオン船?渦!?」グレイと顔を見合わせる。
「転移現象というやつか、子供のころ流行った絵本にあったな、あるトンネルを抜けるとそこは別世界でした的な、ははっ・・・・・・ありえねぇ」
嘯いたグレイの顔は真剣だった。
差し出された握手を握ったマットも俄かには信じられないが、洞窟の中、青い砂蛇、そして前時代の貴族、ピースが揃い過ぎている。
「あの横螺旋の渦、あれが異世界へのトンネル!?」
「マット軍曹、私達と貴方たちもまた似た世界ではあっても別な時代か、違う次元から運ばれてきたようだ、神が何をお求めになっているかはまだ知れない、どうでしょう、ここは協力して前へ進みませんか」
「あんた年の割には順応が早いのだな」
「くっくっくっ、どうやら私達は確かに生きているようだ、ここが死後の世界ではないことは確かです、行きましょう、神のご意思を確かめるのです」
溌溂とクロワ侯爵は出口とも知れないトンネルへ向けて歩を踏み出した。