ヴェンデッタ・エージェント
人食い男爵ラウド・ツェペリの怒りは沸騰していた、留守中に起きた火事騒ぎと出荷予定だった竜化女の強奪、十人を超える兵士も殺された、甚だしい大損害。
しかも女も含めた数人にいいようにやられた、偶然逗留してい教団の薄気味悪いアダムとかいう兵士二人も返り討ちにあって負傷したらしい、まったく情けない。
「どいつもこいつも揃いも揃って何をしてやがった!?」
「すいやせん・・・・・・」消え入りそうな声で巨体を小さくしたのは赤鬼ジェフ、松葉づえを付いて額には包帯が巻かれている、アイアン・サムレイに打ち負かされた傷が痛々しい。
「囚人房のスカル隊長はどうした!?」
「へい、死にやした・・・・・・」
「ぐぬぬぬぬ・・・・・・」
「見た奴の話では見張り小屋の十数人はほぼ一人の女に殺されたそうです」
「女だぁ!それでおまけにそっくり無事で逃がしちまったのか!」
ガシャンッ 「ぎゃっ」 ラウドの蹴ったゴミ箱が中を舞ってジェフの頭を直撃する。
「このまま逃がしたらラウド一家の代紋に関わる、分かっているのか!?舐められたら商売にならねぇ、逃げた囚人も含めて全員とっ捕まえて明日の朝日が出るまでに必ず吊るせ!!どんな手段を使ってでも見つけ出せ!」
「へい・・・・・・」返事はしたものの部下たちの声に力はない。
「男爵様、私に一つ妙案があります」前に進み出たのは赤鬼の半ほどしかない貧相で顔色の悪い鼠のような男、その名をワンドラティ、見た目通り腕力はないが狡賢く詐欺や泥棒が得意なことからラウドの側近としての立ち位置を得ていた。
「ネズミか、何かいい策があるか?」
「へい、今大々的に兵を率いて村々を蹂躙しては王家の間者に感づかれる可能性があります、エドワード皇太子の禁軍を引き寄せることにでもなれば身も蓋もありません」
「だからと言ってこのままでは済まされんぞ!」
「もちろんです、ですからとりあえず適当な奴隷でも身代わりにして吊るすのです、本命は静かに狩ればいい、ここは後腐れのない傭兵の殺し屋にでも金で任せるのも一つではありませんか、王家に目を付けられるのは得策ではありませんぜ」
「うーむ、確かに・・・・・・運よくランドルトン公爵の乱は誤魔化せた、その混乱に乗じて領地を増やすことも出来たところで悪目立ちするのは避けたい、しかし、裏社会のケジメもまた重要だ、ネズミよ、殺し屋の宛てはあるのだろうな」
「はい、直ぐに手配できます」
「いいだろう、この件はお前に任そう、俺は王都に出向かなければならん、また暫く留守にする」
王都では皇太子の婚礼を前にウェディングラッシュが続いている、貴族各位は毎週のように式に参列しなければならない、それは人食い男爵とて同じだ。
式のご祝儀代だけでも馬鹿にならない出費だ。
この上、今回の騒動で現地調査や監察官が来ることにでもなったら踏んだり蹴ったりだ、被害を最小限に損失を穴埋めしなければならない。
今一番の上客はノスフェラトゥ教団への人身売買、連中のダーク・エリクサーを使って竜化人間を作り、それを売却して利益を得る、イエローアンバーの麻薬を売るよりも遥かに利益がでる、なにしろ原材料はタダ同然、手間も大してかからない。
必要なのは拉致する荒事が得意な人材と少しの医者、そして監禁して置ける留置場があればいいだけだ。
上手く洗脳することが出来れば鴨は自分からやってきてくれる、クロワ侯爵は没落貴族や美容関係から鴨を集めていた、反撃されることのない騙し方だが人食い男爵にとってそれは面倒でしかない。
手っ取り早く貧民や難民、異人を攫った方が早い、アルカディアを売買の拠点としても各地で攫った鴨を輸送するルートが必要だ。
ラウド男爵は王都に出かけながら各地で組織作りのための勧誘を続けていた、金儲けに鼻の効く人間はだいたい分かる、袖の下に幾らか渡してやれば簡単に転ぶ。
そのうちダーク・エリクサー漬けにして引き込めれば思うがままだ。
貴族の爵位などはどうでもいい、最後の切札となるのはやはり金なのだ、この世は、いや、天国や地獄でさえも金次第、金が無ければ家族も守れない、金が権力であり、自由は金で買うものだ、貧乏人は弱者であり敗者なのだ。
ラウドの見る世界において敗者は魂までも金で買われる運命、それが世界の在り方だった。
この時代ヴェンデッタ・エージェント(決闘代行)という職業があった、貴族同士の決闘など本人ではなく代行を立てる事が多く、死に至る決闘ではエージェント同士の対決になることも珍しくはなかったが多くの場合はシナリオがある手品紛いのお芝居だった。
アルカディアのネズミ、ワンドラティの宛ては辺境の砂漠近くを拠点しているマンティコアという組織、彼らにとって強盗や拉致は軽犯罪、金を積まれれば殺人も厭わない過激でリアルな一族だ。
「依頼です、アルカディア、ラウド・ツェペリ男爵からです」
中央の少し豪華な椅子に座った男、口調はゆっくりと穏やかだが耳は擦り切れてギョーザのようになっている、近接戦闘特有の耳、そして丸く落ちくぼんだ眼下に細い目が線を引いている、丸い顔と相まって地蔵のような風貌。
マンティコアの首長、名をリクドウといった。
「ということは拉致ですね、それなら我々ファーストの出番ではありません、セカンドがサードで十分でしょう」
「拉致だけならそうでしょう」
「拉致ではないと?」
「その通りです、アルカディアのマナーハウスが襲われて商品を奪われた挙句に食糧庫を燃やされて兵士の被害もでたそうです、その犯人を抹殺してほしいとのことでした」
「くくっ、人食い男爵が強盗にあったのですか、それは笑えますね」
「なるほど外に知られれば人食い男爵の威厳は地に落ちて商売に触りがでますね」
「そこで私たちの出番ですね、納得いたしました、それで相手は同業者?それとも冒険者?いやもっと大きな組織ですね、敵対貴族の私設軍隊といったところでは?」
黒い御影石の円卓を囲むのは全員が坊主頭であり髭はもちろん眉までもそり落とされ額に様々な家紋のような入れ墨がある。
「情報によれば襲撃者は女二人と男が一人、奴らが攫って行ったのは売買目的の娼婦一人と闘奴一人、ターゲットは五人、その内襲撃者の女一人は重傷だと思われる」
「三人!?しかも女二人?何かの間違いではありませんか」
「いいえ、確かな情報です、やられた兵士のほとんどはこの女によるものらしい、よほどの凄腕だとみるべきでしょう」
「しかし、女とはあまり気乗りしませんね」
「侮ることは危険です、世界は広い、どんな能力をもつ者がいても不思議ではありませんから」
リクドウの目が光る、円卓の六人に緊張が走った、緩んでいた背中を伸ばす。
「とはいファースト全員で当たることもないでしょう、ここはダンダとホウジュのお二人でお願いします」
「御意!」
「ああ、それと出来れば娼婦の女は商品ですので無傷で回収願いたいとのことでした」
少し最後の言葉は匂わせぶりだ、娼婦としての価値ではなくノスフェラトゥに納入するためのものだと知っているようだ。
「なんとも下衆なことだが顧客のリクエストには答えなければならない、教団のいう不老不死は我が一族の教えとは真逆、命とは廻るもの、知識や経験は継がれるものだ、個人が不滅であることに意義はない、それは地の底を這う欲望、何のためにどう命を使うのか、どう死すべきかを問うことが生きる事である」
マンティコアの教えは一族で一つの命、個人はその中の細胞、個人の財産は持たない、家庭もない、子供は一族全員の子供であり、人種を問わず血の絆さえも否定する。
スバ抜けた才能と鍛えられた殺しの技が、その昔より時代の権力者の影となり剣となり暴力と共にあった一族、今は村そのものがマンティコアであり全員が共同生活を送っている。
その中の最強の戦士、円卓の六人が狩りを始めた。




