献花と相談
この当時、国王ジョージ・ラインハウゼンは政教分離の思想を強く持っており、教会が政治的権力を持つことを許さなかった、前時代には教会には武装があり兵が独自に配置されて、庶民は二重の権力に縛られていた。
当然納めなければならない税は別になり暮らしを圧迫する、都市計画や産業改革にも宗教的観念から意見をいう宗教に嫌気がさしていたのだ。
前大戦においてジョージ王は教会の兵団を解体、禁軍として王家直轄の管理にまとめ、逆に教会を監視する地位を与えた、私腹を肥やしていた宗教組織の弱体化を成した。
更に重要だったのは医療改革だ、当時は科学的な治療よりもオカルト的な祈祷や免罪符(教会がお布施の額により発行する神の許し状)の方が、効果があると信じられており、医師の社会的地位は低く低賃金で高リスクのつまらない職業でしかなかった。
そのために医療は改革が進まず、若年層の死亡率は高いままで人口は増えない、国力は上がらない悪循環、一部の貴族や教会だけを潤している封建的な社会の病巣を切り取ることが医療改革だ。
王宮内の墓地に埋葬されたデル・トウローとルイス・ダーヴァインの墓標には毎日違う花が供えられている、王妃ラテラ自らが毎日献花に訪れていた。
同行しているのは聖女グラディ、チーム・エドワードの一人、派遣先の地方教会から戻ったばかりだった。
聖女であり司教でもあるグラディ、その背には四連装短銃を二丁担いでいる銃士でもありチームの衛生兵、医師の役割も兼ねている才女だ。
仕事の多くは腐った教会の監視粛清、神を説くために神を否定し、病人がいれば禁忌の医療を提供する、迷信的な信者からは罰当たりとされる行為であるならなおさらだ。
グラディは医療技術を父ハーディ医師に支持している、その父が治すことの叶わなかったラテラ王妃の病を全快させ、その原因となった暗殺計画を白日のものとして排除した英雄の墓に祈りを捧げていた。
「神薬エリクサー、それは人の作った物なのですね」
「このお二人のお蔭で私は命を救われました、それは奇跡であっても超常現象などではなく、二人の知識と技により作られた薬、二人が愛する娘のために心血を注いだ薬、ティアちゃんから奪ってしまった命をどう返せばよいのか、毎日、墓標の二人に問いかけても答えがみつかりません」
「なにより王妃様が無事だったことが国にとって大事です、もしもの事があってはまた国を割ることになりかねません、冷酷なようですが王妃様の命は個人のものではなく国民全員のもの、これは皇太子妃となられるフローラ様も同じです、特にフローラ様には慎重になって頂かないと」
「ふふっ、あの娘はなかなか賢い、人の気持ちを理解しています、私はあの無鉄砲なところを失くしてほしくはありません」
「お父様が聞いたら、昔の王妃様そっくりだと言いそうです」
「今となっては懐かしいです」
「でも、肌の張り、髪の艶、皺なんて一つも無くて、本当にお若い、父が昔のままだと驚いていたのは本当でした」
「エリクサーのお蔭ですね、デルさんは嬉しい副作用だと言っていました」
「でも・・・・・・」ラテラは墓標を振り返る。
「水銀による症状も収まった今、私はこれ以上、若返り目的でエリクサーを飲むことはしません」
「はい・・・・・・」
「私は夫と共に年を重ねて来ました、その年月に悔いはなく誇りです、若返ることにだけにエリクサーを使うのは、ジョージと共に戦い過ごした月日を否定するようで嫌なのです、人はいつか輪廻の環に帰り次の生に旅立つのだと信じています、神とはそのためにあるのでしょう、違いますか、聖女グラディ」
「仰る通りです、ラテラ様」
「ですがこの様に考えられるのは私の人生が充実したものであったからに他なりません、世の中には不幸や辛酸が満ちています、世を呪う者が多い、そのような者たちがエリクサーの奇跡を欲するのも当然、正しく使わなければ神薬エリクサーも麻薬も同じになってしまいます」
「はい」
「聖女グラディ、貴方に残りのエリクサーを全て渡します、そしてハーディ医師が知り得る製造技術も一子相伝として外に漏れることがないように管理してください」
王宮でも一握りの者だけしか知らないエリクサーの保管場所、その鍵をグラディに託す。
「謹んでその任を御受けいたします」片膝をついて鍵を受け取った。
「デルさんが言うにエリクサーとは彼の地の神獣の乳なのだそうです、途方もない話です、でもそうでもなければ神薬は存在しないのでしょう」
「エミーさんとはお会いになられましたか?」
「本当に瓜二つ、世俗の事に神は関与しないと聞いても運命を感じてしまいます、ですが話した印象はフローラとは真逆、まるで氷と炎ほど違うように思えました」
「そうですね、あの目で測られると少し怖くもあります」
「彼の地を目指す旅の前にまた会えるとよいのですが」
「やはりムートンでの結婚式には参列出来そうですか?」
「なんとか隠密裏に参列できるように画策中です、警備が大規模になると式そのものが成り立ちません」
「ぜひ、きっと良い式になります」
「ムートンでの式では貴方が司祭を務めて頂けるのでしよう」
「はい、未熟者ですが仰せつかりました・・・・・・ああっ、どうしよう、思い出したら緊張してきました」
「緊張して飲み過ぎてはいけませんよ、テキーラ・グラディ」
「いやあ、さすがにエディの、いえ皇太子の結婚式で飲み過ぎは・・・・・・笑えませんから」
「あら、飲まないではなくて、飲み過ぎないなのですか」
「ええーっ、飲まないってそんな殺生な!」
「冗談です、でも程々にしないと身体を壊しますよ」
「あっ、はいー」
「グラディ、エドとフローラのこと、よろしくお願いしますね」
「はい、お任せを!」
「墓前でする話ではありませんね」
「いいえ王妃様、故人に祝い事を報告するのは司祭の務め、不敬な事ではありません」
「実は式の事でフローラから提案を頂いているのですが、エミーに関することで」
「伺いましょう」
・・・・・・
「それ、すごくいい!ぜひ見たいわ」
「エミーが何と言おうと絶対に実現させたいのです」
「グラディ、デルさんたちも賛成してくれていますよ」
墓標の周りに青い若芽が土を割って頭を出していた。




