海と空の邂逅
先程まで大凪だった海が荒れ狂っている、船のデッキの高さを越える波が船体を打ち付ける。
急坂の上り下りを繰り返す船は、もはや何かに掴まっていないと海に放り出されそうだ、止めていなかった樽が転げまわって海に飛び込む、巻き添えをくった船員が数名負傷したようだ、悲鳴と助けを呼ぶ声が交錯する。
「公爵様!海がっ、何なんだこりゃぁ!!」
海の中から螺旋の渦が空に向かって伸びてくる、うねうねと巨大な蛇のような水柱が突き出してきた。
ゴォォォォォオッ 水の渦に空気が巻き込まれて不気味な音を立てている。
海中に稲妻が走る、暗い水底にバチンッ バチンッと火花が散る。
「どうなっている!?おかしいぞ、渦が海中から伸びてくる、逆だ!」
「公爵様、危険です!船内にお戻りください!」
「何が起こっているのですか、天変地異!?神の降臨?」
渦巻く水柱が育つ、水面上に伸びたストローが見る見るうちに太さを増していく。
「渦に巻き込まれるぞ!逃げろ、奴隷共を全員叩き起こせ!全力で漕ぐんだ」
全長百メートル近いガレオン船がギシッキシッと軋む、舵を無視して水流に巻き込まれていく。
「船長!?」こんどは何だと船員が指さした方向は空!
仰ぎ見た天空から海中同様の蛇が伸びてきている、黒い渦はまるで宇宙から伸びてくるように始まりが見えない、星が吞まれていく、星空が暗転して暗闇が世界を支配した。
ギギギギギッ バキッ 船体の何処かが折れて吹き飛んだ。
ゴウゴウッ ゴアアアアアッ ザババババッ 水流に乗ったガレオン船が加速していく、もう脱出不可能だ。
「クロワ様!!」「フレディ!」
二人の目の前に迫った水柱は既にガレオン船の大きさを超えている、近づくほどに水飛沫と強風の嵐が船体に叩きつける、ガキンッ バキキッ バササササッ 折れたマストが竜巻の中に吹き飛ばされた、空中に何かの残骸が飛び回る。
「これは凄い!!」クロワ侯爵はどこか楽しそうだ。
「何という光景、正に天と海の邂逅!我々は今神々の営みを見ている、素晴らしい!」
大きく両手を広げて船首へと歩いていく、その顔は喜びに満ちている。
「クロワ様、危険です、どうかお戻りを!」
執事フレディが制止するがクロワの眼には映らない、魅入られたように邂逅の渦へと近づいていく。
船首が渦に触れた! バキャッ 凄まじい圧力に粉々に粉砕されて救い上げられていく、人間が吞まれたら原型は留めないと思われた。
螺旋の渦の中を様々なものが通過していく、金属の大きな葉巻型の物体、それよりは小さい十字型の何か、船らしき影も見える。
まるで渦の中は通路だ、海中から現れて天空へと舞い上がっていく。
「おおっ、神よ・・・・・・」
クロワ公爵の足がデッキを離れた。
「いけません!クロワ様―っ!!」
引き留めようと飛びついた執事フレディ諸とも二人は螺旋の渦に巻き込まれて天空へと消えた。
ガレオン船は船首から破砕機の渦に突っ込むと文字通り木っ端に粉砕されて渦に呑まれた。
神の邂逅は僅か十分程度、空中で渦は途切れ徐々に細くなり蛇は海中と天空へ、自分の住処へと帰っていく。
後には大凪の海に満天の星空が瞬いていた。
巨大な機体は見た目通り鈍足だ、千馬力のエンジンを六基も搭載しているのに最高速度は二百五十キロ程度、アヒルを撃つようなものだ。
マット・サンダース軍曹は一撃目でMe三二三ギガント一機を海へと葬った。
「護衛機がいない、義勇兵師団だな」
ドイツ在住の外国人部隊といえば聞こえはいいがナチスからすれば処分すべき人間の再利用に等しい、通常なら山岳猟兵師団として厳しいアルプス戦線に送られる、今は枯渇した兵士の穴埋めに砂漠戦線へと投入されるのだ。
「奴ら家族を人質に取られたも同然の境遇だからな、死地と分かっていても行かざるを得ないのさ」
僚機のグレン・マクガイヤー軍曹が隣に上がってくる、無線の感度は良好だ。
「燃料と弾丸はどうだ?」
「あと一撃で空だ!」
「ソロモンに帰りてぇな、ゼロが懐かしいぜ」
「ああ、ここは血の匂いがしない、生きている実感がない」
「マット、イエロージャップを覚えているか?」
「忘れるはずはない、空のサムライ、あいつはゼロの翼で体当たりしてこっちの翼だけを切り落とした、目の前で見た、あんな奴とやり合いたい」
「カミカゼもそうだが、奴らとの戦闘には命の実感があった、今落としたギガントには百人以上乗っていただろう、百人を殺したのにその重みがない、命の実感がない・・・・・・つまらん」
「ああ、同感だな、ヒリツクようなアドレナリンの沸騰がない」
「中毒だな、戦闘中毒だ」
「これなら地上を這いずり回っている歩兵の方がマシだったかもしれないな」
「今から地上部隊に鞍替えしても配備されるころには戦争は終わっちまうだろうよ」
「俺達は死神に魅入られた、もう真面な人生は歩けやしない、死ぬなら前のめりに戦って死にてぇよな」
「どうやって死ぬか、生きるってことは死ぬ事と同意だ、ジャップは良く分かっている」
「あのギカントに乗っている歩兵共は最低だな、こんな死に方は無意味だ」
「もうこの戦争は終わりだ、退役したらどうする?」
「これじゃあ生き残っちまうよな、どっかに戦争があれば傭兵にでもなるかな」
「無理だな、暫く戦争はない、警官にでもなってマフィアでもぶっ殺すか」
「それも悪くないが、どうせなら空で死にたいぜ」
「そりゃあ贅沢だな!」「ぬかせ!グレイ、行くぞぉ」
グワオオオオッッ 液冷V型十二気筒エンジン千百五十馬力が吠える、高度五千まで上昇すると急角度でステックを倒し反転急降下、ギガントの列に向けて突っ込む。
機首の十二・七ミリ機銃が火を噴く! ギィン ギンギンギンッ 着弾の火花が空を焦がす。
ギュワワワワワーッ 巨体の脇をすり抜ける、銃座か発砲してくるが三百キロメートルも速度差があっては偶然にも当たらない、すれ違いざまに機体を覗くと小窓に兵士の顔が見えた、こっちを見ていないような気がした。
「!?」
ゾクリッ 急に外気温が下がった、すぐ横に渦が迫っていた!
「ヘイ!マッートッ!!なんだありゃあ、ヤバイぞっ!!」
雷雲か、違う、竜巻なら垂直方向、縦に伸びるはずがその渦は横にも大口を開けて迫ってくる、まるで巨大な空のワームだ。
「グレン!どこだっ、無事か!?」
「駄目だ!エンジンストール!吸い込まっ・・・・・・」良好だった無線が突然失われた。
「グレンッ、グレンッ、おい、応答しろグレン!クソッ」
抗えない空気の流れ、マット軍曹の乗機する連合軍のウォーホーク戦闘機はトンネルのような渦に飲まれてその暗闇に姿を消した。