EP8 家族
「どうかな?」
「……」
不満そうな顔をする真人に恐る恐る問い掛ける佐花。もともと家に帰ったときにはすでに元気な顔ではなかったが、さらに悪化してしまった。
「何か言ってよ、怖いなぁ」
「……似合わないと思う」
鏡の前で呟く真人。スカートのフリル部分を何度も何度も引っ張っている。
佐花が帰ってくるなり真人は服を脱がされ買ってきた服に着せ変えられていた。
表情から察することができるとおり、あまり気に入ってはないようだ。
「そんなことないよ! 私からみたら本当に天使みたいな可愛らしさで包まれてる!」
「まぁ、多分ホントに天使なんだけどさ……」
「ん? なにか言った?」
「別に」
小言を垂れながらも一回転をする。全体を見渡すとさらに不機嫌な表情になる。
「スカート……丈短くない?」
「えっ? 最近はこのぐらいが普通なんじゃないかしら?」
真人の中では膝下が基本的なものと思っている為、膝上であると若干違和感を感じているようである。というよりもあまり肌を露出したくないだけなのだか。
佐花の購入してきた洋服は全て最近の流行のものである。対象は中学生向けであるため、その点でも差異を感じているようだ。
男であっただけに女性――というよりも女の子の服を着るのに抵抗を感じずにはいられない上に、さらには少々子供っぽすぎる。
そもそも、帰ってくるなり真っ裸にされ、無理矢理着せられたことによりむくれているのではあるが。そこに佐花は気付いてはいないようだ。
「ごめんね……真琴ちゃんにはちょっと気に入らなかったかな? あぁ、私センスないのかなぁ」
「あ、いや、その……」
本気で落ち込んでいる佐花を見て少し動揺する真人。やはり、善意での行為にケチをつけることは彼には無理なのだろう。すかさず、フォローを入れてしまう。
「だ、大丈夫ですよ。私、気に入りましたから。ほら、ちゃんとサイズは大丈夫ですし」
「……本当に? 無理しなくてもいいのよ?」
「いえ、本当にありがとうございます」
「そ、よかった。じゃ、今日からは買ってきたヤツを着てね。でも、まだそんなに数がないから近いうちにその羽をなんとかして買いに行きましょ」
「あ、はい。ぜひそうしましょう」
「って、やっぱり気に入ってないじゃん!」
「あ、いや、違くて……その……」
またまた凹んだように体を丸める佐花。本当はそんなに気にはしておらず、ただの冗談なのだが、真人には酷く落ち込んでいるように見えていた。
真人は変な気づかいを払い、佐花にあれこれ言うが、佐花はその様子をおもしろがり、しばらくは落ち込んだふりを続けていた。
「なんかね、家族が出来たみたい」
佐花がついでに買ってきた昼食のカップ麺を食べながらそう言いだす。真人は、口にくわえた麺をたらし目をむける。
「え? どういう意味?」
「え、も何もそのままの意味よ。ずっと独り暮らしだったからね」
「あ……」
そういえば、と今更になって思う。佐花は独り暮らしなのだ。それに割に合わない家だったので他にも誰か同居者がいるのかと真人は思っていたが、まだ誰も見ていないことからもそうではないとわかる。
「あ、ええ……やっぱりね、この歳で独り暮らしは結構キツいのよ。最近じゃ普通だけど寂しいってのはどうしようもないからね」
「……失礼かも知れませんが、佐花さんって何歳ですか?」
「ん? 確か21だけど」
「えっ!」
あまりにも大人びていたため真人はそれ以上に思っていたのか、予想外に驚いてしまっている。その反応を見て頬を膨らませる佐花。
「……本当に失礼ね」
「すみません」
「いいわよ別に。そっちこそ何歳よ」
「あ、えっと……一応18です」
「一応?」
真人の記憶に残っているのは18年間のものだ。しかし、今は3年後のため、実際は21歳なのだろうかと悩んでしまったため曖昧な返答になってしまう。
――あれ? じゃあ佐花さんと産まれた年は一緒なんじゃ……。
「あなた、一応とか言ってもそれはごまかせないわ。その見た目で成人誌を読んでたりしたら間違いなく私なら注意してるわよ」
「いや、でも本当ですよ?」
「嫌だ! 認めないわ、絶対!」
あまりに若々しく見える真人に若干の嫉妬を感じているようだ。自分が老けて見られただけに、それが羨ましく思えるのだろう。
「……じゃあ何歳に見えるんですか?」
「よくて14歳」
「ひどくないですか!」
「悪くて10歳」
「もう聞きたくないです」
と、耳をふさぐ真人。
「ま、あなたが本当に歳をとるのかなんてのは私にはわからないからなんとも言えないんだけどね」
「あ、そうでした……」
「あっ、ごめんなさい。デリケートなこと言っちゃったかも」
「いや、大丈夫です」
実際のところ真人自体もよくわかっていないことが多くあるため、気にするほどではない。本当に気にしていない真人を見て佐花も安心した。
「ま、でもとにかくさ、私たちもう家族だよ。だからね、その堅苦しいしゃべり方止めよっか」
「え?でも……年上だから……」
「あなた、家族にまで敬語使うようなタイプ?」
言い終わってから家族とかいるのだろうか、と考えてしまったが取り返しはつかないためそのままで会話を続ける佐花。
「違いますけど……」
「じゃ、タメ口でいいじゃない! 私はむしろ友達感覚でしゃべりたいのよ! ね、だから?」
「あ、えっと…」
佐花の押しの強さにどぎまぎしてしまう真人であったが、仕方ないと言わんばかりにしゃべりだす。
「わかったよ、佐花さん」
「違うわ、それも直してよ。さん付けなんて鳥肌が立つわ」
「じゃあ……佐花?」
「うーん……名前で呼んで欲しかったんだけど……最初ぐらいはそれでもいいわ。この名字は嫌いじゃないし」
その言葉を聞き、ほっと胸を撫で下ろす真人であった。
「……さ、佐花」
「ん? なに?」
さっそく呼び捨てをしてもらえたのがうれしかったのか、ニコニコとした笑顔で答える佐花。
「その……仕事ってなにをしてるの? もしかして大学生?」
「……」
さっきまでの笑顔が急に暗くなる。それを見た真人は聞いてはいけないことだったと胸の中で後悔した。たまらず顔を下に向ける。
うつむく真人に佐花はいつもの笑顔で返す。
「いや、別に気にするようなことは言ってないわよ? ただ、ちょっといろいろと言いにくいことがあるって話だから……ほら、あなたのことだってよく知らないしね? お互いに知らないことはあっても良いと思うのよ。だから……」
「うん、そうだね」
もしかしたら……売春など、表向きには言えないことなのかもしれない、と真人は考えた。それぐらいしないとこんな家に住むなんてことは到底女性には出来ないと知っていたからだ。
だが、真人が来てから佐花が外に出たのは服を買いに行った時だけだ。つまり、金を稼いでいるのかも怪しい。
しかし、真人は少なくとも居候の身、主人の嫌がるようなことに口出しするのは言語道断であろう。
「うーん……なんか暗くなっちゃったね。ごめんなさいね」
「ううん、私が悪かったよ」
「とにかくしばらくはお互いを詮索するのはやめておこうか」
「うん」
不思議だ、とお互いは思った。家族みたいだ、と言いながらも隠し事だらけだとお互いにわかっている。それでも家族と言えるのか。
しかし、二人にはお互いに言いたくないことがあるのも事実。距離をとっておかなければならないこともあるのだ。
「ラーメン、のびちゃったわね」
「うん」
「まだ食べる?」
「うん」
本当は胃袋が小さくなったため、半分でも十分な真人だったが、今は少しでも時間を持たせたかった。なにか食べていないとこの重い空気の中、しゃべらないといけないからだ。
佐花もそれをわかっているため、食べることに専念し始めた。
二人は少しだけ伸びた麺を食べながら思う。本当の家族になるのは、他人同士には難しいものだと。いつまでも少し距離をおいた関係のままであるのではないかと。
ましてや一人は天使。存在すら違うもの達なのだから。
暗いですね内容が。
だいたいこんな小説なので全体を通してギャグやコメディは少ないと思ってください。