EP40 第三勢力
《臨時ニュースをお伝えします! 本日午後15時より、国内における主要施設に謎の集団が押し寄せる事件が発生中です。国民の皆様はくれぐれも外出をしないよう心がけてください。なお、謎の集団は以下の施設に発生しているそうです。近隣の住民はとくに警戒を強めてください――》
「国立議会所? なぜそんなところに」
「わからないのかい? 政治的施設だからさ」
「意味があるとは思えないんですが」
「場所自体に意味はないさ。ひたすら目立てばいい。それにわかりやすさも重要だ。多くの人間が注目すれば、するほどそれでいい。今の社会に不満を抱いている女性は多いんだ。賛同は得られやすいだろう」
「こんなことに自体に意味はあるんですか」
「僕はないと思うね。たぶん、それは彼女たち……いや、彼女たちのボスが一番わかっているはずだ」
「なら、なんで……」
「……着いたよ。ここから中に入られる。反対側は騒がしいな。実に面白いね」
「……」
「君はついて来るだけでいいんだ。大丈夫、彼女は間違いなくここにいる」
「なんでわかるんですか」
「それは、あってからのお楽しみさ」
国立議会所は日本の政治の中心を担っている国立施設だ。普段ここでは国議会と呼ばれる、さまざまな決定のための会議が行われる。
その国立議会所は今、謎の集団に占拠されてしまっていた。その集団ははためから見てもわかるとおり女ばかり。事情は誰もが察していた。
それ先導をしているのは黒スーツの男。そして傍らにいる佐花とアリサだった。
「案外あっさり行ったわね」
「ええ、これもアリサのお陰です。彼女が詳しく下調べをしてくれたからです」
彼らは大勢の人間を連れ、それを阻むにはあまりにも頼り無さ過ぎる小数の警備兵たちをいとも簡単に押しのけ進んでいく。
まっすぐと向かう先は中央会議室。一般の人間でもテレビで見たことがあるほどに有名な会議風景を作り出している場所だった。黒スーツの男は入るなり中央にある議長席に立つ。そして大きく右手を上げ、仲間たちに告げた。
「私たちの復習はこれから始まる! もう引き返すことは許されない! 勝ち取るのは自由だ! 皆、力をあわせともに戦おう! 私はあなたたちとともに本当の自由を手に入れることをここに誓う!」
大きく湧く歓声。クーデターをもくろむ彼女たちのテンションは最高潮に達していた。
占拠することが彼女たちの目的ではない。次のステップに滞りなく移っていた。用意するのは撮影機器。そう、全国にこの様子を放送しようとしているのだ。
本来なら映像を差し止められ、公共の電波に乗ることなどはありえない。しかし彼女たちは準備を進めていたのだ。テレビ局にもまた、仲間が潜り込んでいる。そして、仲間はどんどん増えていくのだ。世の女性たちは不満を抱えている。誘うのは簡単だった。局内の女性はいつの間にかほとんどが共犯者となっていたのだ。
《皆さんこんにちは。私たちは……そうですね、解放党とでも名づけておきましょうか。私たちは、世のあなたたち、不当な扱いを受けている女性たちを解放するためにここに立っています》
放送はまもなく始まった。各地の占拠風景が報道されている中、テレビを見ている人は多かったので、すぐに多くの人の目に留まった。
《ご覧ください。ここは国立議会所です。今ここは私たちが占拠しました。普通ならばこんなこと簡単にできません。しかし、私には、私たちには仲間がいる。だから成しえた。今この国の人口は女性のほうが多い。なのになぜそこまで肩身の狭い思いをするのです? 動き出せば、このようになんでもできるというのに!》
カメラの前で演説をする黒スーツの男を傍らから見守る佐花。この作戦に全面的に協力はしていたものの、どこかその表情は晴れない。それもそのはずだ。彼女が欲しいのは自由などではない、目先の幸せ、真人との再会だったからだ。
本当にこのようなことで真人が取り返せるのか。それはわからない。ただ、彼女たちの言葉に乗せられて協力したに過ぎないのは自分でもわかっている。それでもやめないのは自暴自棄に陥っているからなのかもしれない。
「協力がもっと大きくなれば……神原もどうにかなるかしら」
そんなことを考えているときであった。
「ずいぶん元気そうだね佐花美咲」
そう、大きく呼ぶ声が上のほうから聞こえた。それは二階席のいつの間にかに現れた人影から発せられるものだった。よく見えなくてもわかる。その声を聞いただけで、鳥肌が立つ。寒気がとまらない。憎悪が蘇る。佐花の恨むべき対象。
「神原……」
「久しぶりだね、佐花美咲」
その異常事態に気が付いた黒スーツの男は一時演説をストップする。カメラも一時停止した。そして佐花と一緒になり神原のほうへと向く。
「神原さん、でしたっけ。前に一度お会いしましたよね」
「ああ、そうだったかな。うん覚えているよ」
「……一応聞きましょうなぜあなたがこんなところにいるんです? 警備はすべて払いましたが、そのかわりに私たちの仲間がいたはずです。いくらあなたがなにかしようともこの中央会議室にそう簡単に入って来れるとは思わないのですが」
口調は柔らかいが口元は笑っていない。相変わらずサングラスで目線は隠しているがそれでも威圧していることは神原でも感じ取れるほどであった。
なんせ彼女たちにとってはありえないのだ、部外者が簡単に入ってくるという状況は。ここに投入された人数は全部で10万人のうち1万人。外から中までくまなく見張り、警備している。いくら裏道があったとしてもここまで来れるのはありえない。ありえるとすれば、その警備を正面突破することぐらいだ。
「ああ、安心してくれ、まだ誰も傷つけてなどいないから。それに、佐花美咲には土産を持ってきた」
「土産?」
「ほら、出てきていいよ」
神原は背中のほうに手を回し、一人、その前へと促した。そこに現れた姿は佐花の探していたもの、東雲真人だった。うつむき不安そうにあたりを見回し、最後に視線を佐花へと向けた。
「佐花……久しぶり」
「真人! 本当に真人なの! ……嬉しい。またあえて嬉しい。――ただ、こんな状況でなければね」
「……」
実際、真人もここへ連れてこられた理由はわからない。もちろん佐花にあわせるというのもあるのだろうが、それはあくまで副産物的なものだろうとそれぐらいわかっていた。だから、腹の読めない神原を怪訝に思っていた。どちらが味方側なのかよくわからない。
神原は勿体つけるように話始めた。
「わかる。わかるともきみたちが今何を思っているか。僕が何を企んでいるか気になるだろう。もしたしたら今にもこの頭を打ち抜いてやろうとでも思っているかもしれない。まあ、君たち以外は私のことなどなんとも思っていないだろうが……そうだね、だけど不審者なのは間違いない」
「そのうるさい口をいますぐ閉じていただきましょうか。いや、そんな余裕は与えてやろうとも思いませんが。どうやって入ってきたのかわかりませんが、今すぐ私たちの仲間をそちらに差し向けあなたを拘束します。いくら無害であろうと、真人さんを奪い返すことも佐花さんとの約束なのでね。いまのうちに仲間にいれてもらう口実でも考えておくといいでしょう」
黒スーツの男は引かない。今彼はもっとも士気があがっているのだ。気後れするようなことはボスとしてありえない。そう強く思っている。
だが、それをあざ笑うかのように神原は一歩前に進んだ。
「大丈夫さ。その仲間もほとんどいなくなろうだからね」
「なにを言って……」
神原はリモコンのようなものを取り出す。そしてそれを見せ付けるかのようにスイッチを押した。次の瞬間視界いっぱいに赤い霧が現れた。どこからともなく噴射される霧は瞬く間に部屋中を覆っていく。いたるところから咳き込む声が聞こえはじめる。だがそれは次第に悲鳴へと変わっていった。
「うがああああ」
「く、苦しい……助けて」
「はあはあ……」
「……」
霧が収まるころにはあたりは静かになっていた。そしてなにより、霧が出る前よりも視界が広くなっていたのだ。それはそうである、立っていた人間がすべて床に倒れているのだから。倒れている人間の真っ赤な霧を浴びた衣服はまるで殴りあいをしたかのように染まりあがっていた。
「な……なんだよこれ」
初めに声を出したのは真人だ。いや、声を上げられる人間はほとんど残っていなかったためそれは自然でもあるといえる。この部屋で立っていたのは真人、神原、そして……。
「佐花美咲、だけか」
ぽつりと、つまらなさそうに神原はつぶやいた。
現実の施設の名前を出すかどうかかなり悩んだのですが、やはりフィクションとして扱いたいのでやめました。
国会議事堂みたいなところと思っていただけるとありがたいです。
ただ内部構造は違っているため、内容どおりに保管していただきたいです。