EP37 追憶の塔で
令状が受理され、ついに神原製薬への家宅捜索が決まった。蔭山は連続殺人事件と関係あると言い張り、無理やりそれに加わることとなった。
そしてもう一人、東雲真宙。
「蔭山さん、なぜ今私たちが神原製薬に?」
「……つい先日、神原が一般人に向かって発砲したという情報が入った。殺人未遂による家宅捜索を行う」
「しかし、私たちの担当は連続殺人事件で……」
いきなりのことに戸惑う真宙。彼女にはもちろん神原製薬と連続殺人事件の関連性など心当たりがない。蔭山はそれを承知した上で真宙を連れてきたのだ自らの予想を話すために。
「神原製薬が匿っている天使、お前は知ってるな」
「はい。一種のカルト教団の偶像となっているとか。あと、彼女はまだ子供が産める身体だとか……のあれですか」
「あぁ。そうだ」
「それがなんの関係が」
「俺はお前を天使に会わせたいんだ」
「なぜですか? 私が今探さなければいけないのは……」
「これ以上は言ってもわからんだろう。いや、もったいぶっておきたいんだよ。俺はそういう性分だ。ほら、行くぞ」
「はい……」
合計20名の軽武装した警官隊が神原製薬の扉をあける。一般社員たちは何事かとこちらを驚きの視線で振り向く。
「家宅捜索だ。大人しくしていてくれ」
蔭山は令状を見せながら言う。神原製薬の社員たちはおそらくカルト教団のことについて言われるのだろうかと思っていたが、神原の銃所持についてとは夢にもおもっていなかったようだ。
どうやら神原の単独行動だった可能性が高い。蔭山はそう踏んだ。しかし、蔭山にとってはあまり重要視すべき点ではない。今はただ神原を探したいだけだ。
蔭山は社員に神原の所在を聞く。社員たちは最上階にある社長室だと答えた。蔭山は各階の捜索は他の人員に任せ、真宙と二人で社長室へと向かった。
エレベーターの中で真宙は言う。
「蔭山さん。あなたはなにを考えているんですか。新人の私が口を出すのは生意気かもしれませんが……いきなりのこと過ぎて私にはなにがなんだかわかりません」
「そうだな。だが、これはチャンスなんだ。奴を洗いざらい調べあげるな」
「確かに彼は怪しいことをしてるかもしれません。でも天使は殺人事件にはなんの関係も……」
「あるんだよ、俺の勘が言ってる」
「そんな……」
「ついたぞ」
最上階の社長室は大広間になっており、エレベーターの出口から直接入ることが出来るようになっていた。
神原はいなく、そこには一つだけワークデスクがあるだけだった。
部屋の左右にはいくつか扉があり個室があるように見受けられた。
「お前はあっちを見ろ。あと拳銃は構えておけ」
「はい」
二人は別れて神原を探す。一つ一つ扉をあけ、その中を確かめる。蔭山の側の一つは寝室。仮眠室とも言えるだろう。次はトイレ、バスルーム。もう一つはクローゼットルームだった。
「いない、か」
「蔭山さんこちらに……」
「なんだ」
蔭山は急いで真宙のほうに向かう。そちら側には扉が二つあり、真宙は一つの部屋に招く。
そこの扉は作りが他のものと比べ落ち着いた装飾になっていた。いざ中を覗くと、寝室のようになっていた。だが、神原のためのものには見えない。少し可愛らしさのある部屋になっていた。まるで娘のために作ったかのような部屋。
「蔭山さんここってもしかして」
「……あぁ。多分天使のための部屋なんだろうな。だが、もぬけの殻だ」
「逃げられたのでしょうか」
「さあな」
蔭山は部屋の中を見渡す。全体的に片付いていてどうも生活感がない。あまり利用していなかったのかもしれない。見た目よりも窮屈な部屋なのだろう。一応銃が隠されていないか全部屋確認する。しかし、武器庫のようなスペースは確認できなかった。ここで収穫できるものはなにもなさそうだ。
捜索を終え部屋から出ようとする。そのとき蔭山に電話が入った。捜査員の一人からだった。
「どうした」
「蔭山さん、すぐに来て下さい。隠し部屋がありました」
「あん?」
早急に向かう蔭山。場所は一階。非常階段の踊り場だった。階段の裏に地下への入口があった。
会社内にいる社員に聞いても知らない。はじめて知ったとしか言わない。嘘を言っているようには見えなかった。
社員も知らない神原の秘密がここに――。
「一応警戒しろ。潜入開始」
武装の堅い捜査員から入らせていく。蔭山たちは何人か行ったあとからついていく。暗い入口になっており、非常灯だけの階段に廊下が続いていた。さらにいくらか奥に進むとエレベーターが二つ。片方ずつに入り降りていく。
どれくらい降りただろうか。かなりの高さの違いを感じていた。一階や二階どころではない。地下100メートル以上は降りただろう。直に最下層に着く。
「行くぞ」
エレベーターの扉が開く――そこは逆に真っ白で明るい廊下が続いていた。左右に小部屋があり、まるで病棟のような造りになっている。
「蔭山さん、ここは」
「……わからん、わからんが――人の気配がしない。やけに静かだ……」
蔭山が合図を送る。そして捜査員の一人が一番手前にある部屋の扉に手をかける。全員に緊張が走った。捜査員ゆっくりとその手を引いていく。
開かれた扉の中にあったのは信じられない光景だった。
「……なんだこれは」
「か、蔭山さん……き、気分が……うっ」
「東雲、落ち着け!」
彼らが見たものは、培養液に満たされたガラスケースに入った、幾つもの「何か」であった。
その何かは人のような形をしているが、腕がなかったり目が飛び出していたり、歪な形をしていた。だが、ベースが人だということを認識出来るくらいの原型が残されているのだ。
真宙を含めた捜査員の多くは口元を手で抑え吐き気を堪えていた。
「……神原め、人体実験か!」
実質神原がここまでするとは思っていなかった。奴は製薬会社の人間だ。するとしても薬の実験くらいだろうと思っていた。まさか、人体を改造するようなことに手を出していたとは――。
蔭山は思い出す、天使の身体についたいくつもの注射跡を。やはり、奴は狂っていた。蔭山はそう認識した。
「しかし、何の実験だこれは……他の部屋も見るぞ」
蔭山は一人次々と捜索を続ける。他の捜査員はやる気を削がれほとんどが待機していた。
二つ目の部屋も似たような惨状。手術台があり、なにかをした後が残されていた。その次の部屋も、またその次の部屋も。
「神原。もう奴を擁護する理由はない。見つけしだい確保する……」
蔭山は怒りに満ちていた。彼の中の強い正義感は人の命を弄ぶものを許さない。
しかし、一つ疑問を感じていた。培養液に浮かぶ何かの多くが女性の身体をしていたからだ。だが、彼の中ですぐ答えは出る。あくまで予想の範疇であったが、奴が天使に固執していたことからも――。
次の扉を開こうとする。しかし、そこで扉に書いてある文字に気が付いた。そこには「佐花美咲」と書いてあった。
「佐花美咲……名前か。女の名前……どこかで聞き覚えがある」
思い出す前にその扉が開かれる。そこは最上階にあった天使の部屋のような女の子が住みそうな部屋だった。ただ、違うのは少し派手目の内装、そして、
「なんだこれは、ぐちゃぐちゃじゃないか」
荒らしに荒らされた家具類だった。中心にあった布団は引き裂かれ羽が辺りに散りばめられ、枕からも綿が飛び出している。棚と呼べるものは全て倒されており、中身も散乱していた。本もいくらか破かれたものがそこらじゅうにあった。
「真実を知り、己の人生に絶望したのですよ――」
「誰だ!」
背後、入口から声がした。蔭山は銃を構え咄嗟に振り向く。しかし、そこにいたのは少しくたびれた初老の男。身なりは整っているがどこか哀愁を漂わせている。敵意は感じられない。
「すみません。驚かせてしまいましたか。わたくし、榊御影と申します」
「――何者だ」
依然銃を向けて問う。しかし、榊はまったく怯えもせず答える。
「ここの従業員ですよ。製薬会社の人間であって、そうではない。そんな者です」
「……神原の仲間か」
「いえ、今はそうは言えないかもしれませんね」
「は? どういう意味だ」
「神原様は、もうここを出られました。もう……戻って来られることも出来ないでしょうがね」
「……なにを」
「私は反対していました、心の中で。元々私たちが求めていたのはもっと綺麗な理想……手段を選びたかった。しかし、彼はもっとも手っ取り早い方法を次々と進めていきました。わかっています。私たちが彼を作った時点で歯車は狂い出していたのですから」
「おい、貴様さっきから何を」
「ここは子供部屋です。中身は私がデザインしました。なるべく今までのストレスが抜けるようにと最善を尽くしたのですがね」
榊は向けられた銃をものともせず部屋の中に入っていく。そして片膝でしゃがみ床に散った布団の羽を広い指先でくるくる回す。
「彼女は最後酷く荒れていました。しかし、よかったのですこれで。私はこれ以上彼女を利用したくはなかったなるべく普通の人間として生きて欲しかった。……神原様を裏切ったのですよ」
「説明しろ。一人物思いに耽るな」
「わかっています。私はもうすべてを話しましょう。私たちの実験のこと、神原様がなにを目論んでいるかを。そして……」
榊は立ち上がる。そして物憂げな表情をわざとらしく振りまきながら蔭山に言った。
「あなたたちが今しなければいけないことを」