EP35 もうひとつの可能性
「わかってるとは思うけど、実験台ってのは、君のよく知る人物だ」
「……佐花ですね」
「あぁ。あのこの家は僕から彼女へのせめてもの罪滅ぼしだ。いや、本当はそんな気持ちなんかないけどね」
「わかってますよ。形式上とかそんなんですよね」
「そう。まぁ、これで彼女が街中で一軒家なんかに住んでいた理由がわかっただろう。あと、生理用品があの家にあった理由も。そうさ、あの家に住みはじめた当初は彼女はまだ生理があったんだ」
「最後の一人って佐花のことだったんですか」
「ああ。察しがいいね。そうさ、最後の一人は人為的に守られていたんだ。だけど、わかるよね天使。ニュースなら見たはずだ」
「最後の一人も生殖機能を失った」
「そう。僕らは定期的に彼女を検査していたが、突然生理が来なくなった。外に出た途端さ。だけど、一つ新しい可能性が出てきた」
「……」
「誤診だった、ってことさ。彼女は未だ子供を産める身体かもしれない」
「なぜわかるんですか」
「いや、それを今から調べるのさ。天使、一つ質問いいかな」
「は、はい」
「君は佐花に言われてナプキンを渡されただろう。それは、新品の箱だったかい」
「いや……いくつか使われていた気がします」
「前のことを覚えているか。僕らが君にはまだ生理があると判断した基準を」
「確か、生理用品が消費されているから……」
「そう。それで騙された。佐花美咲は使わない。だから使ったのは君だと思った。彼女はうまくそう思わせたんだ」
「……でも、検査ってのは何回も来てたんですよね」
「彼女があの家に住みはじめたのはつい最近の出来事だ。それまで運良く使う機会に直面しなかったのだろう。彼女は頭がいいみたいだ。僕とほぼ同じ教育プログラムを受けていただけある」
「同じ教育?」
「あぁ。彼女も、絶対生存のために僕ほどではないが、教育を受けている。専門知識はないが、頭脳強化プログラムを受けていた分、単純な頭の回転は早い」
「……じゃあ、佐花は……俺が離れていくときには、もう次のことを考えはじめてたってことですか」
「あぁ。そういうこと。だから今、こんな状況になってるんだね。まさか……もうもぬけの殻だとは。この家以上に住みやすい場所なんてないだろうに、彼女はなにを考えているんだか」
「……」
神原と真人が、実験台の住む場所――佐花の家についたときには、すでに誰もいなくなっていた。
神原が佐花の家に最後に行ったとき以来、所在を確認していなかったため、いつのまにか荷物をまとめて出ていったのだ。
「君のほうに気をつかいすぎてたからね。不覚だったよ。やれやれ」
神原は、頭を抱えて言うものの、ほとんど困っているような素振りではない。
神原には、あてがあるのだ。
「それはさておき……最近君はニュースってものを見てるかい?」
そんなものを見る暇はなかったと、真人は首を横に振る。
「だろうね。じゃあ、誘拐犯の事件って覚えてるかな」
「……女性ばかり狙って多くの失踪者が出ているってやつですか」
「そう。ずっと続いてるんだ」
「まさか、佐花が連れていかれたとでも言うんですか、誘拐犯に」
「ちょっと違うね。誘拐犯についていったんだ。いや、世間の言っている誘拐ってのも語弊があるんだろう」
「……どういうことですか?」
「……僕も詳しいことはわからない。だから臆測でものを言う気はないんだ。でもはっきり言えるのは、面白いことが起こるかもしれないってことさ」
「面白いこと?」
「……だいたい君は自分が誘拐されそうになったことを忘れたのかい」
真人はそう言われて思い出そうとする。しかし、そんな心当たりは一切ないようだ。
真人はそのときほとんど正気を失っていたからだ。
「……まぁいい。これから佐花美咲を探しにいく。もちろんついてくるよね?」
真人は返事をせずに車に乗り込む。神原はやれやれと首を振りながらも運転席に乗り込んだ。
真人は神原に聞く。
「……もし、佐花が見つかったら、どうするんですか」
神原はそれに対し、珍しくも返事をしなかった。
この国で抱えている大きな問題とはなにか。それに対して多くの人間は、女性の生殖異常だと答えるだろう。
だか、当の女性たちは違う解答をする。女性の権利侵害が問題だと。
多くの女性は不満を抱えていた。力のある男たちが需要のある大半の仕事につき、女はそれをサポートする形でしか仕事が出来ないことに。
そもそも女性の差別の理由の多くは仕事が出来ないなどではなかった。本当の理由は、異常によって起こってしまった一連の問題による責任だ。
もちろん、女性たちが意図してこのような状況になったのではない。異常は原因不明で、誰も止められなかったのだから。
だか、そんなことは関係ない。すべての人々――多くは男性は、仕方なく不満の捌け道に女性を選んだというだけの話だ。
しかし、こんな理不尽な対応に女性たちが納得するわけがない。もちろん、終わりゆくこの国で今さら事を荒立てても仕方ないので、それに反論する人は少なかった。
だから、これも異常なのだ。国に逆らう、このような集団は――。
「……結構な人数が揃いました。これでそろそろ行動に移せるのではないでしょうか」
薄暗い部屋の中、アリサは言った。それに耳を傾けるのは黒スーツの男。
「……そうですね。目標の10万人に達しましたから。それに、彼女たちも待ちわびているでしょう。もちろん、私もですが。あなたはどうですか、佐花さん」
佐花は部屋の隅に背中を預けていた。そして二人を見ながら静かに答える。
「いいわ。はじめましょう。取り返すの、全部」
ぐっと手に力を込める。彼女にはひとつの強い意志が目覚めていた。
佐花美咲は、復讐の炎を燃やし始めた。