EP27 敵と味方と
久々で少し文章が変かもしれませんがよろしくお願いします。
それから、少女、東雲真人は蔭山と暮らすことになった。
しかし、出会った当初の蔭山とは大分印象が変わってきていた。探るような目。それが真人には気になって仕方が無かった。
あれから神原から追手は来ていない。それも真人の不安の種であった。あれだけ真人に依存していた組織がこう簡単に手放すとは思えない。
だが、何かを行動に移すわけにもいかない。目立った行動をすれば、すぐこの容姿ではばれてしまうだろう。
真人は部屋を出ることが出来なくなっていた。
蔭山はといえば、朝早くから部屋を出ていく。一応適当な食事を真人に与えてはくれるものの、なかなか顔をあわせる時間は少なくなっていた。
「……外か」
真人は一人つぶやく。そもそも逃げて来た目的の一つはもう一度外の景色を自分の目線で見ることだった。しかし、結果的には外に出てもそれが叶わなくなっている。
だが、負担の大きい血液採取などから免れてきたのだから、それに関しては幾分か満足していた。
ただ、他にも問題はあった。
羽の色がくすみ、大きさ自体も多少小さくなっているのだ。
真人のなかではある一つの仮説が立てられていた。
天使の存在理由についてだ。
真人は神様の命令を従うように言われた。しかし、それが一体具体的には何なのかがわからず日々を過ごしていた。気が付けば羽の色、大きさが変化している。
そのことから推測した結果、天使としての成果の指標ではないのだろうかと。
実は、真人が神原の下で従わされていたとき、羽の状態は今よりもかなり良いものだった。それが示すのは神原のもとで働くイコール人々のためになるということではないだろうか。
真人は薄々感じていた。
神は自分を監視しているのではないか?
そもそも無償で生き返らせるようなことを神とも言うべき存在が行うわけが無い。神がすべてに平等なのだとしたら……少年一人に構うはずがない。
なぜ自分が、選ばれたのか? そもそも選ばれたということなのか。はたまた気まぐれか。
自分に与えられた使命にどんな意味があるのか。そんなことを考えるようになっていた。
そして、変わってきた心境の変化。いろいろと感じられるようになって、死ぬことへの恐怖が生まれた。一度失った命であるにも関わらず、佐花とも別れを交わし、一人ぼっちであるにも関わらず、それは再び真人を苦しめた。
痛みを感じることも、過去に比べれば、幸せなことであったのだ。
もし、天使として働くことが新しい命と引き換えなら、神原には協力せざるを得なかった。
一時的な感情でここまで逃げてしまったが、戻るつもりではあった。しかし蔭山に言いくるめられた今、天使を休業するしかない。
仮説でしかないが、真人は気が気でなかった。
「……出来ることは他にもあるはず。別にあの人たちに従う必要はないんだ。自分で出来ること……人のためになることを考えればいい――」
真人はあることを思いついた。
「警察の手伝いがしたい?」
「はい」
「あんたはバカか。ダメに決まってるだろう」
蔭山が家に帰ってくるなり真人は相談した。人のために何かがしたいと。
しかし蔭山はそれを一蹴した。
「な、なんでですか?」
「危ないからだ。それに俺たちは特に危険な要事に関わっている」
真人はそれを聞いて一瞬で気づいた。殺人事件のことだと。ならばなおさら引き下がれない。その事件にはかつての親友が関わっているのかも知れないのだから。
「連続殺人事件のことですか」
確かめるように問う。
蔭山は隠す気もなくああそうだと言った。持って帰ってきたビニール袋からおにぎりを取り出し、一つを真人の前に差し出す。もう一つは包装を開き、自分の口元へと運んだ。
真人もそれに一口だけ手を付けると蔭山に言った。
「このまま、ここで迷惑をかけてるわけにはいきませんから」
もちろん建前だ。本当は自分のため。神に従うため。
蔭山はおにぎりを食べおわると立ち上がり台所に向かう。
真人の質問には答えない。
「……無視ですか」
さすがの真人も蔭山の態度にいらついてしまう。しかし蔭山は至って表情を変えない。
このとき蔭山は悩んでいた。なぜなら、この少女が今まで探していた殺人犯の親友かもしれないからだ。プロフィールでは男と書いていたものの、同姓同名であるがゆえ、気がかりでしかたない。いくら今は死んでいるかも知れないとはいえ、軽視できない存在なのだ。
もしこの少女が本当にその少年のことならば、安易にこちらの本部に近付けるわけにはいかない。
少なくともこの少女について知る必要がある。蔭山は考えた結果、真人に質問した。
「暁って名前、聞いたことないか」
わかりやすいぐらいに真人は反応を見せた。手に持っていたおにぎりを落とし、あわてて拾う。
「知ってるんだな」
蔭山の中で疑惑が強まった。少なくともなんらか関係があると思った。
「知らない……です」
ごまかせるとは思っていなかったが、真人は嘘をつく。
蔭山はそうか、と言ってそれ以上何も聞かなかった。この反応で十分だったからだ。
「東雲、だったな。あんたの望み、叶えてやれねえよ。手伝わせてやれることは何もないし、そこで何かするってこと自体許可できない。わかるだろう? 一般人の立ち寄るとこじゃないんだ」
「俺、一般人じゃないです。普通じゃないです。それに……人間ですらない、です」
蔭山は真人からそのような言葉が出るとは思わなかった。自らを人間ではないという少女、その表情は少し陰りを見せていた。
蔭山は良心に問い掛けられていた。こんな小さな少女を傷つけてしまったことが心にぐさりと突き刺さる。しかし、冷静な判断をしなくてはならない。警戒を解くすべはないのだ。
それに、いくら少女が普通でないと言っても、人殺しが蔓延る世界に足を踏み込ませるわけにはいかない。選択肢は一つ、拒否しかないはずだ。少女が何者であったとしても関係ないのだ。
先ほどのは言葉の綾になっただけ、少女に言いくるめられてはならない。
「……あんたが人間でないのは背中を見りゃわかる。もしかしたら普通の人よりも頑丈だったりするのかもしれない。だが、そんなことは知ったこっちゃねえ。これは俺達だけの仕事。それは変わらないんだ。人のために何かがしたいなら別のことを考えろ」
そう言って蔭山は話をきった。
真人は仕方ないと思った。それが当り前だからだ。自分が特別な存在だから、ひょっとすればくらいに思っていただけだ。
だが、引きさがる気はなかった。確かに蔭山の言うとおり、出来ることは他にもあるかもしれない。しかし、殺人犯を捕まえることぐらいしか神原の元で働くことに匹敵することが無いと直感的に気づいていたのだ。
そこまでしないと、自分はどうになるかわからない。そこまでする使命が真人にはあるのだ。
蔭山が拒否するのは当然、ゆえに真人はもう一つ案を考えていた。
自分一人で犯人を捜せばいい、と。
「まだ、いる」
一言つぶやき、音もなくそれは飛び去った。人ごみの中からの飛揚にも関わらず、その羽は何物の妨げを受けることなく風を捕える。
その存在に気づくものは一人もいない。道行く人々は整然と歩き続けるだけであった。
「おかしい。もう、終わったはずなのに」
最寄りのビルの屋上にすとんと脚を下ろし、街を見下ろす。行きかう人々を眺めまたつぶやいた。
一人、誰に答えを求めるわけでもなく。
「誰だ? まだ生きているのは」
それは両手を広げた。街全体を包むかのように。そっと目をつむり何かを感じる。
だが、見つかるものは何もなかった。そこに拾い上げたものはわずかな違和感のみ。
自らと同じ匂いだった。
「作られた、ものがいるのか」
それはあり得ない推測だった。もう、消し去ったはずなのだから。
どちらにせよ、一人として存在を許してはいけない。
それは再び羽を広げた。そして、苦い顔を隠しきれず、荒々しく飛び去った。