EP25 天使との会合
遅くなりましたが更新です。
ここ数日いろいろありましたが、個人個人の力を出し切り頑張っていきましょう。
「…いた」
目当ては案外すぐに見付かった。3キロ程走ったところの公園。水飲み場でかぶるように水を飲んでいた。
「喉が乾いたんだろうか」
一瞬だけのんきなことを考えたが、すぐに少女に近づく。
気配に気付いたのだろうか、すばやく蔭山に首を向ける少女。しかし、追っ手ではないとわかったからか、興味が失せたかのようにまた水を飲みはじめた。
「…お嬢ちゃん、ちょっといいかな?」
話しかける蔭山。
「…なに?」
無愛想に返事をする少女。
「いやあ、大したことじゃあないんです。ただ、少しだけ話しがしたいだけなんだ」
「…そういって誘拐する事件が騒がれてた気がするけど」
「あぁ…そういえばそうだったか…あっちは調査対象外だから忘れてたなぁ…すいませんでした。じゃあ言い方を変えます。あなた、なんで逃げてたんです?」
「あ…おじさんはさっきすれ違った…」
ようやく興味をもったのか、水飲み場から離れ、蔭山へ向き直る少女。
「…話しをしてくれますか?」
「…あなたの、目的はなんですか?それを言ってくれたら話します」
「目的って…ただの興味ですよ。ほら、あそこのビル…天使が住んでるって話じゃあないですか」
天使という言葉を聞いた瞬間、少女は目の色を変え、蔭山を睨む。
「……本当に誘拐する気ですか?」
「天使がいるってのは否定しないんですねぇ」
「……」
「興味って言ったじゃあないですか。あなたを誘拐するなんて私は一言も言ってませんよ。…ちょっとそこに座りましょうか」
「……」
「あぁ、もう。敬語だと逆に怪しまれる。私の悪い癖だ。…わかった、ちょっとフランクに話そう。……お嬢ちゃん。いや、天使…か?」
「……」
「あんたには本当に興味だけで会いに来た。どうこうしようつもりはない。ただ…必死で逃げて来たのには理由があるんじゃあないのか?」
一歩下がる少女。蔭山は動かない。
「見るだけで本当はよかったんだが…気になることが出来ちまった。なぁ、少しぐらい話しちゃあくれないか?」
二人は場所を移すことにした。少女には追っ手が来ているため、なるべく離れる必要があったからだ。蔭山の車の助手席に乗る少女は、未だ警戒心は解いていない。カーテンも羽織ったままだ。
「……あんた何歳だ?」
しばらく沈黙が続いていたため、当たり障りのない会話をはじめる。
「……たぶん、十八歳」
窓の外を見ながら少女は言う。
「おいおい、たぶんて…それにいくらなんでもそこで嘘をつく必要はないだろう?どんだけ警戒してんだ」
「…嘘なんてついてないのに…」
「まぁいい。で、あんたが本当に天使って呼ばれてることでいいんだな?」
「……よく考えたら結局誘拐されちゃった…」
「おいおい、無視すんなよ。それに誘拐じゃあないってんだろう?それともあそこに戻りたいのか?なんなら連れていってやるが…」
ちらっと表情をうかがう蔭山。そのときは本当に嫌がる顔をしていた。
「だったらいいじゃあないか。逃げたいんだったら車の方がいいだろ?まさか、奴らもそれは予測できないだろう」
「…でも誘拐されるぐらいは考えるんじゃない?俺、いろんな人に結構知られてるから…誘拐されないようあそこから出されなかったんだし」
「おい、あんた自分のこと俺とか言うタイプか?なにからなにまで見た目とあってないな」
「そりゃ、本当の自分じゃないからね…」
少女の含みのある言い方が蔭山は気になったが、深くは追及しなかった。だが、少女の口ぶりからは穏やかではないものが確実に漏れていた。
「…そうだよ、誘拐される方がましかもね」
少女は自嘲するかのように言った。
「あんなところでずっと過ごすよりも…ちょっと乱暴に扱われたとしても外の世界が見れる方が幸せだよね…」
「あんた、どんだけ戻りたくないんだ?もし何か問題があるなら…」
「問題なんてないよ。あるとしたらそれは生まれてきたことだから」
悲痛に満ちた声に蔭山は心を痛めた。このような少女が若くして世界に絶望するなどあってはいけないことなのだ。いくら終わりかけている世の中だと言っても少女一人に幸せを満足に与えることすらできないのだろうか?
蔭山には正義感がある。しかし、それはとりわけ弱者に対するエゴにもなりえる…今がまさにそのときだ。
「…そんな顔しちゃいけない。もし…天使のうわさが本当なら…あんた、あいつらに好き勝手利用されているんだろう?誰かに利用されるってのは契約を結んだ大人同士でしかやっちゃいけないことだ。だから…あんたにはまだ早い」
「言うだけなら簡単だよね」
依然として冷めた態度。だが、蔭山は続ける。
「俺は…口先ばっかにはなりたくない。だから…もしあんたが神原製薬に戻りたくないって言うのなら、手伝ってやる」
「…どうなってもしらないよ?最近あそこは宗教めいてる。彼らにとっての偶像である俺がいなくなったら…きっと全力で探しに来ると思う。それに数が底知れない。おじさんにとってリスクが大きすぎるよ」
「…逆に聞こうか。一番安全な対策とはなんだ?」
「…そんなのわかってたら逃げてきたりしないよ。必死だったんだから」
悪い悪い、と蔭山は笑う。
「…頼りに出来る奴らが仲間にいる。それはおそらく、今の日本じゃ一番頼りになる奴らだ」
「…ふーん。言うね」
「あぁ、なんたって俺たちは…」
蔭山は胸ポケットから手帳を取り出し、すかさず少女に見せる。
しかし、少女を安心させるためであった行為にも関わらず、それによる少女の反応は蔭山の予想に大きく反していた。
少女はむしろ警戒を強めたのだ。
「…なんだ?現代の警察じゃ不満ってか?はは…確かに殺人犯一人すらお縄にできねえからな。そりゃ信用も薄れるか…」
「下ろしてください」
「は?おい、待て」
いきなり走行中の車のドアを開けようとする少女。
鍵が掛かっているため絶対に開くことはあり得ないのだが、少女はそんなことは考えず、ただただガラス窓を叩く。
興奮状態に拍車の掛かった少女は今度はハンドルを回し、無理やり路肩に停車させようとした。
「危ない!」
やむ追えなくブレーキを踏み減速する蔭山。
車が止まるや否やドアを開け少女は逃げ出そうとする。
「だから待てって!」
降りようとする少女の肩を掴む。強引に逃げようとする少女はその手を強く引き剥がした。離れた蔭山の手に残されたのは布切れ一つ。少女の纏っていたカーテンだった。
そして見えるのは車から去りゆく少女の後ろ姿。
「なんだあれは」
少女の体を覆い尽くしていたものが無くなった今、蔭山が目にしたものは…露わになった、背中に生えた真っ白な羽。――だけではなかった。
腕、脚、背中、首筋、体の至る所に見える痛々しい小さな傷跡。それは間違いなく注射痕であった。
あっけに取られる蔭山。その隙に少女はどんどんと遠くへ逃げてしまう。
それに気づき焦りはじめた蔭山は追い掛けようとしたが、結局その心配は無用となる。
少女は100メートルも走らない内に倒れてしまったのだ。