EP24 知り得ないものが
遅れました…かなり。天使の話はもうちょいですかね。
「宗教団体?」
「えぇ、どうやらここいらで勝手にやってるみたいっす」
「ほう…」
「そこら中の塀や電柱に変なチラシをはり回るし、それを配ったりしてるっす」
「どんなやつだ?」
「これ…っす」
「…地上に舞い降りた天使…最後の存在…なんだこれは?」
「どうやらその天使とか言われている人…アレがまだ残ってるとか」
「はぁ?」
「いや、ですから…あぁ…あんまりすっと言えるようなことじゃないすけど…んん…ようするに、その天使さんは子供を産む力がまだあるらしいっす」
目の前にそびえ立つのは天を貫くほどの高層ビル。おそらくこのあたりでこれより高い建造物はない。
「ここに住んでいる…と」
蔭山が直々に調査に来たのはただの好奇心からのものであった。特別警戒をしているわけではないし、連続殺人事件と関連性があるとも睨んでいない。
ただ、天使という胡散臭い存在をこの目で確かめたいがためなのだ。本当に子供を産むことが出来るかどうかなんてことには興味はなく、人々を引き付ける何かに蔭山は興味を持った。
蔭山の目の前にある建造物は調査によって割れた、天使が住んでいると言われている場所であった。
「確かに、こんなくそ高い場所には天使がお似合いかもな」
一人冗談を吐き捨て、それの入り口へと近づく。
特に警備員などがいるわけではなく、ガラス張りの入り口には認証機器があるだけであった。蔭山はその装置の通話ボタンの押す。しばらくして男の声が蔭山を迎える。
「はい、こちら神原製薬です。ご用件は?」
「すみませんが、こちらの新商品の取材に伺いに来たのですが」
即刻正体をバラしたりはしない。無難に怪しまれないであろうマスコミを演じる。しかし、この場所が製薬会社と聞いていなかった蔭山はアドリブに無理があった。
「…アポイントメントは?そのような予定は来客スケジュールに入っていませんが」
すぐに怪しまれてしまう。それでもなお侵入に試みる。
「いや、確かにお電話させていただいたはずです。…中で確認させていただけませんかね?もしかしたらなんらかのミスなのかも知れませんし」
「いえ、それはありません」
機械から発せられる声ははっきりと言う。
「本社は全てのコールに録音機能を備えています。予定が入ればもう一度再生し、確認するのでミスはありえないです」
「いや、ですが…」
「近くに神山製薬がありましたよね?そこと勘違いされてらっしゃるのではないでしょうか?とりあえず、こちらでは取材を許可することはできませんので、すみませんが…」
音声は切れた。失敗してしまったのだ。
「…っつ…抜かったな。休みの暇潰しに…と思って来たが…ちょっとは探りを入れとくべきだったか」
頭を掻きながら恨めしそうにガラス扉を見つめる。
「しかし…エントランスにまで入れないってどんな会社だよ、ったく」
踵を返し、本部に戻って事件調査でも再開しようと思ったその時だった。
背後から自動ドアの開く音が聞こえる。
向こう側の気が変わったかと思い振り替える…それと同時に一迅の風が蔭山の横を通り過ぎていった。
それは…真っ黒の布で身体全体を覆い、そこからはみ出した真っ白な髪でコントラストされた、この場からは異様に浮いた存在だった。
「ガキか?」
身長は低く、どう見積もっても大人ではないことは明らかだ。そんな子供がこのビルから出てきたこと自体は怪訝に思ったが、すぐに走り去っていったため、蔭山の記憶にはほとんど残らなかった。
そもそもそれは蔭山としては調査対象物ではなかったため、気にする必要など端から感じられなかったのだ。
「…あれ、カーテンぽかったな」
ただ、覚えたのは、その少女の纏っていたのは光沢のある、シルクのカーテンのようだったということだけだ。
「…すみません」
「ん?」
ガラス扉の方に振り替える。そこには少しくたびれた感じの男。スーツというよりは執事服のような服装であった。
「なんでしょう」
蔭山はやっと関係者が出てきたことをチャンスと思い、返事する。
「先ほど、こちらから変わったアクセサリーを付けた少女が走り去っていきませんでしたか?」
「アクセサリー?」
「…はい、羽のような…」
さっきの少女だろう、そう思ったが、ほとんど身体は隠されていたため、男の言うようなことにははっきりと答えられない。
どうしようか悩んだ末、とりあえずを伝える。
「少女…確かに入口から出ていきましたが…姿はほとんど覚えていません」
「ど、どちらに向かわれたかお分りになりますでしょうか?」
なぜここまでへり下った喋り方をするのかと、蔭山は多少苛立ちを覚えたが、貴重な人物なためその胸の内を抑える。
「…まっすぐ…この先の大通りの方に走っていったかと」
「そうですか!ありがとうございます!それでは失礼…」
「待ってください」
走り去ろうとする男を呼び止める。
「…」
蔭山は男の言っていたことを思い出し、一つ、質問を投げ掛ける。
「…あなたが追っているのは、ひょっとして…天使ですか?」
馬鹿なことを聞いた。蔭山は少しだけ後悔する。ただの噂に本気になっていたと。
第一これではただの痛々しい奴ではないか。
だが、蔭山の思っていたこととは裏腹に、男の表情は一変し、真剣なものとなる。
「…天使?面白いご冗談を」
男はそれだけ言うと柔らかな表情を見せ、一礼をした後、今度こそ去っていった。それを追うことを蔭山はしなかった。
「…羽のアクセサリー…それだけで天使とは多少安直だが…しかし彼らの内ではそういう呼び方で通しているのかもしれない…だが、あんなに小さな少女が…天使」
蔭山が教えた少女の方向はまったく違うものだ。まさか、これが功を成すとは蔭山自身思わなかった。今ならば、あの男よりも早く…
「…身体を隠すようにして逃げていたからなぁ…こりゃ、ちいと話を聞いてみる価値はありそうだ」
蔭山は独り、笑顔を見せた。それは殺人事件の調査などでは絶対に見せなかった表情。今までにないぐらいに興奮しているのだ。
なぜ、そんな心境になるのか蔭山自身わからなかったが、おそらくそれは、少女を捜し出すことで何か面白いことがわかると、警察官の勘が働いたからなのかもしれない。
「休みの暇潰し…にはちょうどいい」
蔭山は少女の走り去っていった方向へと走りだした。