EP23 消えた跡
別にこっちサイドの話だけってわけではありませんが、回数は増えてきます。
視野というか、展開される範囲をひろげていきたいです。
「…蔭山さん」
「なんだ」
ひそひそと話しかけてきた真宙に対し、蔭山は無愛想に返す。
「こんなところ歩いてなにがあるっていうんですか?」
「何もないから歩くんだよ」
「はい?」
真宙は冗談を言われたと思い少し不機嫌になる。
「あの、私真剣に聞いて…」
「いいか、今は真っ昼間だが…これが夜になるとどうなる?」
言葉をさえぎられさらに不機嫌になる。しかも問われた意味すらわからない。
「馬鹿にしてるんですか?そりゃ…物騒になるとか」
「そうだよ、物騒になる。だから今歩くんだ」
「…意味がわかりません」
「ここはな、三年前に奴が十八歳の高校男子を殺害した場所なんだ」
「へぇ…と、いうことはここに犯人の手がかりがあるということですか?」
「いや、違う」
あっさりと違うと言われ半ば諦め気味になる。もはや何を言っても否定されそうだ。
「だいたい三年も前にいた場所に犯人の手がかりなんて残ってるわけがないだろう。仮に残ってたとしても奴は移動してるから何の意味もない。それに犯人自体は割れてるんだからそういうことを調べても意味がないんだよ」
「じゃあ、なんでここを通るんですか?」
素直に質問をする真宙。
「そりゃ…安全だからだよ」
「安全?」
「あぁ。奴は神出鬼没。それに俺たちの姿を見たら真っ先に飛び込んでくるだろう。だから、今安全だとわかってるここを通るんだ」
「なんで安全だってわかるんですか?それに通りたい理由にはなってないような気がしますけど?」
当たり前の質問が返ってきた、と蔭山はにやりと笑う。わざとらしくすぐには答えを言わないのだ。そういう性分なのか、はたまた考えがあってのことか。
「まぁ、安全だってわかるのは奴がここより遠くで昨日殺人を犯してるからだよ。距離的にここに近いはずはないってことだな」
「だ、だめじゃないですか!!むしろ今はそっちに向かって犯人の手がかりを探すほうが先決なんじゃないですか?」
真剣に真宙は言うものの、蔭山は半笑いのような表情で返す。
「だから、犯人の近くにはなるべく行きたくないんだって。行くのはある程度作戦がある時だけだ。とにかく今は、あんたに見せたいもんがあるからここに来たんだよ。それならなるべく安全な時に来たほうが良いに決まってるだろう」
「なんだ…それならそうと最初から言ってください」
「ははは…まぁ、なんでもいいじゃないか」
真宙は蔭山の態度に呆れ返っていた。しかも犯人からは逃げているといった始末。本当に自分の目的は果たせるのだろうか。
「おっと…ここらだな」
蔭山は歩みを止める。それに伴い真宙も蔭山の少し後ろで静止する。
「…ここで殺人があったんですか?」
「あぁ、そうだ。しかしまぁ…殺人があったこと自体はそんなたいしたことじゃあない」
殺人がたいしたことじゃないなど警察としてはあるまじき発言だが、今の社会においては仕方ないとも思えてしまう。殺人がないなど余程田舎な場所ぐらいだ。
「ここで起きた殺人…まぁ、暁が殺しをしたときにだなぁ…一人付き添いがいたってことがわかってんだ」
「付き添い?仲間がいるってことですか?そうだったらかなりやっかいな…」
「いや、まぁ…確かにいろいろとやっかいではあるが…今あんたに知ってて欲しいことがひとつだけある」
「なんですか」
蔭山は真宙の方を見ずに答える。
「その付き添いってのが、お前の兄貴…まぁ、東雲真人だ」
「…別にそれだからどうしたんですか?今さらそのぐらいでは驚きませんよ」
真宙は鼻を鳴らす。蔭山は視線を少しだけ真宙に向け、哀しみに満ちた表情を見せた。
「…だろうな。だが…当時、現場にはその東雲真人の大量の血痕が残されていた。と、言ったらどうする?」
「えっ…」
真宙はぽかんとして蔭山を見た。
「今は綺麗になっちまってるが…その時ここは殺害された少年の血と、東雲真人の血で満たされてたんだよ」
「そ、そんな…」
このことからわかることはひとつ。兄は良くても重症、悪くて…考えるのが嫌になった真宙は顔を歪める。
「だが、死体は殺害された少年のものだけだった。おそらくは暁が回収したんだろう」
「蔭山さん!その言い方だとまるで兄は殺されたみたいじゃないですか!」
「別に回収したからといって死体をとは言ってないだろう?殺された少年との衝突のなかで怪我を負っただけなのかもしれんからなぁ。それを手当てするために暁が回収したってこった」
「それだと、暁の殺人に加担したみたいな言い方ですよ!」
「あぁ、そうだ。俺はそう言ってる」
さすがに真宙は顔を真っ赤に染める。自分の兄を実の妹の前で平気で殺人犯扱いをしたからだ。
「蔭山さん!いくらあなたでも言っていいことと悪いことがありますよ!兄は被害者です!」
「あんたな…自分がどんな仕事をしなくちゃいけないか自覚してるか?」
蔭山は真宙に近づき彼女の頭を右手で掴む。威圧感に震えながらも真宙は目線をそらさない。
「私情を仕事に持ち込むな。俺たちが守るのは人々だ。あんたの兄貴一人じゃない。それに犯人の共犯である可能性が一番高い奴なんだ。今はそいつを守るよりも捕らえるのが俺たちがすべきことだ。いいか、もしもお前の兄貴も犯人だったとしても、しなければいけないことはひとつだ」
「しかし、そんなこと言われても兄は人を殺すのを手伝ったりできるわけありませんし、それに耐えられるはずがありません。だいたい証拠もないのにただ、幼なじみであっただけで兄を犯人だなんて…」
やれやれ、と頭を掴んでいた手をゆっくりとひく。さすがに言い過ぎたか、と少し反省しながら蔭山は口を開く。
「…なにも幼なじみで親しかっただけで犯人だと決め付けてるわけじゃあない」
「えっ?」
真宙は落としていた視線を再び蔭山にむける。
「大量の血痕の原因はわかってるんだよ。完結的に言えば射殺だ」
「射殺…」
「あぁ、しかもうちらから奪った銃のな」
当時のことを思い出してか、蔭山は苦い顔をしながら続ける。
「でだ、少年が殺された現場…要するにここにはそれが捨ててあったんだ」
「…」
「東雲真人を重要参考人として保護していたことがあったのは知っているな?そのときに、彼のあらゆるデータはある程度採らせてもらってるんだ」
「…まさか、その銃に兄さんの指紋が残されてた…なんてわけないですよね」
「…まぁ、そういうことだ」
落ち崩れる。絶望に満ちた顔に生気はなかった。
「そんな…兄さんが…なんで…いや、違う…そんなわけ…」
「まぁ、それだけで特定は出来ないがな。ただ、暁が握らせただけかも知れんし、俺はただ、そういう事実があったことをこの場所で知ってほしかっただけだ」
「…」
蔭山の言葉はほとんど聞こえていなかった。焦点は定まらず、地面を見つめているのか、そうでないのかすらわからない。
見兼ねた蔭山は帰るぞ。と一言放つ。
「こんなとこにずっといたら気分悪くなるだろう?日が落ちない内に離れよう。今日は新入祝いでもしてやるから、ちょっと奢ってやる」
「…」
まだ落ち着いてはいないが、それでも手招きをする蔭山にふらふらとついていく真宙。
蔭山自身、ここまで落ち込まれるとは思わなかったため、事実を伝えたのは失敗だったかと若干後悔していた。
「…しかし、気にはなるんだな…まだ…」
――奪われた直後、マガジンに残された弾は二発と確認されている。しかし、見つかった銃には弾は残されていなかった。だが、あの事件があるまで銃殺されたという事件はなかったし、少年に弾痕はひとつしかなかった。あと一発は一体…おそらく弾がなくなったから放棄したのは間違いないだろう。なら、間違いなく使ってはいるはずなんだ――
蔭山は去りゆく現場を後ろからついてくる新人越しに見る。
「…真人自身が…あの出血からしてその可能性は否定できないな」
一方で虚ろになってしまっている真宙は蔭山の視線などには到底気付かず、ただ見失いかけているなにかをひたすら反芻しているだけであった。