EP22 小さな戦意
二部になります。
とくに大きくは変わりませんが。
「ったく、また被害者が出やがった!これで何人目だ?数えるのも億劫になる!」
男は苛立ちを隠せず思いのままを吐き出す。周りの人間も同じことを考えており、部屋の中には不穏な空気がただよっていた。
そんな空気の中、一人の若い男が苛立つ男にそろそろと近寄る。
「蔭山さん、今回で老若男女合わせて659人だそうです」
「659人だ?どういうことだ!被害者は増え続ける一方じゃないか!俺たちは一体なにをしているんだ!?畜生!!」
手に持っていた書類らしきものをだいたんに床に投げ捨てる。バラバラに散った書類をやれやれと見下ろしながらも、誰も何も言いはしなかった。そこにいる全員が男の心境は痛いほどにわかっていたからだ。
「くっ…特別捜査本部を立ち上げたものの、こんなもの形だけにしかならんじゃないか!ヤツはまだ都内に潜伏しているはずなのになぜ捕まらん!」
「やはり餌で釣るしかないんですかね?」
若い男は言った。
「新開、お前本当にそんなこと思ってるのか?相手は無差別、場所も選ばん。そんなので何を餌に釣るっていうんだ?金か?釣り竿に札束を吊るしてもう殺人なんて止めてくださいなんて言うのか!!」
「わわ、僕が悪かったす!!っていうか何言ってるか無茶苦茶すよ!落ち着いてください!」
「ちっ!!」
バンッ。
蔭山と呼ばれていた男は机を人殴りし暫し黙りこむ。
「…わかっている、確かにそうだ。こんなのいつもの私じゃないな。すまん、熱くなりすぎた」
蔭山は部下たちに向かい深く頭を下げた。
「わわ!やめてくださいよ、そんなの!僕たちの捜査が不甲斐ないだけですから!それに蔭山さんは一番頑張ってくれていますから!」
新開はすかさずフォローに入る。大人しい性格なのであまりこういう雰囲気は好まないのだ。
「…それもそうだ。ったく、もう少しずば抜けた人材がいれば…」
「はは…そうすね」
結局自分は詰られるのかと思いながらもこの場が落ち着いたことに一息ついた新開だった。
「…そういえば、今日は新しいメンバーが捜査本部に加わるとか言っていたな」
思い出したように蔭山は言う。最近の仕事疲れの所為か、すっかり忘れていたようだ。胸ポケットから手帳を取り出しなにやら確認し出す。
「…なんだ、もう時間じゃないか。古坂、お前が連れて来るんじゃなかったのか?」
蔭山は古坂と呼ばれる眼鏡をかけた男に問う。古坂は蔭山を見て軽く肩を竦める。
「蔭山さん、もうすでに連れてきてますよ。あなたの所為で紹介するタイミングを逃してたんですからね?帰ってくるなりイライラしてるんですからまったく…」
「うっ…ま、すまなかったと言ってるだろう。で、新メンバーは?」
蔭山は古坂の周りを見る、が見慣れたメンツ以外にだれもいるようには見えない。だがよく目を凝らせば古坂の後ろに一つ影が見えるではないか。
「古坂、お前の後ろのがそうか?」
「あ、はい。そうですよ。ずっとタイミングを待っててくれました。では、前に出てもらえますか?」
古坂は優しくエスコートする。そうだ、新メンバーというのは――
「なんだ、女か」
古坂の身長が180なのに対し、その新メンバーはあまりに低く、160もないだろう。前線に立って捜査に加わる一員としては頼りなく見えても仕方ない。制服は着こなせてはいるが、まだ初々しさの抜けない若さが目立っていた。
「もう少しましな奴はいなかったのか?たく、上は一体何を考えて…」
「蔭山さん!!」
大きく名前を呼びもう一歩前に出る女。
「私はこの特別捜査本部に所属させていただくことになりとても光栄です。このチームに恥じないよう精一杯頑張らせてもらう次第であります」
「そうは言ってもねえ、君、かなり若いでしょ?ここがどんなとこかわかってて来たのか?」
「はい、もちろんです。あの凶悪な連続殺人犯を牢に閉じ込めるべくここにやって参りました」
「だから、そんなの相手して命落としても知らないって言ってんだ。その覚悟があんのか?」
その言葉にもう一歩前へと進む女。
「あります。命など、今さら惜しいなどとは言いません。私は、命を懸けてでも奴を捕らえて見せます」
意気込んで言っているが、蔭山にとってはそれこそが心配だった。ただ、衝動的に怒りに身を任せて行動してしまうかもしれないからだ。情熱だけで動く人間が一番危ないことを蔭山は知っている。
蔭山としては一人でも犠牲を出したくはない、それは仲間からもだ。命を懸けてなどという言葉は軽率極まりないものなのだ。
「…なぜそこまでして奴を捕らえたがる?」
「それは…皆さんと同じです。あんな奴にこの街の平和を奪われたくないからです」
「それはちょっとばかしおかしいな。なぜならこの街はもともと平和なんてものはないからだ。そんな切って貼っただけのセリフが通ると思うなよ」
女は一歩たじろぐと直ぐ様もちなおし、背筋をピンと張る。
「あ、兄の…兄の敵を取るためです!」
蔭山はやれやれと首を振る。実は今月に入って身内の敵が取りたいとここに来た人間は何人もいるのだ。ましてや、この女は新人と言ってもプロだ。そんな人間が感情的な理由でここに来られても困る。
「残念ながら新人ちゃん、そんな理由なら帰って…」
「兄は、殺人犯の友人でした」
蔭山は目を見開く。
「兄は…とても真面目な人間だったのに奴の所為で暗い道へと引きずり込まれてしまいました。今も行方不明のままで、ひょっとしたら…」
女は唇を噛みしめ、ぎゅっと手を握り締める。
そんな女を見て蔭山は気が変わったのか質問をする。
「おい、あんた、名前は…」
「東雲…東雲真宙です」
「…ほぅ」
蔭山は笑う。まさかこんな展開になるとは思ってもいなかったからだ。
「上の連中め…面白いもんを送ってきたじゃあないか。そろそろということか?」
「…あの」
「…よし、いいだろう。お前をこのチームに迎え入れる」
「あ、ありがとうございます!!」
「ただし、これだけは守れ」
「な、なんですか?」
蔭山は自分の席から離れ、真宙の前に立つ。ある程度の威圧を込めながら口を開く。
「俺たちがやってることは、人々を守ることだ。一じゃなく、全てだ。何が一番優先すべきことなのかを見誤るな」
「…はい」
「よし」
蔭山は元の席へと帰る。だが、実際のところは真宙の返事に納得はしてないのだ。
――まだ、監視が必要だな。こいつは土壇場になれば何をするかわからんタイプだ。
遠くを見つめながら思う蔭山。
「…蔭山さん」
新開がそろりと近づき耳打ちする。
「いいんすか?あんないかにも新米な娘を…」
「…いいかどうかはわからん。だが…あれを使えば確実に何かは変わるはずだ」
「…そうすか。蔭山さんが言うなら何でも従うす」
「…ありがとうよ」
連続殺人犯特別捜査本部に新たに加わった東雲真宙。その存在だけで確かに場の空気は変わっていた。
もうすでに彼らは戦いはじめたのだ。連続殺人犯逮捕に向けて。
だが、一人だけ、東雲真宙は彼らとは違うことを考えていた。彼女が思うのは殺人犯のことなどではなく。
――お兄ちゃん…
ただ、一人の家族のことであった。