EP21 人間を幸せにすること
遅ればせながらも更新です。
「ここは…」
真人は目を見張るほどの景色に驚いていた。真人は見下ろす、自らの住んでいた街を。今真人がいるのは高層ビルの最上階だ。
「ここが今日から君の家だよ。そして、彼が君のお目付け役…とでも言っておこうか。なに、言葉の意味は特にないよ。じい、とでも呼んでおけばいい。呼び名が無いのは不便だからね」
神原は一人の中年男性を招き入れる。細身で、いかにも目付け役と呼ぶのがふさわしい出で立ちであった。しかし表情にはどこか疲れのようなものが見られた。
「…名前はなんですか?」
「おや?ずいぶん積極的だね。来る途中はあれだけ騒いでいたのに」
「うるさいです。ただ、じいなんて呼び方は慣れないからですよ」
「慣れればいいじゃないか」
「無理です」
「やれやれ、なら自分で聞けば?本人にさ。んじゃ、僕は仕事があるんで…」
神原は部屋から出て行った。残されたのは、目付け役の男と真人だけだ。
真人はため息をつきながらも男に話しかける。
「あの…名前、なんて言うんですか?その、呼び方に困るので」
「…榊御影でございます、お嬢様」
「うわ…すごい名前ですね…ってお嬢様!?」
「はい、神原様にはそう呼ぶようにとおっしゃられていましたので」
真人は神原に軽い殺意を抱きながらも冷静に榊との会話を続ける。
「えっと…榊さんでいいですかね。あのですね、お嬢様はやめてくれませんか?」
「…確かにこのような呼ばれ方は慣れていらっしゃらないことかと存じますが、あなたの今の状況を鑑みていただければ必然的に…」
「いや、違うんです。そういう話ではないです。あの、私…いや、俺は男なのでお嬢様はちょっと…」
「!!?」
真人の発言にさすがに驚く榊。
「そのような愛らしいお姿でお坊ちゃまでいらっしゃっいましたか。いやはや、これはとんだご無礼を…ワタクシ、確認もせずただお姿だけで判別を…」
「あ、いや、その…身体は女だから間違ってはなくて…あの…あぁ、もういいや。なんだかめんどくさくなってきたな」
真人は榊に近づく。
「あの…少し話をしませんか?」
「話…ですか?それはもちろん構いません。ワタクシはあなた様の召使でございますから。あなた様の望むことでございましたらなんでも」
「…堅い言い方を直して…って言うのは無理そうだからいいか。…えっと、榊さん。俺の名前は東雲真人って言います」
「えぇ、しかと存じ上げております」
「…逆に何をしらないんですか?」
「他のことは何も聞いておりません。ただ、真人様のお世話をするようにとだけ言われておりますので」
「ってことはあの人に雇われてるだけってことですか?」
「いえ、それは違います。もともとから私はこのグループにいますので。彼はまだ新しい人です」
「じゃあ、あの人はリーダーじゃないの?」
「はい、そうです」
「榊さんは俺がここでどういう仕事をするか知ってるんですか?」
「はい。それはもちろんのこと…だったつもりでしたが、あなた様が男となれば少しわかりかねます」
「あ、いや、だから身体は女だって…」
「?」
イマイチ理解しえないのか小首を傾げる榊。
説明不足だったかと真人は少々気を落とすが、なにも知らないとは言ったこの男がまさか仕事内容を知っていることに驚いていた。
そこはさすがにこのグループの一員である所以だったのだろう。さすがに神原よりは長くいるように思えるし、それならば知ってても不思議ではないのかもしれない。
「あ…とにかく身体は女です。でも気持ちは男です。だからお嬢様とかはやめてください」
「…そうでございましたか。これは失敬を…」
とくに動揺する様子もなく腰を曲げた榊。女の身体であるならばここにいることが当たり前だとわかっているのだ。ここでは、男が連れてこられる方がおかしい。長年ここで同じことをしているからそう判断したのだ。
だが、いくらそうだったとしても、女の姿で男などという真人に対し、まったく不思議がらないのは、この男には偏見というものがないのだろう。だから先ほども性別を間違ったと思いすぐさま謝ったのだ。
「榊さんっていつもこういう仕事をしてるんですか?」
「こういう仕事とは?」
「えっと…ここに連れてこられた人のお世話とかです」
「はい。そうですね。かれこれ20年はやってますでしょうか」
「そんなに?ってことはそのころからこのグループはあったってことですか?」
「はい。私は最初からいるメンバーの一人でしたので。もともとは少し違うことをしていましたが。そのころに出来たものです」
「なるほど…あれ?でもそれっておかしくないですか?」
「なにがでしょうか?」
「このグループが出来たのが20年前なんですよね?でもこれが出来た理由の異状が始まったのも20年前じゃありませんでしたっけ」
真人が言いたかったことはこうだ。20年前に異状の初例が出たと言われているのに、それに対応して組織が作られるにしては早すぎではないのかと言うことである。いくら今までにない異状だったとしても本の数年で人類を脅かすほどになるとは容易に考えつかないのが普通であろう。
「あぁ…そういうことでしたか。簡単な話でございます。それよりも前から嘆かれていたことだっただけなのですから」
「ってことはテレビとかの報道は嘘だってこと?」
「いや、そういうわけではございません。マスコミがメディアに流せた情報がそれまでだったということです」
「なんでですか?」
「おそらく国家機関の力でしょう。混乱を防ぐために情報操作をしたのではないかと。しかし、我々はその国家機関よりも早く知りえたので対策を練っていくことができたのでございます」
「ってことは、このグループって国が立ち上げたんじゃないんですか?」
「はい、完全に個人的な組織でございます」
そんなわけもわからないところに連れてこられたのかと、真人はようやく自覚し始めた。
――じゃあ俺は完全に誘拐されただけじゃん…
「それよりもおじ…真人様。お腹の方は空いてございませんか?」
「あっ、そういえば…」
真人はしばらく何も食べていなかった。しかしどうだろう、ほとんど腹が減るような感覚はないのだ。
どうやら普通の人よりも少しだけ腹は減りにくくなっているようだ。しかし、さすがに何も食べないのも不味い。
「えっと…じゃあなにか用意してくれるんですか?」
「はい、ただちに。少しだけお時間が空きますのでシャワーでも浴びてはいかがでしょうか?」
「じゃあ…そうさせていただきます」
気が付けばもう夜だ。本当はシャワーを浴びてそこまで時間は経っていないが、なにもすることはなかったので言われた通りに従うだけであった。
「準備は整いましたでしょうか?」
「あ、はい。これでいいんですか?」
真人は純白のワンピースに身を包み軽く裾を持ち上げる。髪の白さも溶け合って、それはどこからどうみても天使のようであった。
「あの、これから何をしに行くんですか?」
日付は変わり、時刻は午前9時。車の中で揺られ真人はある場所へと連れていかれていた。
「すでにお察しのことかと存じますが、いわゆる真人様のお仕事場へと向かっております」
「それって実験ですか?」
神原はサンプルがどうとか言っていた。おそらく自分も何かしらの実験を受けるのだろうと真人は緊張していた。
「確かに実験のようなこともしますが…それは言うならば研究ですね。あくまで血液を採ったりするぐらいのことしかしませんので、そちらの方で真人様が疲れるようなことはございません」
「そうですか…よかった」
「ただ、今から向かっておりますのはそれとは違うお仕事でございます」
「えっ?なんですか?」
少し不安になりつつも真人は問う。だが実験のようなもの以外で恐ろしいものなどはないだろうと楽観視していた。
「…パートナー選びでございます」
「パートナー?」
「…着きました。車からおりましょう」
二人は車から降りた。そして真人は促されるまま榊についていく。連れてこられたのは大きな建物だ、そこの関係者専用入り口から入っていく。少しだけ進み、待合室のような場所で真人は待機させられ榊はどこかへと消えていった。
「…パートナーってなんだろう」
真人はここまで連れてこられた理由をすっかり忘れていた。神原が実験だの検査だの言っていた所為で完全にそっちに気が行ってしまっていたのだ。
考えているうちに榊が戻ってくる。
「面会の準備が整いました。どうぞこちらへ」
言われるがままに廊下を歩いてゆく。その道の中で真人はもう一度榊に聞いた。
「榊さん。これから俺はなにをさせられるんですか?パートナー選びって一体…」
「真人様。あなた様は今人類ただ一人、お子様を産むことのできるお人です。これがどういうことかわかりますでしょうか」
「…とっても貴重ってことですか?」
「それもそうですが、現時点で我々が危惧すべきことはなんだと思われます?」
「それは…わかりません」
少し考えたがなにもわからない真人に嫌な顔一つせず、柔和な口調で榊は続ける。
「それはですね、真人様がそれを失ってしまうことです。わかりますか?そうなってしまえば誰もお子様を産むことが出来なくなってしまうのですから」
「なるほど…それで?」
「まだお分りになられませんか?ですから真人様が今からしなければいけないことは一つです。…とにかくお子様を産んでいただくことでございます」
「なるほど…ってえっ!!」
「着きました、この先が面会の間となっております。真人様は…これからあなた様とお子様を作る、パートナーをお選びいただきます」
「パートナーってそういう…」
「では、開きます」
面会の間への扉が開く。そこに見えるのは、椅子が一つ。そこは大きく広く開けた空間で、椅子のある周りは部屋全体の中で比較的高めの位置にあるようだ。
「どうぞ」
真人は椅子まで歩いてゆく。そして一歩一歩進むたびに沸き上がる声。少しそれにびくつきながらもなんとか椅子に座りようやく周りを見渡す。
見えるのは自分よりも低い位置にいる…おびただしい数の男。
「一万人の日本人男性です。真人様はこの中からお選びしていただきます。ご安心ください。別に今日で決めていただくわけではございませんので」
男たちの視線はすべて真人へと集まる。それはそうだ、この男たちは真人にしか希望を託すことができないのだから。
「慎重にお選びください。真人様のパートナーになりえる男を。これが、私達人類のためなのでございます。私達人類の希望は…真人様だけが握っておられるのですから」
真人は自らの使命を思い出す。
――これが人間を幸せにするということなのか?
一部完
ここで一区切り。序章の完結です。ここまででも本当に長かった…
これでおよそ三分の一ぐらいということになるのですかね?
やっとプロローグに繋がることが出来ました。
とりあえずの序章なのですが、いかがでしょうか?稚拙な文章でわかりにくいところばかりでしたかも知れませんが、よろしければここまでの感想なんかをいただければ幸いです。