EP19 脅威
やっとの更新です。少しずつ話が動いていきます。
今さらですが、誤字を見つけた場合は活動報告にてお知らせください。
「に、逃げる?」
いきなりのことでどう返せばいいのかわからない真人。なんとか佐花の言葉の意味を汲み取ろうとしていた。
「確かに、警察につけられてるんだったら危ないかも。でも、警察だってさすがに人間が性別から体格まで変わるなんてわからないはずだよ。それに捕まったとしても別に私は悪いことはしてないから…」
真人はそこまで言ってから思い出す、自分も前科持ちだということを。自身も他人の命を奪った記憶がある。それも間違いなく罪ではあるだろう。
ならば、やはり警察に咎められても仕方ないのではと思ったのだ。佐花はそこまでは知らないが、十分に警察に追われる理由はあった。
しかし佐花は首をふる。
「違うわ。そのことは関係ないの。むしろ今は警察の近くにいたほうが安全…いや、警察が仲間かもしれないけどね」
「な、なんのこと?」
「真人。あなたは今、自分の立たされている状況が理解出来ていないと思う。でもね、考えてみて。この日本で新しく人間を産むことが出来るのはあなただけってことを」
「え?」
「もし、それが誰かに知られたらどうする?いや、違うわね。知った相手はどうすると思う」
「そりゃ…」
真人は考えた。しかし、考えだされる答えはいいものではない。真人にとって最悪のものばかりだ。
考えればわかる。子供を産むことができる人間がそこにいたのならば…
「独占する。誰にもわたさない。わかるかしら」
「…」
「言い換えればあなたは全日本人から狙われる存在となっているのよ。羽が生えているってことも格段に珍しいことではあるわ。でもそんなことはお構い無し。ただ、子供を産めるというだけで絶対的存在価値があるの」
「そんなの…うれしくない」
「ええ。そうでしょうね。勝手に身体を作りかえられて誰も彼もから狙われることになるんだから。わかったでしょ?逃げなきゃいけない理由が」
「理由はわかったよ。でも、ここから逃げなきゃいけない理由はわからないよ。だってばれなければ誰からも狙われないでしょ?普通はわからないんだからそんなに必死にならなくても…」
「必死にならないといけない理由はあるのよ」
佐花は語意を強める。そして怯えるように続ける。
「…この家に定期的にある奴らがくるの。そいつらには絶対に見つかっちゃだめなの」
「奴ら?一体なにを言ってるの?それに来たとしても隠れてれば…」
「真人は奴らを知らないからそう思うかもしれない。でも、家のなかに隠れただけじゃ絶対に見つかるのよ。だからここに居ては危険なの。わかって」
「…」
なぜ佐花が怯えるのか、真人にはわからなかったが、普段は見せない恐怖に満ちた表情を見ていると納得せざるをえなかった。
真人はわけもわからぬままこくりと頷いた。
「ごめんね、落ち着いたら説明するから…だから今は…」
「佐花さん」
スーツの男が呼び掛けた。
「外の様子がおかしいです」
「えっ?」
「複数の人の気配がします」
それを聞いて佐花は窓から外を覗いた。そして見るなりくずれるように腰を下ろしてしまった。
「な、なんで…話が違う…なんで今日に…?」
「佐花?」
真人はなにが起こったか聞こうとしたが、少し考えればわかることだった。
佐花の言う奴らが来たのだろう。それはきっと予想だにしていなかったタイミングだ。佐花の顔からは余裕の表情が感じられなかった。
絶望に打ち拉がれる佐花に考える暇も与えずチャイムが鳴った。
「…で、出ちゃダメ。そうよ、今は居留守を使えば…」
そう思ったのもつかの間、玄関から声が向けられる。
「佐花美咲、いるんだろ?」
佐花はピクリと動いた。身体を震わせ、最早冷静さと呼べるものは失っていた。
「まずい、非常にまずいですね。佐花さんがこの調子ですと逃げられるものも逃げられなくなる」
スーツの男は依然として冷静なままだ。しかし、その額には薄らと汗を浮かべている。
「に、逃げられるんですか?」
真人は状況を把握仕切れてはいなかったが、自分に出来ることをしようと、男に問い掛ける。
「そうです。人がいるのはどうやら玄関側だけのようですから。こちらが逃げようなんて思っているのは知らないでしょうから、普通はそちらに固まっているでしょう」
「えっと…私にはわからないけど、そうなんですか?」
「おそらくは。詳しいことは後回しにするしかないですからね。今はなるべく気配を消して裏口から逃げるのが得策かと」
「でも…佐花が言ったように居留守とかでも大丈夫のような…今逃げる必要はないんでは?」
「そうかもしれませんが…私たちは彼らのことをあまり知りませんから。乗り込んでこないとも限らないので。それに居留守はもうばれていると思いますよ」
「えっ?」
「私たちの所為です。ほら、車を停めてありますから。彼らには客人がいると一目瞭然です」
なんとも呆れてしまった真人であったが、今は気を抜いている場合ではなかった。
「だから今は速やかに裏口から逃げるしかないんです。ですから…佐花さんが動いてくださらないことには…」
「…佐花!」
真人は佐花の肩を揺すり声をかける。
「真人…もうごめんなさい、ごめんなさい…」
「なに言ってるの?佐花!まだ諦めちゃだめだよ」
「真人…あなた男の子だったのよね?そうよ、もう女の子を繕わなくていいわ。いっそ好きにしなさい」
「今はそんなことどうでもいいよ!」
「男らしくしてれば、女の子とはばれないかもね。そうよ、女の子だってばれなきゃ大丈夫よ!ね、だから、ほら、男の子らしくね!」
「佐花…」
もう戦意を消失した佐花の目を見て真人は肩を掴んでいた手を話した。
それと同時に扉があけられた。荒々しく無理矢理ではなく静かに、丁寧に開けられた。
「鍵を閉めるなんてひどいじゃないか、佐花美咲くん。こちらのスペアで勝手に開けさせていただきましたよっと…」
部屋に上がり込んできたのは、白衣で身を包んだ男だった。
「おやおや、パーティーでも催してたのかい?これはこれは友達なんてどこで作ったんだか…」
男は部屋にいた全員を一瞥する。その中でも真人をしつこく目に留めた。
「ふーん…変わったアクセサリーを付けた女の子がいるもんだ」
「お、俺は…男だ」
ばかばかしいとは思いながらも佐花の言われた通り男を演じた。
「お嬢ちゃん?馬鹿言っちゃいけないよ。こちとら何人もの女の子を毎日検査してんだから、君が女の子かどうかくらい一目でわかっちゃうからね?」
「検査?」
確かに男の格好は医者や研究員が纏うような白衣だ。それゆえに検査などという発言は至って自然ではあるのだが…引っ掛かるものがあって仕方がなかった。
胡散臭い雰囲気を醸し出しながら男は真人に近づく。
「例えば、だね…」
男は真人の髪に触れる。
「細く綺麗なこの髪。白いってことは珍しいけど北欧の方じゃまあまあ見かけるぐらいだからね」
続いて男は繊細な手つきで腕を掴む。
「この細い腕。男の子でもこのぐらいの子はそりゃいるよ?でもね、筋肉の付き具合なんかは全然違うんだよそれに…」
真人の顎を軽く持ち上げる。
「この顔で男なんて言われても説得力はないなぁ」
「ま、真人に触らないで!!」
佐花は必死で声を荒げる。さっきまであれだけ動揺していたにも関わらず、真人を守るの一心を貫こうとしたのだ。
「その子は…関係ないでしょ?ほら、私を検査しに来たんでしょ?だったら早く連れていきなさいよ」
「そうだね、そうだったね。でも、君はもうほとんど用済みだからなぁ…それともなに?まだやるの?」
「…うっ」
「無理はしなくていいよ。君には散々無理をさせて来たんだからね。この家だってその代償のつもりだよ。まぁ、こんなのじゃ満足してくれないだろうけどね」
「…」
「まぁ、君の場合は特別だから戻りたいっていうなら戻ってくれてかまわないよ。こっちとしては十二分に受け入れるしね。だいたい今は体調の検査に来てるだけだからいずれはこれもあと二、三回でやめるよ?」
二人だけにしかわからない会話が展開され残された真人たちはただ呆然と眺める。
入り込む余地がないのだ。この男は飄々とはしているが隙がない。
「だからさ、戻りたいっていうなら早めに言ってよね…っで、君はとてもおもしろいなぁ」
男は佐花に向けていた顔をいい終わるとすぐに真人に向きなおした。
「男だ…なんてね?ひょっとして女の子ってばれたくなかったのかな?もしかしてもしかするのかい?…ねぇ…」
男は真人の顔を下から覗き込むように見る。
「君も検査しちゃおうか?」