EP15 歪み
展開はやいです。すみません。
真人の手を引きほくそ笑む男。その顔にはさきほどのような作った暖かさはなかった。そこにあるのは冷徹な視線だった。
――あと、一歩だ…
男がそう思っていると急に真人の手の力が弱まった。男の大きくすらりとした手に対し、華奢でひ弱な指先が流れ落ちたのだ。
「どうかしましたか…!?」
男が目を見張るとそこには顔を赤くし、惚けた顔の真人がいた。目も口もだらしなく半開きになっている。
「大丈夫ですか?」
すかさず男は真人の肩に背中から手を回し、支えるように抱く。真人は素直にその腕に身を寄せる。その顔にはどこか生気が感じられなかった。
「まさか…寒さで風邪でも引いたのだろうか?あり得る、私が着たよりずっと前から寝ていたのだとしたら…」
「はぁ、はぁ…さ、佐花…」
虚ろになりながらも大事な人の名前を呼ぶ。ほとんど意識が消えかかっているなかでも一番に出てくるのは佐花の名前だったのだ。それだけ佐花に頼りきりになっていたなんてことに真人は全然気付いていなかった。
「さ…はな?それは誰の名前でしょうか…」
「ハァハァ……」
「駄目だ、意識がなくなりかけてる。なぜ、いきなりこんな…」
そっと手を真人のおでこに当てる男。そこから感じられたのは普通の人肌よりも少しだけ熱いものだった。
真人の身体からは汗も滲み出ており、とても健康な状態とはいいがたいものになっていた。顔色の悪さから男は本当にやばいと悟った。
「とりあえず病院か…ん?」
携帯を取出し連絡を取ろうとする男の手を頼りない力で引き止める真人。ほとんど反射的な行為であったのだろう。視線は男には向いていなかった。
「び、病院は…だめ…です」
「どうしてだい?とても顔色が悪そうだし、このままにしていたらいいことは絶対にない。身体のことを考えるなら…」
「は、羽…」
「羽?」
「…本物……なん…です」
止む終えず真人は男に本当のことを言う。このまま病院に引き渡されれば…本物の羽だと気付かれれば、何をされるかわかったものではない。
男は背中から回している腕に挟まれた真人の羽を見る。よくよく見ればそれが生えているところには肌との境みたいなものは見当たらない。肩甲骨あたりからなだらかに続いているのだ。
その感触も、作り物とは思えないくらい繊細なものであった。さらさらと流れるような白い羽にはとても現実身を感じられないが、それ以上に存在感があった。
「なっ!?冗談でしょう?私も確かに本物みたいとは言いましたが…もちろん冗談のつもりでした。そんな…ありえない」
「ハァハァ…お願いですから…病院だけは…」
「…確かにこれでは不味い…ですよね。…くっ、あそこに帰れば少しは対処できるでしょうに…」
「うっ!」
「今度はどうなされたんですか!」
「お、おな、お腹が…」
強く腹を押さえ苦痛に顔を歪める真人。その余裕のない表情にさすがの男も焦りを感じずにはいられなかった。
「くっ…仕方ありません。少し我慢してください」
男は背に回した手ね力を少し強め、左手を真人の膝裏に持ってくる。そのままゆっくりと持ち上げ、所謂お姫様だっこの状態になる。
真人は少しだけ抵抗したが、そんな気力もないためあっさりと体重を預けた。
「近場に車を止めていますので、そこまで我慢してください」
痛みを我慢する真人に気を遣い、揺らさないようにゆっくりと歩きだす男。車は公園からさほど離れた位置に停車していないので、一先ず車に乗せてからどうするかを考えることにしていた。
しかし、公園の出口付近、一人の影が男の視界に入った。男は無視してそのまま突っ切ろうとしたが、その人物は男が通ろうとするところに両手を広げ行く手を阻んだ。
「すみませんが…今私はとても急いでいます。あなたが誰かは存じませんが、ここを通してくれませんか?」
男の柔和な口調にその人物は少しだけ動揺を見せたが、毅然とした態度で口を開く。
「それはこっちの台詞よ。あなたは一体だれ?その子を返して」
その声を聞いて真人は首を傾ける。聞き覚えのある声。安心する声。しかし今は会いたくはなかった。
「さ、佐花…なんで…ここに?」
「佐花?彼女が…」
男は真人の顔をうかがってから目の前の人物の顔を再確認する。
必死さを隠さない強い目。意地が意地でも真人を渡さないという感情がひしひしと男に伝わってきた。しかし、男はこんな状況でもなお、美しい女性だと感じていた。
「あなたは…この人の保護者ですか?」
「…ええ。でもその言い方は気に食わないわ。家族よ。私の大切なたった一人の家族」
「そう…ですか…しかしあなたは…」
男は佐花を今度は鋭い視線で見つめる。問い詰めるような視線を佐花は感じた。
「あなたは、この人とは血は繋がっていませんよね?」
「…さすがにそれはわかるわよね…だけどなに?なにか関係あるって言うの?」
「あなたは…この人の価値がわかっていますか?」
「そんなことあなたに言われなくたって大事な…」
「違います。そういうことではございません。この人がどれだけ珍しい存在であるかを理解しているのか、と聞いているんです」
語意を強めて男は言った。佐花もその言葉の意味は理解していた。しかし、彼女にとってはそんなことはどうでもいいことなのだ。
佐花は一歩男に歩み寄り、口を開く。
「珍しいからなによ。真人は真人。私の大切な家族。それだけで十分なの。もういいでしょ?誘拐は犯罪よ。今から警察を呼ぶことだってできるんだから」
佐花は携帯をとりだし、男に見せ付けた。男はそれを見て目を丸くしたかと思えば鼻で笑いだす。
「くくく…誘拐ですか。そうですね。そうです。そうかもしれません。しかし、今は…真人さんと言いましたね。真人さんの状態を確認するのが先決です」
「なっ、真人になにかしたの!」
いまさらになって真人の異常に気付いた佐花は男に敵意をむき出しにする。
「違います。真人さんがいきなり調子を悪くしたようですから対処しようと思いまして私が車に連れて行こうとしていたんです」
「そんな心配は結構だわ!真人は私が看病する。だからあなたに用はないわ!」
「あなたになにが出来ると言うのですか?私には仲間に医者がいます。彼女に見せることが出来ればひとまず安心なんです。何か悪いことになる前に連れていかなければ危ないかもしれないんですよ?」
「私が病院に連れていくわ!」
「先程も言ったはずですよ?真人さんは珍しいと。病院なんかに連れていって大丈夫とでもおっしゃるのですか?」
思わずたじろぐ佐花。確かに佐花にはそういう医療関係の知識は皆無だ。だがこのまま男に真人を連れていかれて平気なわけがない。真人のことは心配だ。しかし、心配だからこそ男に手渡すことが出来ない。
「な、なら…真人に決めてもらえばいいじゃない」
「今真人さんは冷静に判断する能力を失っています。そんな中で判断を促すのは間違っていますよ」
「いや、嫌よ!真人は渡さないわ!あなたみたいな見ず知らずの男に!」
「く、わからない人ですね…仕方ない。では診察だけさせてもらうというのはどうでしょう。あなたの家に真人さんを連れて帰る。そして少し時間はかかることになりますが、医師を私が連れてくる。それではダメですか?」
本当は男としては真人を連れて帰りたかったが、無茶なことはしたくないと、真人のために妥協した。
そんな男の言葉を聞いてもなお佐花はまだ納得し難かったが、それがまだ良いほうだと、さすがに妥協する。広げていた両手を下げ表情を幾分か緩めた。
「…わかったわよ。だけど真人は私が連れて帰る。あなたの車なんかには乗せたくないわ。住所は渡すから後で来て」
「…わかりました」
男はしぶしぶ佐花の腕へと真人を預けた。車で運んだほうが断然に早いのだが、変に刺激はしないほうがいいだろうと考えたのだ。
「真人…」
佐花は真人を抱き締める。もうすでに意識はないのだが、それでも真人の温度を腕に抱き確かめていた。熱い、本当に危ないのかもしれないと改めて認識する。
男はメモ帳とボールペンを取出し、佐花から住所を聞く。確認し終えるとメモ帳を折り畳み内ポケットへと収めた。
「では、私は急いで連れて来ますので、あなたも早く帰られたほうがよろしいですよ」
「言われなくてもわかってるわよ」
「そうですね、では…」
男は早歩きで去っていった。佐花は十秒ほど見ていたがすぐに目を放し真人を見る。
「ごめんね真人。早く帰ろっか…」
佐花は真人を軽く浮かせ抱き直し、公園から去っていった。