EP13 男
PV16000、ユニーク2700ありがとうございます。これからも頑張りたいと思います。
「…なによ、真琴一人で出かけちゃって。全然一人で外に出られるじゃない。私なんかまだ一人は怖いっていうのに…私だけ置いてけぼりにしちゃってさ…」
佐花は床にばらまかれた服を片付けながら一人部屋のなかにいた。
「せっかく私が買ってあげた服なのにわがままなんて言っちゃって…なによ」
強がりを言ってみるものの寂しさは消えず、むしろ虚しくなっていくだけであった。頬から一筋の涙が流れ落ちたことに気付き、慌てて右腕で拭う。
「…真琴のバカ、私がどれだけ頑張ってると思ってるのよ」
そこで玄関からチャイムの音が鳴る。佐花は身体を一瞬びくつかせ、畳んだ服を脇に置いてから立ち上がった。
――誰だろう…いや、あいつに…あいつらに決まってるわ。
玄関へと向かう佐花の顔はどこか不安気であった。
「はい、今でますから」
玄関の戸を開ける。
――なんだ、あいつじゃないじゃない。
ほっと胸を撫で下ろす佐花。しかし、それも一瞬のことであった。
玄関にいた男は胸の内ポケットから手帳を取出し佐花へとかざす。
「警察の者です。こちらにシノノメマコトという人物はいらっしゃいますか?」
「…神様っているのかな?」
「なんだよ突然」
「別に突然過ぎるような話でもないだろ?いいじゃん、ちょっとぐらい聞いてよ」
「はいはい。あぁ…俺はいないと思うぜ?神様なんてのはよ」
「なんでそんなこというのさ」
「だってよ、考えてもみろ。神様がいたなら皆幸せだろ普通はよ。だけど本当に幸せなやつなんてそんなにいないじゃないか」
「そうかな…」
「そうさ」
「でも俺は自分が幸せだとは思うよ?」
「なんでそんなアホみたいなことが言えんだよ」
「だって零と一緒にいられてるし。毎日楽しいし」
「…それもそうか」
「あれ?やけに素直だね。零らしくないよ」
「バカ野郎、そこは素直にありがとうって言っとくもんなんだよ」
「零はたまに難しいことを言うね」
「あぁ、難しいことを知らなきゃ大人になれないからな。…そういや、お前知ってるか?最近怖い病気が流行ってるらしいぞ」
「…知らない。難しいことわかんないから」
「…俺はさ、その病気が一体なんなのかは聞いちゃいないけどよ、もし、それで死ぬとしたら…嫌だろ?」
「うん?よくわかんないけど病気は嫌だよ」
「…死ぬってのは何も感じなくなることらしい。本に書いてあった。それがどういうことなのか俺にだってよくわからないけど…そのことを知ってから怖いのが消えないんだ」
「…怖い夢見るの?」
「あぁ。だからな、調べた。死なない方法。でも見つからなかった。俺たちってさ、いつかは絶対死ぬらしい」
「…それって怖いこと?」
「かなりな。一番怖いことだ」
「へぇー。さすが物知り!びっくりしたよ!」
「…お前には難しかったか。まぁいいや。…なぁ、真人」
「ん?」
「もしさ、もし神様がいたとしたら…病気も無くしてくれるのか?死ぬのも無くしてくれるのか?」
「そりゃそうだよ!神様はなんでも出来るからね」
「そうか…そうだよな。よし、俺ちょっと神様信じてみることにするわ」
「えっ?さっきまでいないって言ってたのに?」
「いないかは知らないから調べるんだよ!もしかしたら神様ってただでは幸せにしてくれないのかもしれないし」
「そうなの?」
「いや、俺は知らないさ。でも調べみるだけ調べるよ。俺、一生死にたくないし」
「そっか、頑張るんだね」
「あぁ、頑張るよ」
「お兄ちゃん!お母さんがもうご飯だって!」
「…あ、妹ちゃんのお出ましじゃねえか」
「うん、みたいだね。じゃあ俺は帰るよ。またね、零」
「あぁ、また明日な…」
また明日―――
「ん?」
ふと肌寒い風で目が覚める真人。公園のベンチに座ったまま寝てしまったらしい。いわゆるふて寝、というやつだ。
「ふて寝なんかしてたら本当に子供みたいだよな。佐花にからかわれても仕方ないのかな……あれ、なんだこれ?」
真人の身体には黒色のスーツが丁寧に掛けられていた。誰のものだろうと辺りを見回すと、真人の隣には、一人の男が腕を組んで座っていた。サングラスを掛けていて目は見えないが、軽く寝息をたてているようだ。
真人が起きたことに気付いたのか、男は身体をぴくりと震わせると軽く欠伸をし、真人の方へと向いた。
「おや、起きられましたか。いやはや、見守っているつもりでしたが、思わず私まで眠ってしまっていました。申し訳ございません。あ、このスーツですか?いや、少し風も吹いていましたので、そのお召し物では少し寒いのではと思いましたので勝手ながら掛けさせていただきました」
「…え、あ…そうですか」
あまりにも淡々と話されたため、真人はあっけにとられてしまう。そもそもまだ自分は何も聞いていないのだが…と軽く不満になりつつも、男の丁寧な態度から嫌味は感じなかった。
「…あの、なんでこんな?」
「なにかおかしなことでもいたしましたか?」
「いや、まったく知らない人ですよね?」
「そうですが?それが関係あるのでしょうか?」
あまりにも会話が噛み合わないため、なるべく言葉を選ぼうとする。
「えっと…わざわざこんなことをしてくださらなくても結構でしたのに…と言いたいんですけど」
「あぁ、そういうことですか。失礼しました。簡単なことです。あなたがこんなところで一人ベンチで寝ていたのをたまたま目撃しまして、このままにしてはいられなくなりまして…ほら、最近なにかと物騒なので、あなたが起きるまで見守らせていただきました」
真人ははっとした。そうなのだ、もともと真人が佐花の家から出なかった理由にはそういうことも含まれていた。小さな少女となってしまった真人には自身を防衛する力などほとんどないため、一人では出歩かないよう気をつけていた。それなのにそんなことも感情的になることで忘れてしまい、勝手に飛び出してきてしまったのだ。
真人は少しだけ反省する。
「えっと…あ、ありがとうございました」
「いえ、礼には及びません。あなたのような美しい女性が汚らわしい輩に犯されてしまうと考えると…いてもたってもいられなくなってしまっただけなので」
笑顔でそんな物騒なことを言うので、真人は軽く青ざめた。本当にこの男がいなかったら危ない目にあっていたかもしれない。
「しかしながら、どうしてこんなところで寝ていたのですか?こういうのもなんですがあまりにも隙だらけでしたよ?ただの散歩であったとしても、もう少し身の回りに気をつけていらした方がよろしいかと」
「あ…」
嫌なことを思い出す。喧嘩をしたこと。家を飛び出したこと。帰りづらいこと。
この先どうすればいいのかまた悩みをぶり返してしまった。
「…あまり聞かないほうがよろしかったようですね。ですが、まぁだいたいのことはお察します。大方喧嘩による家出みたいなものでしょう?」
「…なんで!」
「おや、ご名答でしたか。いえ、そんな大したことではありません。ただ一番ありがちな可能性を言ったまでですよ」
そうは言われたものの、自分の心中を当てられ驚きを隠せない真人。それと共にこの男に底知れぬものを感じずにはいられなかった。
「なるほど…ならば今はすぐには家に帰りづらい、といったところなのでしょうか。時間をひたすら潰して時が経つのを待つ。時が解決してくれるのを待つ、そうでも考えていたのではないですか?」
「わ、私は…」
何一つと狂いもなく言い当てられたため、何も言い返せなかった。
「…失礼。少し言いすぎましたか。他人の事情に口出しをするのは私の悪い癖です。毎度の様に気をつけてはいるのですが…」
「いえ、あなたは悪くないです。悪いのは…自分だったから」
「…」
佐花に勝手に怒ってしまい、自分を押さえられなかった。そんな自分を真人は責めるしかなかった。
「事情は知りませんが、あまり自分を責めないでください。仕方なかった、という場合も必ずありますから。いざこざがあったのなら、自分と相手、どちらにも絶対に悪いところはあるものですよ。フィフティーフィフティー。そう考えると心が楽になりませんか?」
「…はい、ありがとうございます」
真人は男にそう言われ、少しだけ心が軽くなっていた。この男は人を安心させるような何かを持っているのかもしれない、そう感じた。
「どういたしまして。…それよりも…」
男は真人の目に向けていた視線をの背中の方に移す。そこには、小さくはなったものの、確かに白い綺麗な羽がある。
「それは飾り…ですか?キュートな羽が生えているようですが」
「あ、これは…」
誤魔化すために飾りだと肯定しようとしたが、ためらってしまう。もしかしたらこの男にならば本当のことを言っても大丈夫なのではと。
さっきから話す限りかなり頭のいい人間みたいだし、人の気持ちを察する点にも長けている。もし、不思議がられるとはしても優しくしてくれるのではないか?
そもそも真人は相談相手が欲しかったのだ。この非日常的な変化を遂げてしまったことによる不安の捌け口を。自分はなぜ生き返ったのか、誰のために生きているのか。責めてわからないにしても誰かに聞いて欲しいとずっと思っていた。
しかし、佐花には言えなかった。佐花は真人に何かしらの事情があるとわかっているにも関わらず、あえて聞きはしないという優しさを持っていてくれた。それを打ち壊すなどと言うことは真人には出来なかった。
だが…やはり止めた。いくら佐花には言えないとはいえ、見ず知らずの男に言う必要はない。
「…これは飾りで…」
「本物、みたいですね」
「えっ!」
「直接背中から生えてますし、そのように見えますよ?」
本物かといきなりばれたかと思いきや、ただの男の冗談であった。なんだ、と一安心する真人。
「そうですね、特殊なアクセサリーですから」
と飾りであることで話を進めた。
「その羽も大変似合ってらっしゃいますよ。まるで…そう、天使のようだ」
「…」
その言葉は二度目だ。佐花も言っていた、初めて出会った時のことである。羽の広がった真人を見て天使みたいだと呟いた。やはり、見た目からすれば真人は天使にしか見えないのだろう。
しかし、そんな非現実的な存在を信じるような人間はそうそういない。アクセサリーか何かだと判断し、軽くスルーをするのが普通だ。この男も一瞬は疑いの目を向けたがすぐに現実的な見方に変えていた。
「…やはり、あなたのような美しい女性を放っておくのは惜しい」
「え?」
「とは言ってもそこまで気になさらないでください。あくまで気に掛かる、と言ったニュアンスですから」
「…えっと…だからどうだと言うんですか?」
「いや…単刀直入に申しますと…もしよかったら私のところに一緒に来ませんか」
「…えっ!?」
真人は初めて受ける言葉に開いた口がふさがらなかった。
そんな驚く真人を見てもなお、男は笑顔一つ絶やさず、ニコニコした表情を真人へと向け続けているのであった。
長くなったのでここで切りです。この話はまだまだ続きますよ。