EP11 Make up
歩いて数十分の場所にそれはあった。大型衣料品店。ここらでは一番の大きさと品物の豊富さを誇っている。でかでかと掲げられた看板はそれを主張するかのように高い位置にたたずんでいた。
駐車場も半端ではないスペースを所持しており、何100台でも車が止まれそうなほどだ。
そこの駐車場付近に人影が二つ、真人と佐花だ。
「着いたよ! ここ、すっごいんだから」
「そ、そう……」
「あれ? やけに疲れてない?」
「だ、だって佐花が速いから」
繋いでいた手は今も尚握られており、真人は片方の手を膝に付いて肩で呼吸をしていた。つまり、真人は、佐花のペースに合わせながら歩かなければならなかったのだ。
「大げさね、私普通に歩いていたわよ?」
「歩幅が違うんだよ!」
「ゆっくり歩きたかったのなら言えばよかったじゃない」
「うっ……」
反論できなくなり、言葉をつまらせる。
「それにゆっくり歩いていたらそれだけ見られる時間も長くなるのよ?」
「そ、それだけは嫌だ」
ここに来るまでの途中、真人の物珍しい格好にかなりの人々の視線が集まっていた。多くの人はコスプレかなにかと思って見ていたが、その可愛らしい容姿だけでも男たちの視線を集めるには十分だった。どちらにしても真人にとっては気分がいいものではなかったため、早く歩いていたのはそれはそれでありがたかったのかもしれない。
「ま、真琴は可愛いからみんな見ちゃうのは仕方ないとも思えるけどね」
「変な冗談言わないでよ。可愛いくないし、仕方なくもないから視線を集めるのだけは嫌だ」
「だったら文句を言われる筋合いはなかったんじゃない?」
「……ごめんなさい」
「よろしい」と言って佐花は満足気に歩きだす。引かれた腕に真人もついて行く。一向に下げる気のないペースに真人は、深いため息を付いた。
店内に入ると真人は目を見張った。想像していたよりもずっと広く、いろんな服が置いてあったからだ。天井も高く見通しがよいため、店内の雰囲気もかなりよく窮屈に感じなくなっている。
「ふぁ……」
「ね、すごいでしょ。最近じゃここほど大きい場所なんてそうそうないわよ?」
「う…うん」
店の広さにも驚いていた真人だが、それよりも客の多さに唖然としていた。外で見た人々は点々としたものだったが、ここには確かに群集とも呼べるほどの人がいる。
――まだまだ人っていっぱいいるんだなぁ。
異状の所為で人などどんどんと消えていっているものだと思っていたが、群をなすほどに人はまだまだいるのを真人は実感していた。今まで感じていた危機感など嘘のように思えた。
「なにぼーっとしてるのよ?ささ、早く服を選んじゃいましょ!」
「あ、うん」
これだけ人がいれば自分なんてちっぽけなものだと安心していた。思っていたよりも注目を集めるようなことにはならない、そう思えた真人だった。
結局はほとんど佐花が選んでいくことになった。真人には女の子が着る服なんてものがわかるはずもなかったので、佐花の持ってきた服を試着し、自分に似合うか確かめていった。
真人自身が服を選ぶこともあったが、それを佐花に見せると「似合う!可愛いよ!」の一言ばかりでなんの参考にもならない。というよりも佐花にとっては真人が何を着ても可愛く見えてしまうのである。
かれこれ着替えて32着目。未だに買うかどうかもわからないまま試着の数だけが増えていく。それもこれも真人が決めかねているからだ。
「ねぇ、まだ決まらないの?」
見かねた佐花が試着室の外から真人を呼ぶ。
「ううん。なにが似合うかわからないから…」
はっきりしない返事を返す真人。鏡を見ながら何度も自分の姿を確認する。しかし、首をかしげるだけだ。今は黒色のゴシックなワンピースを着ており真っ白な羽と対照的な色になっている。
「はぁ…じゃあ質問を変えるわ。今まで着た服の中で嫌なものはあった?」
そう言われしばし思考を廻らす。スカートを履くのは未だに慣れてはいないが嫌というほどでもなく、可愛い感じのひらひらの付いたような服でも着れないことはない。そう思い、「うん、たぶん」と返事する。
「なら、全部買うわ」
「え?」
さすがに驚いたのか試着室から思わず顔を出す真人。佐花はなんともないような涼しい顔をして腰に手をあてている。「それってどういうこと?」
「そのままの意味だけど?カードがあるから大丈夫だし」
「いや、カードがあったとしても金額の問題が…」
「大丈夫よ。だって決められないのでしょ?だったら好きなだけ買っておけばいいじゃない」
あまりの太っ腹な発言に真人は開いた口が塞がらない。今まで試着した分の服は32着だったが、どれも有名なブランドで安いはずはなかった。そんなものをこれだけ買ってなんともないわけがない。真人は佐花が心配になっていた。
「…なんでそこまでしてくれるの?私、居候してるんだよ?」
「それは私の勝手よ。私は真琴が好きだし、それにずっといたいし為になってあげたいの。それじゃだめかしら?」
「…意味わかんない」
「別にわからなくてもいいわよ。ほら、さっさとレジまで行くわよ?」
「あ、でも今着てる服は…」
「それも買うのよ!」
そう言って無理矢理試着室から真人を出すと、今まで着た全ての服を店員に託し、レジまで歩く。
「合計500万3250円です」
淡々と値段が告げられる。真人は思っていたよりも服というものがずっと高いことにびっくりしていた。さすがにこれは不味いだろうと佐花の顔を覗くが、依然として涼しい表情のままだ。
「意外と安かったわね」
佐花が口にした言葉にさらに驚かされる。
佐花は財布からカードを取出し店員に渡す。店員はそのカードを見て目を丸くするとすぐさま読み込み作業に移る。
なにを驚いているのだろうと真人はそのカードに目を凝らすとカードが黒いことに気が付く。上限なしのブラックカードだ。
真人でもどれだけ凄いものかはわかっていたため、なぜ佐花がこんなものを持っているのか謎で仕方がなかった。しかし、お互いに深いことは聞かないことにしてあるため詮索しようとは思わなかった。ただ、それを差し出した時の佐花の顔はやけに暗かった。
「会員証はお持ちでしょうか。お持ちで無ければお作りいたしますが」
店員がそう言うと佐花は顎に手をあてなにやら考えだす。
「そういや、前に来たときは断ってたのよね…」
佐花にはおおざっぱなところがある。こういうカードをいっぱい持つことは苦手なのだ。断るのは面倒だが、持つこと自体のほうが面倒だと考える。だから、大抵の場合は断るようにしているのだ。
しかし、今回の場合は違う。なぜなら金額が金額だからだ。500万もの買い物をすれば、それなりのポイントも入る。これを逃すのは少しもったいない。
考えだした答えは…
「じゃあ、この子の名義で作っていただけますか?」
真人に任せるということだった。真人は「えっ」と小さく声を漏らしたが佐花はそんなことも気にせず話を続ける。
「それではここにお名前とご住所、連絡先を…保護者の方になられますならお客様が書いていただいてもかまいません」
「そう。じゃあ真琴、私が書いておくわね。東雲真琴っと」
「えっ、ちょっと!」
制止する間などなく、さらさらと書いてゆく。それをただ呆然と見守るしかない。
そこで真人は佐花の書いた自分の名前をみて、佐花が漢字を間違って覚えていることに気が付く。口でしか名前を伝えていないため”真琴”のほうが女の名前としては自然だと佐花は考えたのだろう。
真人は間違いを指示しようとしたが、生まれ変わったのだからいっそ名前ぐらい変わってしまっても問題はないのではないか、と躊躇ってしまった。
「はい、書けました」
「それではお作りいたしますね。少々お待ちください」
そう言ってなにやら機械を操作するとすぐにカードか出来上がった。全体が赤色で、シリアルナンバーも入っている。
「今回購入された分のポイントは差し上げていますので、またのご来店の時にご利用ください。服はこちらでご自宅まで送らせてもらいますので」
そう言ったあと、真人の試着している服のタグを外す。
「こちらはお召しのまま帰宅なされて結構です。それでは、またのご来店をお待ちしております」
深い礼を受けると、佐花は「じゃ、帰りましょ」と、真人の手を引いて店を後にしていった。それはやけにスムーズで、さっさとこの場から立ち去ろうという気持ちがにじみ出ていたようだった。
真人は帰り道でずっと佐花を見ていたが、どこかおかしいような気がした。いつもとは違う、そんな感じを受けた。佐花に黒いものがまとわりついている様で嫌になった。
気が付けば佐花から目をそらし、ただ前を見て歩いている真人であった。
家に着くまでの間、二人の手は離れたままであった。
「東雲マコト?」
時を同じくしてそこには一人の男がいた。オールバックの肉付きのいい男。カーキ色のコートを羽織り、店内の柱に身体を預け腕組みをしていた。異様な威圧を放ち、そこだけ空間を切り取ったかのような温度差があった。
明らかに服を買いに来たような雰囲気ではなく、なにか別のようがあるらしかった。真人の名前を佐花が口にしたのを耳にいれると目の色を変え、その名前を反芻しだした。
レジカウンター前の佐花を見るが、人の波があり、なかなか近付けない。男はある程度人が捌けるのを待っていた。通れるようになるとすぐさまレジに近づくが、先程の客がもういなくなっていたことに気が付き肩をがくりと落とす。
「あの…どうかしましたか?」
ただ事ではない雰囲気の男に店員は心配をして声をかける。
「いや、はは、大丈夫です…」
そうは言ったものの考えを変え、店員に質問をする。
「…東雲マコト、という人物をご存知ですか?」
「東雲…あぁ、先程レジにいられたお客様ですか。ええ、顔は覚えていますよ。かわいいお嬢さんでした」
その返答に納得がいかなかったのか眉間にしわを寄せる男。だが、情報が聞けてよかったと続けて質問をする。
「住所…とかわかりますか?」
「お客様の個人情報をこちらから教えるわけには…」
そうだ忘れていた、と言わんばかりに手を大げさにぽんと叩く。その後コートの中に手を入れ、内ポケットから手帳を取り出した。それを店員に見せる。
「…警察の方ですか」
「はい…ご協力いただけますよね」
店員は先程書かれた紙を男に見せる。男はそこに書いてあった情報をメモすると「ご協力ありがとうございました」と短く礼をし、店を去った。
「東雲真琴…うーん、人違いか?まぁいい、どの道手がかりなんてないようなもんだ、行くだけ後で行ってみるか。ふふふふふ……」
男はずっと不気味に笑っていた。