EP10 お出かけ日和
幾日かが経った。佐花とはあれから何も変わらず、姉妹のような生活を続けている真人であった。少し気まずくなるかと思っていたお互いだったが、そこには触れないことを暗黙の了解として平凡な日常を過ごしている。
真人は未だにトイレやお風呂に行くときは躊躇してしまうが、身体自体を動かすのにはだいぶ慣れたようだ。別段病気だったわけではないので、ただ身体の動かし方を身につけたということだろう。
そして今は朝食を食べ終わった後、軽く身体を動かしていると思っていた以上に身体が柔らかいことを発見し、何度も前屈をしてその感動を味わっていた。元の身体では床に手をつくことすらままならなかったが、今では手のひらをピタリと付けることが出来るほどだ。
そんな様子を見ていた佐花は、まるで愛する妹を見ているかのように微笑ましそうな目をしていた。
「どうしたの? さっきから何度も手を床について」
「ううん、なんでもないよ」
あっさりとした答えに少し不満だった佐花だが、返された満面の笑みで自分まで笑顔が零れていた。
なんともない日常の風景ではあったが、言いようのない温かさがそこには存在していた。二人とも、互いに今までの日々が嘘かのように思えてきたのだ。
いっそ、互いの暗い過去は捨てよう。そう思いはじめていた二人だった。
「真琴元気になったわよね」
「うん、おかげさまで」
「私の買ってきた服にも慣れたかしら?」
そう言われて視線を落とす真人。今身につけているのは背中が広めに開いているピンクのキャミソールだ。これなら羽も服の外に出るため窮屈さを感じさせない。下は大腿を露出したショートジーンズパンツ。それに付けた大きなベルト。全体的に見れば若干パンク気味の格好だ。背中の羽がそれを引き立たせている。
いささか露出の多い格好ではあるが、スカートよりはましという少しずれた観点を持っているため、真人はすんなり身をそれに包んだのだ。
「……うん、まぁまぁかな」
「よかったぁ、また嫌だとか言われたら私どうしようって思ってたのよ」
「うっ、なんかごめんなさい」
「いいわよ全然! むしろあなたの気にいった格好の方が絶対にあなたにとっていいんだから」
その言葉を聞いて安心したのか表情に綻びを見せる真人。無理強いをさせないのは当たり前といえば当たり前なのだが、真人にとっては文句を言えない立場だったのでそれが嬉しかったようだ。
「だからね、今日こそはあなたのために服を買いに行こうと思うの」
「え? この前に行ってくれたよね?」
「違うわよ、あなたも一緒に行くの!」
思わず身体をびくつかせる。この間に言っていたことなのでいきなりのことではないのだが、いざとなると少し不安を隠せない。
なぜなら真人には人とは違うものがあり、それを隠すすべがないからだ。
「で、でも……」
困ったように首を後ろに回す。それを見ていた佐花は諭すように真人に言う。
「大丈夫よ、安心しなさい。その格好ならアクセサリーか何かだと思ってくれるわ。もし心配ならその羽が目立たなくなるくらい派手な格好にしてあげなくもないけど?」
それだけは勘弁して欲しい、と両手を顔の前でぶんぶんと振る真人。
しかし、心配な点は羽だけではない。髪の色もまた珍しいものだ。見た目日本人には見えないゆえに日本語をしゃべっていると一般人から見ればかなりのギャップを感じざるをえないものだろう。
他人の視線というものに慣れていない真人は、それらの点で注目を浴びるのが嫌であった。自意識過剰なところもあるが、ただ臆病なだけなのだろう。
「髪……」
「そんなのいまさらじゃない。私はまったく気にしないわ」
「それは佐花だからだよ!」
「結構文句言うタイプなのね。弱気な方かと思ってたけどわりと頑固じゃない」
「それ、バカにしてる?」
「バカになんかしてないわ、むしろ感心してるの。前まで元気なかったから安心したわ」
「そう……」
話の骨を折られてしまったが、そう言われると嬉しく思えて仕方がない。心配してもらえると素直に喜んでしまう性格であるようだ。
「とにかく、そんなんじゃいつまでたっても家から一歩も出ることなんか出来ないわよ! 別に身体の調子が悪いわけじゃないし、誰かがあなたを監禁してるわけでもないんだから外に出ないなんて損なだけよ?」
これだけ言われると真人もそう思えてきたのか、自然と頭を縦に振っていた。
それを見て納得したのか、佐花は隣の部屋から数々のアクセサリーを持ってき、それを真人に飾りつけた。
「ほら、これだけ派手ならファッションの一種だって思ってくれるわよ!」
「うぅ……これならスカートの方がましだった……」
「こんなにかわいいのにスカートが苦手ってあなた少し変わってるわよね」
「……」
結局タンクトップにジーンズの佐花とは対照的に派手なパンクファッションで外に出ることになってしまった真人であった。佐花の用意していた靴も、それに合わせていたかのような踵の高いサンダルであった。
アクセサリーもどこかパンク気味で、どう考えても最初から羽の対策をしているとしか思えなかった。
「うん、これなら羽なんか気にならないよ」
「ふふん、そうでしょ」
「他のとこが恥ずかし過ぎる…」
「あれっ!?」
きょとんとする佐花を尻目に真人はゆっくりと玄関の戸を開いた。目に飛び込んでくる風景は――今まで知っていたものであったが、変わっているものの方が多かった。
どうやら都心部から少し離れた場所の様で、真人が住んでいた場所とも結構近いように思えた。
「……どうしたの? 立ち止まっちゃって」
「あ、いや、久しぶりの外だったから。ちょっと見渡してた」
とっさに答える。感慨に耽っていたなんて言ったらまた話がややこしくなりそうだからあえて言わなかった。あくまで自分はよくわからない少女、それで通しておこうと思ったのだ。
「とにかくさ、早く行こ?」
「うん」
慣れないサンダルで真人は歩き始めた。歩けば歩いていくほど見たことのある景色、懐かしい風景、街並み。真人は楽しみながら大股で歩いていた。
「そんなに外がうれしい? やっぱ出てよかったわね」
「うんっ!」
あまりに子供っぽい返答をしてしまったため、後になって恥ずかしくなってきた真人。しかし、顔が赤くなっているのは興奮しているからなんだと、勝手に解釈をする佐花。
佐花は調子に乗り、提案を出す。
「ねぇ、真琴?」
「なに?」
「手、繋がない?」
「それはさすがに……一応18だよ? そんな子供っぽいこと出来ないよ」
さっきの反省を生かし、大人振ろうとする。実際は服装と容姿の時点で大人と言えたものではないのだが。
「むっ、生意気な! それに子供じゃなくたって仲がいい友達は手を繋ぐでしょ?」
「男は繋がないよ!」
「なんで今男が関係すんのよ」
「あ、いや、言葉のあやだよ!」
思わず口が滑ってしまった。今の発言だけで何も気付くとは思えないが、焦りを隠せない真人。
「ふーん、なるほど。それって女の子なら手を繋ぐって意味でいいわよね!」
「えっ!」
と、言い返そうと思うや否や、真人の手は油断した瞬時に佐花に奪われてしまった。
「は、離して!」
必死に抵抗を見せ、片方の手で引き剥がそうとするが、真人よりも二周りは身長の違う佐花にとってはまったく無意味である。
「ははははは、観念しなさい!ほらほら、行くわよ。さっさと歩かなきゃ日が暮れちゃうわ」
「うぅ……離せえ……」
ほとんど引きずられるかのように真人は手を引かれていった。