辺境の大怪鳥殺し
「団長……帰るのか……?」
風吹く丘の上、大木の下、墓石の前に立つ一人の女と男が二人。
「えぇ……私はもう……。巨塔を去るわ……」
眼下に広がる賑わう都市の端に立つ、頂きの見えぬ巨塔。
「こいつが死んだのは……アンタのせいじゃない……」
墓に眠っているのは、団の盾役だった女の弟……。
「団長……俺達、また……いつか一緒に……」
必死に女を説得している痩身の男は団の年長で斥候役、諦めの悪い性格だ。
「ごめんなさい……」
女は一言そう告げて去った……。
「団長は……行ったか……」
長髪を結んだ男は、女と肩を並べ共に前線で戦った剣士。
「あぁ……。あ〜勿体ねぇなぁ〜! クソッ! あと少しだったんだぞっ!」
世界で初めて、巨塔の最上階を踏んだパーティー。
「そうだな……。最後のフロア……あの先に確かに見えていた……。扉……」
だが、彼等の挑戦は扉を前にして、未確認の巨大なモンスターによって阻まれた。
「でも……団長がいなけりゃ……! もう一度、最上階まで登ることは……」
伝説では、扉の先には忘れ去られた世界の真実が眠ると云う。
「仕方ないだろ……。俺達はそこまでだった……。って事だ……」
そして計り知れない富も……。
「俺も故郷の北域へ帰るが、お前はどうする?」
この地上での絶対的な名声も……。
「ケッ! 俺はアンタ達がいないとすぐに死んじまうよっ!」
それから十年、未だ塔の頂に到達した者はいない……。
「さぁ……もう諦めてその王家の首飾りを渡すのだ……。姫……」
南大陸の海岸、切り立つ岩壁の上、世界の端に追い詰められた少女の背後に、果てしなく広がる白死海、その底を覗き見た者はいない……。
「姫よ……お前も知っているだろう? その海に落ちて、帰って来た者はいない……」
世界の全てを覆う白い海。
南大陸と中央大陸の境にある青海とは違う、人が浮かばない海。
その下にはアビスが広がっていると言われている。
「お前の首飾り……その宝玉があれば、神ノ山の麓、神殿に眠る扉を開く事ができるのだ!」
世界の中心にそびえる世界最高峰の山、その麓にある神殿は中央大陸王家が守り、そこに眠る扉を開く為の鍵は南大陸王家が守っていた。
「駄目です! あれは邪悪な者を封じこの世界を守る為の扉! 絶対に! この鍵を渡すわけにはいきません!」
少女を追い詰めるのは北大陸の王。
「嘘を付くなぁーーーっ!! 神ノ山だぞっ! その先には神の世界が広がっているに決まっているだろっ!」
先日、突如として彼は中央大陸を攻め占拠し、そして南大陸にも侵攻して来た。
「私の治める北大陸は寒く厳しい土地だ……。北大陸の民はいつも飢えていたのに、お前達、暖かい地域の二国は青海を独占し、我々に充分な支援をして来なかった!」
だが、その目的はあくまで、彼が信じる新たな世界へ北大陸の民を導く事、それさえ叶えば、二国からは手を引くつもりでいる。
「最早、神の世界を目指すしか我々には道が残されていない! それが叶わぬと云うのならば、お前達の全てを……奪うしかなくなるぞっ!」
大地の縁、北王の手が、少女の胸元へと伸びる……。
「嫌っ! ダメッ! 離し、て……!? きゃあーーーーっ!!」
北王の手を振り払おうとした少女は足を滑らせ、白死海へと堕ちた……。
「なぁあぁぁっ!? クッ……! クソォオォォーーーーッ!!」
南大陸王家の鍵が無ければ扉は開かない……。
「フッ……フハッ、ハハハッ! ハーッハッハッハッ!」
北王は振り返り、背後を囲む部下達に命じる。
「行くぞっ! こうなれば仕方ない……。この世界の全てを……支配するぞっ!!」
落下のショックで気を失った少女が、白波を抜けたその時!
途轍もなく巨大な黒い影が現れ、少女の姿は消えた……。
「あらあら……今日の相手はアナタ? また、一段と大きいわね……」
この空を支配する巨大な鳥類達、世界の中央にそびえる巨塔の壁面に生息し、出産の時期になると、東西の辺境に移動し巣を作り卵を産む。
「悪いけど、こんな所に巣を作られると、この辺りの村の人達が安心して生活出来ないの……」
その中でも特に大きなこの巨鴉は、光り物が好きで集める習性があり、人が宝石などを身に着けていると攫われてしまう事がある。
「んっ!? あれは……嘘っ!? 遅かった!?」
その為この世界には、それら巨大な鳥達の駆除を生業とする者達がいる。
「不味いわね……。早く片付けないと……」
畏敬の念を込めて……。
人々は彼らを、大怪鳥殺しと呼んだ。
「カアー! ガアーッ! バッカ! アフォー!」
その女は巨鴉と戦うにはあまりに軽装で、胸と肩と腰に小さな防具を当てているだけ、豊かな胸の谷間とクビレた腹や筋肉質な手脚は露出した状態である。
「あなた……今……私の事を、馬鹿にしてたでしょう……!」
女は肩に担いでいた相棒を振り抜き、巨鴉に狙いを定めて両手で構え、次の瞬間、相棒を盾にして正面から突撃した!
「ガアッ! カア! ガアァァァッッッ!!」
すかさず巨鴉は跳ね上がり、両足の爪で応戦する!
「無駄ぁ! 無駄ぁ! 無駄ぁ! 無駄ぁ! 無駄あぁっっ!!」
女は相棒の巨刃と柄を使って、その攻撃の全てをいなす!
「オラァ! オラァ! オラァ! オラァ! オラアァーーッッッっ!!」
女が相棒を横一文字に大振りで振るう!
「キョエーーッッ!! クエーーッッッ!!」
間一髪で攻撃を躱した巨鴉は、地上戦は危険と察知し、羽を広げ後ろへ飛び立とうとした。
「はいはい……。そうはいかないわよっ!」
空に飛ばれると遠距離武器ですら、巨鴉を倒すのは難しい。
〝ガチャッ!〟
女はすかさず腰の後ろから、大きな鉄錠が片側に取り付けられた革のロープを取り出し、巨鴉の足首に嵌める!
「絶対に逃がさないっ!! ふぅんっ!! うるぁあぁあぁあっ!!!!」
一瞬、空に浮いた五百キロ超えの巨鴉を、利き手に相棒を握ったまま、左手で握ったロープで地面に振り落とした!
「ガッ……!? ガアッ……アァ……カッ……ッ……」
脳天から叩き付けられた巨鴉は、大地に横たわり敗北の声を漏らす。
「喰らえっ! バトルアックスラッシュ! メテオッ!!」
女は勢いを付けて飛び上がり、両腕で天高く掲げた相棒を自身と共に垂直回転させながら、巨鴉の首筋に振り落とした!
「!!!!」
巨鴉の首が落ち……噴き出す鮮血……。
辺り一面……血の海に沈んだ……。
「おーい! お嬢さん? 生きてる? おーい!」
その種族に似合わぬ高い身長、細く引き締まった肉体、滑らかな褐色の肌、大きな琥珀の瞳に艶のある赤茶髪。
〝世界で最も美しい……〟と語られる女。
「んっ……んん……ここは? アナタ……誰?」
〝世界で最も狂ってる……〟と畏怖され、〝最も強い〟と認められたドワーフ。
「んっ!? 起きた!? 良かった〜、でも……今、何て言ったの……?」
〝世界一巨大〟と評される戦斧を振るう戦姫。
「最初、目に入った時は、もう死んでるかと思ったわ……」
嘗て巨塔の最上階に世界で初めて踏み入り、唯一、伝説上の扉の存在を確かめたパーティー、その団長。
「……!? 古代語……!? 王族しか喋れない筈の言語を何故……?」
(それに……変わった形の耳……)
女は今、西域の辺境で大怪鳥を狩っている。
「私の名前はディア! ディア・グランデよ……。よろしくね! お嬢さん!」
読んでくださってありがとうございました。