表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

令嬢シリーズ

廃刀令嬢の祈り方

作者: 無色

 令嬢シリーズの第二弾となります。

 聖歴1876年3月28日。


 個人の武力が禁じられたこの日、世界中から多くの命が消えた。


 "(さむらい)"……剣に生き、剣と共に在り、数多の戦場をその剣で切り拓いてきた剣士たちを殺す法。


 それが"廃刀令"。


 時代の節目の名前である。




「皮肉だとは思わないか」


 窓辺で煙管(きせる)を吹かす彼女もその一人。


「何がだい? アスカ」


 アスカ=リュウザキ。


 公爵家の嫡女でありながら、他を寄せ付けない剣才に恵まれ、僅か十歳で駆り出された初陣では、百と五十一人を斬り伏せるという戦果を上げた稀代の怪物。


 その後多くの武勲を上げるも、富と名声の一切に興味を示さず、戦場に在り続けることだけを望んだ彼女を、人々は有り余る畏怖と敬意を込めて"剣聖令嬢(けんせいれいじょう)"と呼んだ。


「剣で培われてきた時代が剣を望まなくなった」


「それだけ平和になったということさ」


「つまらない時代が来るぞ」


「君にとってはそうかもね。けど、力を持たない人たちには安寧の兆しだ。武力に怯えることも無く、天下の往来を堂々と歩けるようになる。この国は、いや、世界はきっと良い方に変わるよ」


「お前もそれを望むのか」


「さあ、どうだろうね」


 市井の片隅で眠っていたぼくを見つけたのが彼女だ。


 以降、ずっと彼女の友人……という名の遊び相手を仰せつかっている。


「日がな一日空を見上げる生活も悪くないと、ぼくは思うけどね」


「私に死ねと言っているようなものだ」


「野心を抱くのが遅かったね。君の腕なら剣一本で世界の王にだってなれたのに」


 そのためには、王位の簒奪という反乱(クーデター)は必須だったろうけど。


「私は人を斬れればそれでいい。それでよかった。もうこの先は、それが叶わないんだな」


「叶わないことは無いだろう。英雄と謳われる(さむらい)がいれば、闇に潜んで歴史の表舞台に立つことを辞めた人斬りもいる。どうしても人を斬るのを我慢出来なくなったら、修羅の道に堕ちればいい」


「生憎と私は犯罪者になりたいわけじゃない」


「どうしてもと言ったろう? 戦場という大義名分が消えた今、剣は所持しているだけで罪だ。人斬りの技は護身の技へ、人斬りのための刀剣は、護身の(すべ)を学ぶための竹刀(しない)木刀(ぼくとう)へと変わるのさ。人々が望んだんだよ。平和というやつを」


 尤も、是非は知れたことじゃない。


 望んだのが平和なのか、それともたった一人の剣聖を恐れたが故の"廃刀令"なのか。


 布告を発した王や役人たちの考えなんて、勘繰るだけ無駄というものだ。


 ただ彼らには幸運なこともある。


 彼女が理性無き血の獣であったなら、富と名声に溺れる貪欲な魔物であったなら、"廃刀令"など認められる前にその首に別れを告げることになっていただろうから。


「これからどうしようか」


「好きに生きればいいさ。淑女らしく花を愛で、お茶を嗜み、友と語らう。そんな君もぼくは素敵に思うよ。人並みに恋をして、生涯を共にする伴侶に添い遂げる。それがきっと普通の幸せなんだろう」


 絹糸の髪に、ただ一つのかすり傷さえ無い玉の肌。


 君の美しさは戦場でなくとも映える。


 ずっと一緒にいたぼくが言うんだ。


 間違いない。


「眩しいくらいに底抜けな平穏。だがそこにお前はいない」


「いないんじゃない。要らないのさ」


「そんなのダメだ」


「それが平和だよ」


 アスカ、ぼくの友。


 ぼくは君の相棒で、無二の共犯者だ。


 君は英雄にはならかった。

 

 この先なることもない。


 君の名前はやがて歴史の片隅からも消えるだろう。

 

 けれどぼくは覚えている。


 "剣聖令嬢(けんせいれいじょう)"よ、ぼくだけは君を。


「さよならだ」


 恋でも無ければ愛でもない。


 この気持ちの名前は一体なんだろうね、と。


 ぼくは眠りについた。


 


 ――――――――




「あの子が欲しいです」


 後にも先にも、私が父に何かをねだったのはその時が初だった。


 一目惚れだ。


 幾度となく共に戦場を駆け、数多の強者と斬り結び、夥しい血をその身に浴びても尚、凛と輝くその姿に私は想いを寄せた。


「何が普通の幸せだ」


 お前がいない日常に、いったいどれほどの価値がある。


 お前さえいれば私はそれでよかったのに。


「何故共に在ることを望んでくれない。何故……」


 もしも誰かを斬ることでお前といられるなら。


 そう思ってしまう私を、お前は愚かに思うだろうか。


 人を愛さず、人を慈しまず、欲も快楽も抱かないまま、ただ人を斬ることだけを望んだ欠陥品を、お前は。


「もうお前は声を聞かせてくれないんだな」


 この錆びに名前を付けるなら、人はきっと"失恋"とそう呼ぶのだろう。


 この先もずっと苦いまま生きるのかと思うと気が狂いそうだ。


 富も名声も、人並みの幸せも要らない。


 だからもう一度……せめてもう一度、お前の声を――――――――




 私は一振りの剣を抱きながら、届かない祈りを捧げた。

 普段は異世界百合を書いていますが、今回は初めての試みに挑戦しました。


 お気に召していただければ幸いです。


 興味がありましたら、当方の別作品もご覧になってみてください。


 お目を通していただき、ありがとうございましたm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ