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84 勢い任せに堂々と


 アリーダ、アリエッタ、セイリットは帝国軍の拠点に近付く。

 帝国軍の拠点もギルドの拠点同様、赤い大地に複数のテントを立てただけのもの。しかしギルド側と違い大人数なので、一つの町かと思う程に拠点が広い。空気は重く近付くだけでも気が滅入る。


 拠点には見張りの魔人が大勢立っている。全方位に二人ずつ配備されているので侵入は難しい。遮蔽物(しゃへいぶつ)は枯れ木しかなく、アリーダ達は様子見のために枯れ木の裏へと隠れた。


「見張りが居ますね。どうやって入りましょうか」


「指揮官と話がしたいですが、この見張りの突破は無理ですよね」


 真面目なアリエッタの言葉にアリーダは深くため息を吐く。


「はあああぁ、お前等ダメダメ。考え方固すぎ」


「ほう、アリーダ君はもう突破法を思い付いていると?」


「ちげえよ。お前等勘違いしてるから言っとくぞ。俺達の目的はアリエッタの生存を見せつけ、帝国軍が戦う理由を消すことだ。つまりね、隠れる必要なんて全然ないわけよ。堂々と歩いて行きゃあいい」


 アリーダは枯れ木の裏から出て、堂々と歩いて拠点に向かう。

 アリエッタとセイリットは驚きつつアリーダの後を追った。


 どこにも隠れずに歩けば当然見張りに気付かれる。既に発見されており、見張りの魔人二人の顔には警戒心が出ていた。それでもアリーダ達は歩くペースを遅めず目の前まで近寄る。


「止まれ。お前、魔人か? 人間に見えるが」


 緑肌で長身な男が剣を抜く。

 人型の鴉のような女が弓を構えた。


「怪しい奴等ですね。後ろの黒髪の女は尻尾が生えているし魔人でしょうが」


 アリエッタを見ても見張りの魔人二人に動揺は見られない。言動や表情からして二人は皇女の顔も特徴も知らないのだろう。皇女だからといって騎士全員が顔を知っているわけではない。皇女のことを知るのは過去に偶然会った騎士や、偉い役職の魔人のみ。戦争の指揮官なら確実に知っているはずだ。


「こいつら、お前のこと分からねえみてえだな」


「騎士団でも一部の騎士としか関わっていないですから」


「それよりどうするの? いきなりピンチだけど」


「勢いで乗り切る」


 魔人の中でもアリーダとセイリットは容姿が人間にしか見えない。しかし、魔人は骨の色が黒いので、最悪骨を見せれば種族の証明は出来る。セイリットはピンチと言うが、アリーダにとってはこんな状況ピンチの内に入らない。


「いやいや俺達魔人だぜえ。人間なわけねえじゃんか」


「信用出来ないな」


「おいおい骨でも見せろってか? いいぜ見せてやるよ今から俺は指を斬る! 骨の色をよーく見やがれ、魔人なら黒いはずだぜ! 疑ったのを謝る準備をしておくんだなあ!」


 指を斬る発言に見張りの魔人二人は慌てて武器を下ろす。


「ま、待て待て。そんな恐ろしいことしなくていい。異常だぞお前。俺達が悪かったよ」


「信じましょう。人間なら骨を見せようとするはずないでしょうし」


 王国には『指切り』と呼ばれる種族識別方法が存在する。名前の通り指を切り、骨の色を確認するのだ。しかしそれは王国のみであり、帝国でそんなことをすれば異常者だと思われるらしい。予想外な反応でアリーダは少し驚いた。


「しかし、なぜ関所の方向から来たのですか? 一般人の立ち入りは禁じられています。偵察なら勝手に持ち場を離れるのはおかしい。あなた達は関所で何をしていたのですか?」


「悪い悪い。俺達は指揮官からとある作戦を任されてるんだよ。関所突破に繋がる重要な作戦さ。情報漏洩防止で作戦を知る者は最低限にしているのかもな。失敗するわけにゃいかねえからよ」


 全て嘘だ。アリーダ達は指揮官の名前すら知らない。

 その場のノリで嘘を考えて口に出す。アリーダの得意技である。


「指揮官、ゼラ様が? そうだったのね」


「早くそれを言え。通っていいぞ。報告なら急げよ」


「おう。あ、指揮官のテントってどこだっけ? ド忘れしちまって」


「バカだな。中央の一番大きなテントだろ」


「あー、そうだったそうだった。思い出したぜありがとさん」


 見張りの魔人二人の横を通ってアリーダ達は拠点へと入る。

 警戒は見張りに任せているのか、拠点の魔人達はアリーダ達を気にしていない。人間のような容姿でも気にせずいてくれるのはありがたい。本当に堂々と拠点を歩けるので争うことはなさそうだ。


「よしっ、無事に中へ入れたな」


「ヒヤヒヤしましたけどね」


「指揮官の名前も居場所も分かった。早速行こうぜ」


 名前はゼラ。居場所は中央の大きなテント。


「あの、アリーダさんに伝えておきたいことがあります」


「ん? 何だよ」


「指揮官のゼラという人は私の兄です。私のことには詳しいので、兄の前であまり嘘は吐かないでくださいね。冗談も通じませんので禁止です。それだけ頭に入れておいてください」


「兄、か。分かった」


 アリエッタの家族構成については、彼女が記憶を取り戻してからアリーダも聞いている。父親の現皇帝。妃の母親。そしてもう一人、皇族でありながら戦闘能力が高く、戦場にも出ることがあるという兄。その兄が指揮官ならスムーズに話が出来るかもしれない。


 問題はアリエッタの生存を信じてくれるかだ。

 ゼラは妹が死んだと思い込んでいるだろう。死体は見ていなくても、大臣のムーランから聞かされた情報なら信じてしまう。最悪、アリエッタ本人を見ても偽者と思われ、まともに話が出来ない可能性がある。


 争いの回避か続行か。

 ゼラの思考の柔軟さが運命を左右する。


 アリーダ達は拠点内を歩き、中央に立つ大きなテント前にやって来た。


「あー、ゼラ様! 至急報告したいことが!」


 中から「入れ」と声がしたのでテント内に入る。

 テント内には、机に広げられた地図を見つめる一人の男が居た。


 軍服を着る彼の肌は炎のような色。目は赤く、頭部からは大きな角が二本伸びている。彼がゼラのはずだが、アリエッタとは似ても似つかない容姿。アリーダはテントを間違えたのかと疑問に思ってしまう。


「報告とはなん……だ? アリ……エッタ?」


「お兄様、お久し振りです」


 アリエッタが兄と認識しているので信じられないことに彼がゼラだ。


「ちょっ、お前の兄貴想像と全然ちげえんだけど。マジで兄貴なのかよアレ」


「私は母に似て、兄は父に似ましたから」


「母親はさぞ美女なんだろうなあ」


 ゼラも顔は整っているので、両親揃って美形の可能性が高い。


「お兄様。信じられないかもしれませんが、私は生きています。戦争を企むムーランにより王国へ運ばれてしまい、ついさっき帝国へ帰還しました。私が王国の人間に殺されたという話はムーランの嘘なのです。争うのは止め、共に城へ帰りましょう」


「そんなバカな……本当、だったのか」


 やはりアリエッタ生存の事実に激しく困惑している。

 予想通りすぐには受け入れられない様子だが、アリーダはゼラの呟いた言葉に違和感を覚えた。彼の『本当だった』という言葉はどういう意味なのか。何か、アリーダの予想外なことが起きている。彼の発言の意味を必死に考え、そして、最悪が頭に思い浮かぶ。


「……まさか」


 ゼラが立ち上がり、赤い瞳でアリーダ達を睨む。


「ヤバい! アリエッタ、セイリット、一時撤退だ!」

「え?」

「なぜですか? まだ話が」

「早く撤退しろおおおおおおおおお!」


 叫ぶアリーダにゼラが一瞬で接近して、拳を腹部に叩き込む。

 想定以上の重い一撃。ジャスミンよりは弱いが、アリーダを地面に倒れさせるには申し分ない威力。立ち上がろうと思っても立ち上がれず、腹を押さえて呻くことしか出来ない。


「お兄様!? 何をして……!」


「なるほどそういうことでぐうっ!?」


 セイリットも腹部を殴られて地面に倒れ込む。


「わ、悪い、俺のミスだ。バカか俺は……既に、知っていた策なのに。敵が、サーランが使った策……ムーランが使ってもおかしくねえのに。可能性を、見逃していたなんて」


「サーランが使った策って……あ!」


 サーランの目的阻止のためアリエッタ達が王都に行った時。騎士団とギルドの人間が敵として立ち塞がり、彼等を王女ミルセーヌが説得しようとした。しかし、サーランから事前に伝えられた嘘の情報により説得は失敗。結局彼等との戦闘は避けられなかった。


「お兄様、ムーランから私について何か聞きましたか?」


「ああ。信じられなかったがお前は生きていて、人間共に利用されているとな。争いを止めろと帝国軍を説得させて、戦意を失ったところを王国軍が叩く。敵の策を知らなければ最悪の事態になっていたぞ」


 今の状況も王都の戦いと同じである。

 ゼラはムーランに嘘の情報を吹き込まれ、アリエッタの説得が失敗するよう仕向けている。情報を知った者が、後になって正反対の情報を得た時、先に知った情報を信じて嘘だと疑ってしまう。猜疑心(さいぎしん)満載な相手に真実だと思わせたいなら証拠が必須。残念ながらムーランが嘘を吐いたと証明出来る証拠はない。


「ち、違います! 王国の人達は戦争を回避したいんです!」


「お前は騙されているんだ。俺は今まで人間に悪感情を持ったことはなかったが、今回は本気で怒った。俺の妹を利用した人間共が憎い。ムーランの言う通り鏖殺(おうさつ)すべきだ。必ず報いを受けさせる」


「私は騙されてなんかいません! お願いですお兄様、私を信じて」


「とりあえずお前を城まで連れて帰ろう。そこの、魔人のくせに人間へ協力したゴミ二人は城の牢屋にぶち込むか。お前も頭を冷やすために牢屋へ入ってもらおう。安心しろ、人間共を鏖殺してから出してやるさ」


 説得は不可能だとアリエッタは悟った。

 ムーランの後手に回った時点で可能性はゼロだったのだ。



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