83 最高戦力の防壁
十歳程度に見える少女はギルドマスターであり、魔人だった。
少女がギルドマスターと知るシルバーとアンドリューズ以外は驚愕する。
人間の国とも言える王国で、ギルドのトップが魔人なうえに幼く見える外見。国王が彼女の姿を知ってギルド運営を任せていたとは思えない。行方不明の彼女が帝国に居たことも驚きだ。信じられない事実にアリーダ達は言葉を失う。
「初見で驚く気持ちは分かるよ。僕も驚いたからね。アンドリューズさんも初見はビックリしましたよね? まさかトップが魔人と人間のハーフだとは思わないし」
「ああ。斬りかかるくらい動揺したよ」
「うわっ、キャリーさんじゃなきゃ死にますね」
さらに驚く事実。キャリーはアンドリューズよりも強いらしい。
「……オッサン、マジでこの子がギルマスなのか?」
「そうだ。Sランクになれば教えられる事実だ。魔人と関わりが深い君達なら知っても問題ないと判断している。当然だが、ギルドマスターの素性は他言無用だぞ。王国の民が知れば騒ぎになるからな」
魔人に慣れているアリーダ達でも受け入れるのに時間が掛かった。
アンドリューズが肯定しなければ騙されていると考えただろう。
「よく長い間素性がバレずに済んでいますね」
未だに目を丸くしたままなイーリスが呟く。
「普段の彼女は首から下に露出のない服を着て、黒の手袋をしているからな。さて、これ以上の質問は後にしてもらおう。まずは現状把握だ。キャリー様、状況の説明をお願いします」
アンドリューズのお願いにキャリーが頷く。
「私は自分の能力を活かし、王国のみならず帝国の情報も得られる。集めた情報の中で帝国の大臣、ムーランの行動を怪しく思い、彼の情報を徹底的に集めた。王国の大臣サーランが彼の兄弟であり、兄弟の目的は王国と帝国の戦争だと知った。私は信頼出来るギルドのSランクメンバーに声を掛け、王国への進軍を防ぐために帝国へ来た……にゃん」
不思議な語尾にアリーダ達は「にゃん?」と首を傾げる。
今は真面目な話中だ。語尾に疑問を持ったが質問はしない。
「私含めたギルドの精鋭達はこの場所、関所前で帝国軍の進行を止め続けている。私達が止めなければ今頃王都は火の海だったよ。本当ならアンドリューズの手も借りたかったけど、王国でサーランを止める戦力も必要だからそちらに残した……にゃん」
再度出された語尾にアリーダ達は「にゃん?」と首を傾げる。
語尾について全員質問したかったが今は止めておく。
「……ギルマスやSランクパーティーが動かなきゃ、今頃は戦争真っ只中か。ありがとうギルマス。そういや帝国の情報を得たとか言ってたけど、魔人としてのギルマスの力って何なんだ?」
「私の力は動物と意思疎通出来る能力。今も動物達のおかげで帝国軍の動きを全て把握している。帝国軍はここから離れた場所に拠点を作り、戦いで疲労した兵を休ませている。一時間も経てば攻めて来るはず……にゃん」
「ギルドの精鋭とはいえ、帝国軍と戦闘してよく無事で居られますね。人数は圧倒的に不利でしょうに」
セイリットの言う通り、人数だけなら帝国軍の方が多い。関所前に居るギルド側の戦力はSランクパーティー複数とキャリーのみ。人数は三十人にも満たない。
対して、王国との戦争を目的に動く帝国軍は数百、もしかすれば千を超える兵が居るだろう。普通に考えれば戦いにもならない。
「あの、ギルド側の死者は……」
「ゼロ」
アリエッタの心配は杞憂に終わる。
「ほ、本当に?」
「本当。ギルドのSランクなら一国の軍と戦っても生きてくれなきゃ困る……にゃん」
信じられないことにキャリーは本気で言っている。
ギルドのSランクとは、それ程までに重い称号なのだと。
「マジかよ。俺、Sランクでやっていけねえかも」
一人で軍隊と戦うならアリーダは逃走する。パーティー全員で戦ったとしても生き残れる確信が持てない。Sランクに返り咲いたのに早くも若干の後悔が生まれる。Bランク程度がアリーダの身の程に合っていた。
「アリーダ、君の頭脳ならSランク並みの活躍が出来る。現に君はクビキリと協力してフェルデスを殺しただろう。奴の強さはSランクの人間よりも上だ。策を練った君ならどんな困難も乗り越えられる。そう信じているぞ」
「期待が重すぎるぜオッサン。でも、やるしかねえよな」
何を言ったところで自分がSランクという事実は変わらない。いつか、Sランクとして相応しい戦果を出してやるとアリーダは意気込む。今のパーティーの戦力と、策を練るのに充分な時間があれば、不思議と何でも出来る気がしてくる。
「あの、ギルド側の死者が居ないのは分かりました。では、帝国軍の死者はどれ程になりますか? 分かる数でいいので教えてください」
「ゼロ。誰も殺さないようにしている。沢山の兵を捕縛して無力化した……にゃん。私達は戦争をする気ないから」
「す、凄いですね」
「でも私達だけで帝国軍全員を無力化するのは無理。それに戦いが長引けば確実に死者が出る。正直に言って、帝国軍より私達の方が疲れている。いつ劣勢になるか分からない……にゃん」
大勢の魔人を相手取り、不殺を貫き、捕縛を狙って戦い続ければ体力の消耗は激しい。Sランクの者達がどんなに強くても体力には限界がある。敵味方死亡数ゼロを目指して戦うのは立派だが、いずれ体力切れで動きが鈍り、殺されてしまうだろう。
少数精鋭のギルド側に死者が出るのは痛手となる。一気に不利になり、全滅は確実。砦である彼等が全滅してしまえば、後に王国が攻め込まれて本格的な戦争が始まってしまう。
アリーダ達が来たのは幸運だった。
戦力が増えるからではない。
敵の戦意を消す術があるからだ。
「死者が出る前に来られて良かったです。安心してください。私が、皇女である私が帝国の兵を説得します。事情を説明すれば止まってくれるはずです」
「うん。アリエッタに任せる」
帝国軍は皇女アリエッタが殺されたと思い込んでいる。怒りや憎しみが戦意の源であるなら、彼女の生存を認識すれば戦意喪失するはずだ。王国が戦争を回避するには彼女の説得が必須条件。最後に残された希望と言い換えてもいい。
「では、早速帝国軍の拠点に行ってきます」
「ちょいと待ちな」
アリエッタを止めたのはアリーダだ。
「お前一人で行かせねえ。俺とセイリットも同行するぜ」
「私も!?」
「俺達は一応魔人だからな。護衛として最適だろ」
「ぬぐっ……ぐぬぅ」
正論に返す言葉もなくセイリットは護衛役を渋々受け入れた。
「ありがとうございます、アリーダさん」
「礼なんていいさ。さあ、行こうぜ」
戦争回避の未来はアリーダ、アリエッタ、セイリットの肩にかかっている。
失敗は大量の死者が出ることを意味するので許されない。




